第2話

「前線司令部より通達、敵の戦車を破壊せよ!」


 無線機から英語でお馴染みの命令が下される。臨時雇いの契約歩兵が片手を頭の後ろに当てて「マジかよ」やれやれと呆れかえる。


「ほい、こいつでカッコイイとこ見せてくださいよ!」


 RPG-7VR。複合装甲でも突破貫通する能力を備えた対戦車ロケットの、タンデム弾頭装備。前の方に小さめの膨らみ、真ん中に大きめのコブがある。


「これが噂の武器か。ま、一度撃ってみたかったし、戦車を撃破したとなれば社の奴らに自慢できるしな」


 恐怖心より功名心が勝る。様子見をして近づいて来たら発射してやろうとタイミングを計った。


「ん、ありゃなんだ?」


 最前線の部隊から突出する集団があった。黒服が二十人程度、中の一人が黒ベタに「12」の軍旗を掲げていた。


「そこまでして掲揚すべきものなんですかねあれって?」


 隠れて移動することを考えずに、ここに居るぞと宣伝して危険地帯を行く。当然敵の戦車砲や機銃がその旗があるあたりに集中して来る。攻撃してくれという丁度良い目印に他ならない。


「馬鹿野郎が、自殺願望かよ! 援護射撃だ!」


 対戦車砲を脇に置いて小銃を手にすると適当に撃ちまくった。グレネードも放つ、戦車長が車内に避難するのが見えた。


 突出した黒服部隊がその場に伏せると長い筒を構える。数秒で連続した爆風が巻き起こる、一斉射撃を行ったのだ。戦車大隊の一列目は半数が行動を停止、二両が爆発した。


「やりやがった!」


 突出した部隊、今度は煙幕手榴弾を転がし、煙を頼って一気に後退して来るではないか。戦場にあって敵前を移動するのは一番危険度が高い、無事で居られたらラッキーなことだ。


「なんすかアレ」


「俺が知るかよ! ったくクレイジーな奴らだ。ああいうのは長生きしねーよ」


 それには二等兵も同意だった。今度こそ塹壕から狙おうとしたが、入れ替わりで別の部隊が走った。先ほどと同じくその身を晒して対戦車兵器を手にしてだ。

 

「次は31かよ!」


 刺繍入りの軍旗が前線から飛び出す。同時に「17」「23」「16」「25」を翻して都合百人以上が戦車に立ち向かっていく。半分も生きて帰ればお祝いの宴会でもしてやりたくなるような悲惨な状況だ。


「あれは特攻隊の旗だったんですかね?」


 全員が二基抱えていたのか物凄い砂塵が吹き荒れる。戦車が煙で全く見えない。前列の戦車は壊滅、大隊の半数が失われてしまった。


「おい冗談だろ、歩兵が戦車に勝てりゃ誰もあんなもんつくんねぇよ!」


 それはそうだろう、費用がバカ高すぎて効果が無いなら予算が与えられるわけがない。バラバラと黒服が後退して来る、兵のうち半数以上が黒人。異様な割合に首を傾げている暇など無い。


「前線司令部より警報。上空を警戒、敵戦闘機が飛来する」


 何をどう気をつければ良いのか、制空権を奪われてしまうのが確定した。レバノンには空軍機が無いのだ。あるのはヘリのみ、空戦では万に一つも勝ち目がない。


「畜生、やられっぱなしで我慢するしかないのか!」


 彼も志願した時からその懸念を持っていたが、自身に降りかかる危険が濃厚になった時に初めて悔しさを噛みしめる。


「警報! ミグ21-フィッシュベッド飛来、上空注意!」


 スピーカーを使って防御陣地に警戒呼びかけが行われた。翼の左右にミサイルを抱えた戦闘機が四機編成で空を舞う。偵察編隊だろうか、そいつらは何も攻撃せずに通り過ぎる。


「退避壕確認しろ!」


 軍曹らが各所で叫ぶ。遠くの空に第二陣のミグ21がやって来た。白い尾を引いて何かが一直線に飛んでくる。


「総員退避!」


 それぞれが近間の塹壕に避難する。ミサイルが味方の陣地に降り注ぐ、上空を通り抜ける際には機銃掃射するのも忘れない。


「次来るぞ、警戒!」


 波状攻撃でミグ21がまた十二機セットで飛来する。


「畜生、やっぱりこうなるのかよ!」


 姿勢を低くして嵐が去るのを待つ、それしか出来ないのだ。レバノンに戦闘機は無い、地上から対空砲撃をしても稀に当たるだけで砲撃陣地は消失する。


「シリア軍もマジですね!」


「冗談で戦争するお茶目な奴らじゃないさ」


 そこらじゅうがミサイル爆撃で滅茶苦茶に掘り返される。空爆を受けている間はシリアの地上軍も進軍はしてこない。やって来るならばそれはそれで歓迎してやるつもりで待ってはいるが。


「ミグ23フロッガー、地上攻撃兵装が空軍基地を離陸した!」


 対空攻撃を沈黙させたシリア空軍が主力を空に上げる。今度は歩兵相手に凄まじい攻撃力を発揮するだろう。


「おいおいどうすんだよ、撤退するなら今だぞ!」


 司令部があるあたりを見るが動きが見えない。あくまでパールベックを守備するというならそれはそれで仕方ない、捨て駒は戦争に必要だ。


「どうせ戦闘機に追われたら逃げられませんよ」


 言われればそうだと納得するしかないが、無駄に命を散らせと命令されるのは釈然としない。師団司令部がどこにあるのかまでは知らないが、今頃安全な場所に引っ込んだのだろうと息を吐く。


「やってらんねぇよ。まあロケット撃ったのまでは良かったけどな」


 警備訓練では発射ボタンを押す寸前まででお終い、実射出来たのは嬉しかったらしい。撃破での戦果もあげているので、もういつ帰社してもいいくらいだった。


「ミグ23来襲! 退避! 退避!」


 先ほどの機より線が細い印象の戦闘機がやって来る、爆装でミサイルと爆弾の数がミグ21の三倍だ。 地震が起きたかのような揺れが起こる。大型の爆弾が落ちた場所にはクレーターのようなものが出来上がっていた。


「ふざけるなよ、なんだあの威力は!」


 揺れは続く、爆装のミグ23の十二機編成が三度やってきて防御陣地をボロボロにした。爆風で命を失ったものは或いは幸運だった。四肢を吹き飛ばされ、さりとて気絶も出来なかった兵が苦痛のうめきを発して転げまわっている。


 この世の地獄とはこのことだろう、血だまりでうずくまっている兵を仲間が応急手当する姿が至る所で見られた。


「生きてますか?」


「ああ、どっちがいいのかわからんぞこれじゃ!」


 苦しんでから死を迎える、最悪だ。未だに空爆は終わらず、土煙で味方がまだ戦場に残っているのかすら解らない。もしかすると自分たちを置いてとうの昔に逃げ出しているのではないか、そんな不安に駆られる。


 挙動不審で周囲をキョロキョロする、同じように不安になっている者がおおいのだろう、落ち着きのない兵を多数目にした。


「前線司令部の軍旗、同じものが翻っていますね」


 砂で汚くはなっているが「6」の刺繍がある黒の軍旗が変わらずそこに存在していた。まだ味方が逃げ出していない証拠だ。少し落ち着くと前を見る、敵の陸兵は黙って一方的な爆撃を眺めているだけだ。


「ったくあいつらだけタッグマッチかよ」


 空爆も無限には続かない、上空警戒のミグ21が燃料切れを起こしそうになったあたりでお開きになる。空軍戦闘機がないレバノン相手に虎の子のミグ29やミグ25は使うつもりがないらしい。


「戦車隊が進出してくる、総員迎撃態勢に移れ!」


 身を隠せるような塹壕が半数以上消失してしまった。大急ぎでスコップを持って穴を掘り返す。


「俺達も塹壕だ、急げ!」


 距離を詰めて来るまでの数分をいかに有効に使うか、笑い事ではなく本気でスコップを全力で動かした。


「全然間に合いません!」


 それはそうだろう、敵に準備の時間を与えるようでは戦闘指揮官の腕前が低いと宣伝しているようなものだ。


「黙って掘り返せ!」


 愚痴を言う暇があるなら手を動かす、戦場の鉄則。 一人の黒服が対戦車ロケットを抱えて立ち上がる。それに続く男達が二十人程。


「おい、あいつ死ぬ気だぞ!」


 一部の部隊からグレネードが射出された、それは限界一杯先に飛ばされそこでスモークを吐き出す。黒服部隊が「17」の軍旗をはためかすと駆け足で前進、横一列になり煙に突入する。


 敵から機銃による猛攻撃が行われる、姿が見えようが見えまいが関係なく弾丸を煙に向けて放った。


「全滅だ!」


 いくら見えないにしても数が違う。無事なものなど数人いれば奇跡としか言えないような射撃の雨。戦場の熱気で雲が出来上がる、気圧差で風が吹いた。最前線、その数百メートル先の荒れ地でロケットが発射された。シリア軍の戦車隊が再度被害を被る。


「嘘だろ、生きてやがった!」


 軍旗は銃撃で穴だらけになっている、兵士も傷を負っているようだが半数が生きていた。


「援護だ、総員援護射撃を行え!」


 軍曹らが声を枯らして勇敢な射手らを支援するように命じた。スコップを手放すと多くが銃撃に参加する。


「あいつらどんだけ気合入ってんだよ!」


 小銃を連射して随伴歩兵を一人でも散らそうと一等兵が吠える。突出した黒服、彼らが引き返す為に援護している者達が予想を裏切られる。なんとその場から下がるのではなく、後続が前線を押し上げにかかったのだ。


「戦闘車が通るぞ、道を開けろ!」


 後方から黒い戦闘車集団が暴走気味で走って来る。戦車と正面向いて戦えば勝ち目は薄い、それでも彼らは前へ進んだ。先頭を走る装甲指揮車両には「9」の旗が括り付けられている。


「前線司令部より通達、戦闘団が前進する、歩兵は支援を行え」


 攻勢部隊が対抗するらしい、先ほどのがそれだとしたらあまりにも数が少ない。前線から染み出るように黒服歩兵が前へ進む。後方から運転手だけの車両が多数やって来て彼らを拾うとあっという間に走り去っていくではないか。


「一人何役こなせばいいんだよ」


 最早あきれ果てる、ロケットを持って戦車を倒していた奴が武装ジープで先頭に躍り出ている。それはいくつ命があっても足りるとは思えない。 戦車砲で直撃を受けた武装車両が粉々に砕け散る。それでも引き下がらずに次から次へと攻撃を加え続けた。


 シリア軍は次第に不気味に思えてきた。毎日毎日攻撃をして、あれだけ攻めても崩れず、空爆をこれだけ厳しく行ったのにそれでも反撃をして来る。目の前に居る黒い部隊は死を恐れていない。それは死して楽園に行けると信じているからではないだろうかと。


「ムジャヒディン」


 イスラムの聖戦士。アッラーの思し召しに従い聖戦を遂行するアスカリに与えられる尊称。レバノンに居るのが民兵だと知っているのは司令部の高官のみ。それに劣勢になっているなどシリア軍の士気を下げるだけなので教えられていない。


 レバノンの半数はキリスト教徒で、残る半数はイスラム教徒だ。ならば強い相手をイスラム教徒だと信じるのは仕方のないことだろう。


「イ、イビルジン!」


 ジンだけでも悪鬼と呼ばれているも同然なのに、わざわざ邪悪なという言葉までつけられてしまった。シリア軍第三軍の前衛で時ならぬ大混乱が起きる。


「て、撤収だ!」


 何度目になるだろうか、戦車部隊が歩兵を見捨てて逃げ去っていく。味方の援護など忘れて全速力で北へと進路を取る。歩兵からは怨嗟の声が聞こえてきそうになる。局地的な防衛側の勝利。

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