第5話 夢にまで見る

 商店街で山のように買い込む。一つだけ言えるなら、本気? そう問いたいくらいに。


「ゆかり先輩、こんなに?」


「うん。持たせちゃってごめんね」


 謝りはする、しかしゆかりは何一つ手にしていない。晶も持てないほどではないから不満もないが。


「いいですけど。なんで手ぶらなんですか」


「いやー僕さ、箸より重いもの持ったことなくて、ははは」


 両手をひらひらさせて笑う、怒る気にもなれなかった。


「はあ……そうですか。ところで全部お店の?」


 ゆかりの自宅は喫茶店が併設されている。そこで手作りの軽食や菓子を提供していた。もう長いこと続けている、ゆかりの姉が生まれる前から。姉のひかりはゆかりが産まれてすぐに他界したそうだ。


「大体はね。個人的に試したい材料も混ざってるんだよ」


「試すって?」


「春の新作。完成したらあっきーにも食べさせてあげるよ、ご褒美にねっ!」


 パチリと片目を閉じ人差し指を立てる。バッチリ決まったポーズに小さな感想。

 ――これって練習とかしたのかな?


 きょとんとした顔をしていると突っ込みが入る。


「なんだい?」


「えっ、新作楽しみだなって、ははは」


 とって付けたような言い方にピンと来るものがあったらしい。


「どうだか。絶対に違うこと考えてたよねっ」


 顔を近付けてじーっと見られる。ゆかりがアップで映り込むのは嬉しいが、落ち着かない。


「すいません、新作とは違うこと考えてました」


「でっしょー!」


 すぐに嘘だったことを自白した。仮に言い辛いことであったとしても、問われたら素直に喋るのが晶だ。


「その……ゆかり先輩のことを考えてて」


「えっ、ぼっ、僕のこと? 何だろう……えーと、うん、それなら許してあげるよ」

 ――あっきー、少しは僕を意識してくれてたりする……のかな?


 喫茶店にたどり着く。客が居るが気にせずに正面から入ってく。


「ママただいま! 買ってきたよー!」


「おかえり、あら晶君も」


 カウンターの先から二人を認めて微笑む。


「こんにちはあかりさん。これどこに置きましょう?」


 両手一杯の荷物を抱えたまま尋ねた、勝手にテーブルに置くのは悪いかなと。


「そこのテーブルの上にでも置いてちょうだい」


「ケーキ貰うね!」


 ダメと言われることなど頭にないような勢いで取り出す。


「良いわよ。はい、コーヒーも」


 その姿を目の端で見ながらポットから二つ注ぐ。


「俺が持ちます」


 二人がこうやって一緒に来るたびに繰り返される風景、あかりは複雑な感情で胸が一杯になる。誰にも言えない過去を思い浮かべ一人で噛みしめた。


「ほらあっきー、上行くよっ」


「解ってますって、急かさないで下さいよ!」


 両手にコーヒーを持って階段を登っていく。 部屋に入ると小さなテーブルにケーキとコーヒーを置いた。いつ来ても整理整頓されているなと感心する。


「いやー疲れたね!」


「ゆかり先輩、特に何も持ってなかったじゃないですか」


 言わされているのを知りつつしっかりと突っ込みをする、小さな幸せとお約束だ。


「僕に文句でもあるのかい?」


 テーブルに肘をついて顎を載せる。文句など無い。


「何か考えてみましょうか?」


 面白がって投げられたボールを放り返してみる。


「じゃあ一つだけ許す」


 許しが無ければ文句すら言えないのか、などとは言わない。折角なのでリクエストをしてみる、何が飛び出すのか。


「うーん、たまには想定外のことで俺を驚かせてくださいよ」


「いつも同じことしてるもんね。いいじゃない、よーし、あっきーが驚くようなこと、か。丁度いい機会だよね! 」


 心を落ち着かせる、晶にとって想定外なことは凡そゆかりにとってもそうだからだ。テーブルを挟んで反対にいたゆかりが、膝を使って這う。晶の後ろに回りこんで両腕を首に回した。


「ゆ、ゆかり先輩! きゅ、急に抱きつくのは想定外だけど!」


「僕にはね、あっきーが特別に感じられるんだ。僕のこともそう思っていてくれたら嬉しいな」


 顔を首の辺りまで持っていき耳元で囁く。晶は背にゆかりを感じた、冗談なのか本気なのかにわかに判断できない。


「あ、あの、もう充分驚きましたから、ね?」


 伝わる体温にドキドキしながら小さく何度も頷いた。


「僕にこうされるの、嫌かな?」


 ゆかりは少し悲しそうな声で聞いた。もし嫌と言われでもしたらきっと立ち直れないだろう不安を持ちながら。


「そ、そんなことありません……」


 きっと顔が赤くなっているだろうな、晶自身がわかるくらいにカーッとなっていた。


「良かった。どうしてかな、こうしてるととても落ち着く」


 晶は言葉を出せずに身を硬くする、ゆかりも何も言わない。暫し沈黙が続いてそのままだった。

 ――俺はとても落ち着かない。先輩って暖かいんだな……。


「もしかしたら僕、あっきーのことが好きなのかも」


 薄々は気付いていた、けれど言葉にすることによって自身に言い聞かせたような形になった。


「えっ! ゆかり先輩、ほんともう驚きましたから!」

 ――その好きって、ライクのじゃなくて? いや、これ驚かせるためのやつだよな。


 それでも腕を解くことは無かった。むしろ強く抱きしめる、晶はどうしたら良いかわからなくなった。


「あっきーって彼女居るのかな?」


「いえ……居ませんけど」


「そうなんだ……安心した。コーヒー冷めちゃうよね、食べよっか」


 ゆかりはその先を言うことなく晶から離れた。何事も無かったかのように反対に座った。表情もいつものように見える。コーヒーを一口、少し温くなっている。それだけ長い時間密着していたわけだ。


「あの……」

 ――さっきの確認って、どうなんだろ?


「なんだい?」


「えーと、た、食べましょうか!」


 ケーキにフォークを刺して口に運ぶ。ゆかりが少し目を細めた、同じようにフォークに取ると持ち上げる。


「あっきー」


「はい?」


「あーん。ふふっ」


「えええ!」


 口元へと持ってきてニコニコしている、ほれほれと近づけてきた。きっと食べないと終わらないんだろうなと晶は悟った。


「まだ続いてるんですか、もう俺の負けですって」


「そういうのじゃないんだけどな。こうやってみたかったんだ」

 ――恋人同士みたいだもんね!


 やはり止めるつもりはないらしいのが解った。誰が見ているわけでもないが、晶は恥ずかしい思いをしながら、差し出されたものをパクリと食べた。


 ――あはは、いいなーこれ。あっきー照れて可愛い。


「もう勘弁してください」


「仕方ないなあ、僕も堪能したしこの位にしておこうじゃない」

 ――きっとまた今度やっても食べてくれるんだよね。


 ご機嫌でケーキを食べる。店での売り物だけに上級の味わいが広がった、ベイクドチーズケーキ、定番の逸品。


「夢に出そうですよ、それはそれで良いかも知れないけど」


「夢にまで見てくれるんだ、嬉しいなっ! 是非見てちょうだい!」


 理由がどうあれゆかりに抱きつかれた事実は変わらない、この日の夜、晶は本当にゆかりの夢を見るのだった。



 土曜日の昼下がり、朝のうちに家事をこなしてしまった晶は松濤商店街に来ていた。定期ならばお金が掛からないので、休日にはちらほらとこうしている。


「帰りは買い出しだな。さて、どうすっかな」


 新生南商店街は高い。それだけが理由ではないが、外出を楽しむ。映画館前のベンチに座っ空を見上げる。


 ――んー、爽やかな風に晴天か。俺って暇人だよな。


 ぼーっとしていると、突然逆さまの顔が映り込む。


 ――綾小路? 逆さまでも可愛いのは変わらないんだな。


「あの……榊君、こんにちは」


 目が合ってもそのままなので不安になって自ら声を掛けた。晶は向き直りもせずに応じる。


「おー綾小路、どうしたんだ?」


 どちらかと言えば、晶がどうしたと尋ねられたほうがしっくりと来る感じだ。


「えっと、紫苑ちゃんのアルバイトが終わるの待っているところなんですよ」


 やっと起き上がりまともに顔を見る。当然だが私服だ、カーディガンにロングスカート、やはり落ち着いた感じのコーディネート。


「へぇ、休みまで一緒なんだ。もうすぐ終わるのか?」


「いえ、まだ大分先です……」


 どのくらいかははっきりと言わずに答える。


「そっか。俺は何と無くここに居た。家にいてもやることないしな。でも良かった」


「何か良いことありましたか?」

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