第4話 シンクロする不思議

 教室に入る。結構早くに来ているというのに佐々木が既に席についている。


「おはよ、お前早いな」


「うむ、お早う。私は開門と同時に来ているでな。七時三十分に来ている」


 何度か聞かれたことがあるのだろう、またかといった感じで答えた。


「早! そんな時間に来て何やってるんだよ、七時半って」


 一時間後に来ても全然問題ない、部活の朝練が七時集合という話は聞いたことがあった。弓道部はどうやら朝は活動していないらしい。


「教室の保全に予習だ。クラス委員長の業務があればそれをこなす」


「真面目だな、やっぱ佐々木だ」


 それがどうした、そんな顔をされたので自分の席に向かった。足を組んで晶はぼーっと時間を過ごした。彼の場合、家で一人で居るよりは良いからといった、何となくの理由で早くに来ているだけだ。


 ――今朝は弁当も佐々木が作ったおかずあって楽に出来たしな。あいつに何かお礼しておかないと。


「あ、榊君、おはようございます」


 丁寧にお辞儀して挨拶する。そこまでしなくても、そうは思ったがそれも自由かと受け止める。


「おう綾小路おはよ」


 後ろから叩かれたり、出会ったらいきなり口論になったりと比べると、今までにないなと、ふと考えてしまう。


「えと……どうかしましたか?」


「あ、いや、初めてだなってさ」


 綾小路が首を傾げる。ついクランベリーでの仕草を思い出してしまった。


「俺の周りに居なかったタイプだなって思ってた。おっとりってか、穏やかってか」


「そう……ですか。もっと明るくてハキハキしているほうが良いですよね……苑ちゃんとか?」


「どうかな。柔らかくて俺は結構いいなって思うけど」


 世に中には色々といるものだぞ、などと腕組をして呟く。聞こえているのかいないのか、綾小路は目の前にたったままだ。


「おはよう榊。あんた朝から何鼻の下伸ばしてるのよ、バカじゃないの」


 星川がやって来るなり対面してる二人を見て小言をぶつけてきた。


「な、綾小路」同意を求めるが苦笑いされてしまう「星川、おはよう。会って最初がバカじゃないのって言われたら、流石の俺もショックだぞ」


 別にどうってことはないのだが、そこは言葉のキャッチボールをするための云々といった感じで目線を送る。


「あんたは綾小路見る目がエロいのよ。そのうち捕まるわね、私が通報してあげるから感謝しなさい」


 何とも不穏な予言をしてくる、的中しないことを祈るのみだ。もしこれで捕まってしまうならば、学校の男子は危うく絶滅してしまうところだ。


「エロくないし捕まらない。お前機嫌悪いな、何かあったのか?」


「ふん、何も無いわよ」


 ツンツンして視線を外されてしまった。やれやれと反対隣に向き直る。


「なあ綾小路」


「はい?」


「やっぱりお前みたいのがいいなって思うぞ」


 前後の事情を知らねば何のことやらと考えてしまいそうな一言だ。事情を知っていても、それはそれで心穏やかではない人物が目の前にいた。


「あの……はい、星川さんどうしたんでしょうね?」


 かろうじて話題をそらして何事もなく会話を終わらせて、綾小路は暫く先ほどの言葉の意味を考えていた。



 昼休み、鞄から弁当を取り出しながら後ろ姿を見送った。星川はどこかに姿を消してしまう。


「あいつ朝も昼もいつも一体どこ行ってるんだろうな?」


 小さく呟いて首を捻った。いつもいなくなるので、誰も気にしなくなっていたが、晶は少し不思議に思っていた。


「ね、百合香一緒にお昼食べよ!」


 倉持が元気良くやってきた、いつも快活な娘だ。人気ものになるのも頷ける、付き合いやすい人柄だ。


「はい、良いですよ」


「ついでに榊もどう?」


 いきなり話を振られて驚く、完全に他人の話だと半ば右から左に聞き流していた。


「ん、俺? 弁当なんだけど、お前ら学食か?」


 二人とも何も持っていないのを見てそう単純に推測する。


「違うわよ、部室にあるの。ほら来なさいよ」


 また強引に決められてしまう。例によって嫌な気はしないが。


「あー、外国部な。部室か、どんなだろうちょっと見に行ってみるか!」


 そうしなよ、と誘われ着いて行った。三人は少し距離を開けて歩いた、バラバラのようにも一緒のようにも見える。屋上への階段を登り、最後の扉の手前で向きを変えた。制服の上着から鍵を取り出して扉を開ける。


 小さな部屋に机と椅子が置かれていた。戸棚や水道が通っている。整理整頓されていて、休憩室のような感じがした。


「ようそこ外国部へ!」


 倉持が両手を広げて斜めになりキメる。半ば無理やりに綾小路がつき合わされてる、前にもこういうことがあったなと思い出してしまった。


「んー倉持、綾小路を巻き込むの止めろよな」


「ははは。まあ座って、ここお湯も使えるのよ」


「それは魅力的だな」


 早速湯を沸かし始める。相変わらず二人は弁当も何も出さない、どういうことだと気になって仕方がない。


「なあ、昼飯は?」


 問いかけたが聞こえていなかったのか返事が無い、何か引き出しをごそごそとやっている。


「あー、百合香どれにしよ」


「えと……どうしましょう」


 二人の肩越しに見えた、カップラーメンが色々と詰まっている。花も恥らう女子高生二人組が、しゃがんでカップ麺を物色中。出来ることなら見たくはなかった構図だ。 黙って見ていると、沸かしたお湯をコポコポと注いでテーブルに載せた。


「ん、どうかしたかしら?」


 晶のがっかり視線に気付いて目を合わせる。


「一つ聞くけど、ずっとそんな感じの昼食だったりしたのか?」


 一年の間と限定をつけてみる。言わずともそんなが何かをわかってはいるはずだが。


「はい、そうなんですよ。私達いつもこうでした」


「榊も食べる?」


 返答に困る、かといって無言ともならず、同意もしがたい。誰かが言ってやらないと行けない、なら自分でもいいかと心を決めた。


「うーん、一応言っておく。食事ってのはさ、ちゃんとバランスよく栄養とらなきゃいけないと思うんだ。カップ麺が悪いって言うわけじゃな無いけどな、いつもってのは良くないだろ」


 何を言わされているんだと、内心で唸る。密室とは恐ろしいものだ、気付きそうなことに気付かない。


「そ、そうかな?」


「あの……えと……」


 二人で動揺を見せる、考えたことが無かったのか答えに詰まって。はぁ、小さくため息をついた。


「ほらこれも喰えよ。で、俺もカップ麺貰うからな」


 弁当を差し出してやる、少しはマシになるだろうと。中身をみて目を輝かせる二人が居た。


「ありがと榊」


「有難うございます」


 どれでもいいやと一つ蓋を開けて湯を入れる、カップ麺なんて久しぶりだなと思っていたら後ろで感嘆の声が上がった。


「スゴ! これ美味しい!」

「とても美味しいです!」


 二人の反応に笑みがこぼれる。自分が作ったわけではないが、晶は嬉しいと感じた。


「だろ、俺もそう思う。その上で栄養バランスも良いんだぞ、インスタントよりよっぽど健康的だ」


 すっかり空っぽになった弁当箱を見て微笑する、美味しく食べてもらえたならそれで良かった。


「なんで学食行かなかったんだ、別にここでインスタントじゃなくても良くないか?」


 素朴な疑問だった。ラーメンで良いなら学食でも良い、何せここの学食は物凄い安くて驚く。匿名の有志が資金援助をしているからだとか。


「あー……それね。私達去年出合ったのよ」


 倉持が綾小路を見て一言漏らす。それを受けて綾小路が言葉を続けた。


「そうなんです。紫苑ちゃんとお友達になって、二人でもっとお話したいなって思って、それで色々とお話出来る場所でってなったんですよ」


「へぇ、ずっと前からの友達に見えてた」


 それは素直に意外だった。幼馴染か何かかと思っていたくらい仲が良いから。まさか一年とは誰も考えないだろう。


「深い話をするときって、やっぱ他に人居たらね。それでここってわけ」


「パンを持ってくることもあったんですよ。でも置いておけるものって考えた時に、これもいいかなって」


 両手を合わせて綾小路が語る、こんなに喋ったのは初めて聞いた。


「そっか。お前ら二人の時って凄く生き生きしてるよな、特に綾小路とても嬉しそうだ」


「え……その……」

 

 指摘されて急に俯いて黙ってしまう、別に叱られているわけでもなんでもないと解っていてもそうしてしまった。


「んーそんなだから学食は無しかなってね」


 倉持が話をまとめてしまった。ちょっとした発見があったので晶も満足気である。


「良いよなそういうのって。俺にそういうの無いよ、羨ましい」


 目を瞑って考える、すぐに思いついたのは恭治とゆかりだった。


 ――ゆかり先輩、不思議と何でも言い合えるんだよな。佐々木もそうだけど、あいつとは生き生きって感じじゃないよな? 


 倉持は綾小路と目を合わせた、そして微笑みあう。いいことを思いついた、それも二人が同時に。


「榊もここ、来たかったらいつでも来なよ」

「そうですよ、私達歓迎しますよ」


 一人寂しいならば、と申し出てくる。少し違ったのだが、それでも好意は素直に嬉しい。


「お前ら……ありがとな。何か人恋しくなったら来てみるよ。あ、でもインスタントばかりはちゃんと改善しろよな」


 晶はもうあの残念な構図を見たくないと思い、再度釘を刺しておく。食べ続けて体に良い訳が無いのだ。


「そうね、何とか別のものを考えるわ」


 いくらでもあるでしょう、倉持が言うように選択肢は山のように存在している。


「お弁当持って来たら良いんですよね」


 答えはわかっている、それを出来るかどうかも自分達次第。難しいことではない、今までそう考えなかっただけで。


「そうそう、頑張れよな。昼休み、もうすぐ終りだし教室に戻るかな」


 最後は笑顔を交わして外国部部室を出る。妙な場所にあるものだと思いながら階段を下った。


「あの二人、素直でいい奴等だよな」




 授業と言うよりは前期の方針確認のような感じで一日を終える。大枠を示してから歩み始めるとペースがわかってやりやすいものだ。


「さて放課後か。ゆかり先輩のクラスに行って驚かせてやるかな!」


 イタズラしてやろうとほくそえむ。ホームルームが終了し、担任が教室を出た直後ドアがスライドした。


「あっきー、行くよっ!」


 突然現れた三年生女子。クラスメイトが注目する、あっきーとは何者か、そしてどこへ行くのかと。


「ゆ、ゆかり先輩!」


 榊晶があっきーだと自白するのはすぐだった、立ち上がって声を上げたところでモロバレ完了だ。誰かがわかれば次はどうしてかを想像する、人とは飽くなき欲求をするものだ。


「上級生が榊を何故? 見たことがない者だが」

「す、凄く仲良さそうな呼び方です」


 若干二名がゆかりを特に注視する。 その二人の席は離れているので互いには気づかないが。


「おっ、一番後ろかい。いい場所に座ってるじゃない!」


 出入口でしきりに手を振っている。晶は落ち着かないことこの上ない。


「ちょ、今行きますから勘弁して下さいよ!」


 後ろから慌てて廊下に出る、突き刺さるクラスメイトの視線が痛かった。恥ずかしい、気持ちは解る。


「ふふーん、僕の方が先だったね!」


「それどういう意味ですか」


 勝ち誇ったような顔だ、片方だけ口の端を上げている。言葉の意味がわからずに眉を寄せる。


「どうせ僕の教室にきてやろうとか考えてたんでしょ」


 人差し指を晶に向けてズバリ指摘してくる、ど真ん中に命中した。


「う……まあ、そうですけど。ほんとやることなすこと被るよな、ゆかり先輩とは」


 出会いの経緯もそうだった。学校で、駅で、街で、レストランで、行く先々で何故か顔を会わせた。注文する品から、思い付きの類まで幾度同じだったかわからない。今もまた証明を一つ重ねてしまった。


「あはは、やっぱりだね。きっと僕とあっきーはそういう星のもとに産まれてきたんだよ! 何か嬉しいよね、心が通じているようで」


「そうですか? まあ異常さは認めますけど」


 やけに素っ気無い返事をしてしまう、ゆかりはそれが不満だった。


「あっ、喜んでくれないんだ。ショックだなー、あっきーが酷いこと言ったって泣いちゃうゾ!」


「なんて脅迫をするんですか! 嬉しいですって!」


 友達になってからずっとこうだった、常にゆかりのペースに引き込まれていた。晶としてもそれが嫌なわけではないので成立している。


「ほんと?」


「本当ですよ。大体俺はゆかり先輩とこうやって話が出来るだけでも嬉しいんですからね」


「そうなんだ! 僕に惚れちゃった?」


 笑顔で下から目を覗き込まれる、返答に困る物言いだ。それにそんな近くで角度をつけられると襟首の間から……少し胸が見えてしまう。


「んー。模範解答あります?」


 焦りを隠して会話を楽しもうと敢えてそう返す。ゆかりも受けてたつ。


「聞いたら後戻り出来なくなるけど、聞いちゃうかい?」


 挑戦的な微笑み。それはゆかりの気持ちを言え、そう尋ねているのとかわらない。


「ははは。俺、ゆかり先輩のそういうとこ、結構好きですよ。荷物持ちしますから行きましょうか。こういうのって楽しいですよね」


 外国部の部室で思ったように、やはりゆかりとは生き生きと話せる。やり取りが楽しくて仕方ない、内容は別に何でも良かった、ただ話をしているだけで良かった。


「そう来たか。まあ今日のところは許してあげるよ。商店街、行こっ!」


 好きとサラッといわれ、そういう意味ではないと知りつつも困惑する。別に意識して言ったわけではない、それはわかっている。その響き自体に特別な何かがある、そんなの反則だと思われても仕方ない部分は大きいだろう。

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