第3話 ぴょんぴょん先輩


「ほれ、材料を確かめておくのだ」


 分量は口頭で説明する、種類が少ないので簡単に覚えることができた。


「シンプルだな、これがどうなるんだ? じゃぶじゃぶだよなこれ」


 見た限りどう頑張っても液体が個体になるとは思えなかった。精々とろみがつく位しか想像できない。


「混ぜ合わせて鍋で練るだけだ」


 そう言い中火にしてヘラでゆっくりとかき混ぜる。暫くすると急激に粘りが出て来て透明度が増した。器を水につけてからそれを移し変える、そして深い鍋に水を入れて沈めてしまった。使ったものをその場で洗ってしまう。

 普段そういうことをやっているかどうか、このあたりですぐにわかるものだ。


「ごま豆腐だ。これで荒熱が取れたら冷蔵庫で冷やし、出し割りしょうゆにわさびで食すのだ」


 噂にだけ聞いたことがあった、実物は目にした記憶はない。


「ほー、これがそうなんだ、楽しみだな! ってか佐々木、お前手際いいな。意外……でもないか。お前って何でも出来そうな感じするし」


 洗い終えて拭くと有った場所へしまう、ついでにシンクをさっと一拭きしている。作業のついでに同時にこなす。


「たしなみだと言っておろうに。ついでだ夕食も私が作ってやろうではないか」


「なんか悪いな。佐々木疲れてるだろ、部活の勧誘準備とかで。弓道部の主力だもんな」


 和弓。佐々木は中学に入った頃から弓道を学んでいた、そちらの師範もやはり母親の令子だ。腕前は一年でレギュラー、それも大会で副将を務めるほどの。運動部などではやっかみも酷いが、半分は技術、半分は精神鍛錬といわれている弓道部ではそれは無かった。


「私はしたいからするのだ、気にするでない。去年は組も違い榊と殆ど話も出来なかった、私は……少々悲しかったのだぞ。もうあのような想いはしたくはない」


「そ、そうか? じゃあ頼むよ」


 道場での私語は厳禁、晶が道着のまま帰宅するので更衣室でも会話が出来なかった。学校でもクラスが違い、部活をしているせいで放課後も別々。極端に関わりが減ってしまい、喪失感を得てしまっていたのだ。


「それにしてもお前さ、よく委員長やる気になったよな。俺なんてそういうの全然だぞ。できれば余計なモノには関わりたくないよ」


 話題を振られると、野菜や海藻を調理しながら、やはり顔を見ずに話を続ける。道場では目を見て話をしろと叱りつけるくせにだ。


「一年の時も委員長だったからな。お前には話していなかったか。私はそんなことすら伝えることが出来なかったのだな」


 やはり表情には見せない、だが何か心にくるものはあった。たったそれだけすら話すことが出来なかった、二人の距離を感じてしまう。


「そうか、真面目だよなお前って。でも似合ってるよ、イメージにぴったりだ、ははは」


「ほうイメージとな。榊は私をどのようなやつだと思っておるのだ? このように暫し離れてたゆえ、多少の相違は仕方あるまいが」


 手を止めて振り向き真っすぐに瞳を見詰める。是非とも耳にしておかなければならない内容だと。


「どうって、そうだな……決めたら最後までそれを貫く、他人の為に自分を抑えるのをいとわない、己を律し正道を行く、限界を越えても自らを甘やかすことはない、あたりだな」


 指折り数えていく、結構すらすらと出てくるあたり、想像するための様々な記憶が残っているからだろう。


「……榊」

  

 あまりにも多くを理解されていたので、多少の驚きを得てしまう。


「それに追加だ、どうやら料理が上手らしい。何だか戦国武将の妻みたいだな! 何せ雰囲気もばっちりだぞ」


 それは実際当たらずとも遠からずだった。何故なら彼女は古武術も一部護身に修めていたからだ。これから即映画の撮影だといわれてもこなしてしまうだろう。


「ふむ、なるほどな。そのように見ておったか。ふふ」


 普段は殆ど無表情な彼女が、うっすらと微笑んだように感じられた。


「佐々木?」

 ――こいつ笑うの凄く久し振りだ。あの時以来、感情を抑えてきてるんだよな……。


 落ち着いたなどでは表現しきれない、冷静沈着、泰然自若もしかすると冷血とすら言われかねない。中学からそれほどまでに感情を排除してきていた。


「なんだ」


「お前さ、やっぱり笑ってたほうが可愛いよ。せめて俺の前だけでくらい、抑えることしなくても良いようにしてやりたいな」


「な……そう言えば『悠子泣くでない、お前は笑ってた方が可愛いのだぞ』と母上も昔は良くそう言っておったか。いつも無愛想で悪かったな」


 どうやら自覚はしているようでそのように返す。


「そうじゃなくてさ、もっとってことな。お前学校でも結構可愛い方なんだぞ。俺は見慣れてるからいつもはノーコメントだけどさ」


 思ったことをすんなりと言える相手、それが佐々木だった。星川とはまた違った感覚がある、あちらは言い合えるというよりは、言い合いをするようなものだ。


「堂々と赤面ものの台詞を吐きおって、けしからんやつだ」

 

「俺、なんで叱られてるんだ? んー、まあいいか」


 言葉こそつれないものだったが、表情を緩ますまいと努力している佐々木がいた。待つこと一時間、やたらと沢山の料理が出来上がった。どれもこれも素晴らしい仕上がりで、弁当用の冷凍保存も可能だと付け加えられる。


「す、凄いな! これ、たしなみってレベルじゃないぞ」


「食すが良い、気に入れば幸いだ。母上の腕前には及ばぬが、味付けの方向は一緒だ」


 渾身の料理が並ぶ、謙遜をしているが一切の遜色など無い。


「じゃあいただきます」


 じっと晶の反応を見る。あれこれ一口ずつ食べては驚きの声をあげ続けた。


「佐々木、お前これプロ級の腕前だろ全部最高に旨いぞ! 凄いな! やっぱり何でも出来るんだな」


「そうか。お前が望むなら、私はいつでもこうしてやりたいと思っているのだぞ?」


 嬉しそうに食べる晶をじっと見詰めている、佐々木の前には食器すらも置かれていない。


「佐々木は食べないのか?」


「味見で大分摘まんだのでな、気にするでない」


 自分は食べるよりも、嬉しそうに食べている晶を見て居たかったのだ。


「そっか。今日さクランベリーってとこに寄ってきたんだ」


 食べながら話をする。行儀が良いとは言えないが、二人なら良いだろうと流してしまう。


「たしか松濤商店街だったな」


「そ。何かさ倉持と綾小路がちょっと行こうって言うから。あーいや、倉持だけか。あいつアルバイトしてるんだってさ、そこで」


 例のごま豆腐を口に運ぶ。独特の食感に感激し、香りと喉越しを堪能する。こうして出されなければずっと知らずに過ごしていたのはまず間違いない。


「ふむ……申請さえしておるなら問題はない。働くのは良いことだ」

 ――倉持紫苑に綾小路百合香か。榊はどういうつもりなのだ?


 松濤第二学園は規則が結構緩い。というのも、校則は確かに他所と変わらずそれなりに存在しているのだが、ああしたいこうしたいと申し出て説明すれば、大抵のことが特例として承認されるからだ。生徒の自主性を尊んでいるらしい。


「まあな、俺もそう思う。綾小路は余り喋らなかったけど、倉持のやつはもう喋りっぱなし。面白いやつだったよ、あの二人って仲良しなんだよな、ポーズ決めたり」


「そうか。榊は倉持のような奴が好みか? 見た目も良いし性格も明るい、さもありんな」


 言われて少し考えてみたが、晶は好みがそういうモノなのかピンとこなかった。


「んーどうかな、一緒にいて楽しいなとは思ったよ。でも俺は佐々木と居た方が落ち着くな、お前だし」


 どのように解釈したものか迷う。かといって詳しく説明を求めることも出来なかった。佐々木が言葉を返せずにいると、晶が時計を見て言った。短針が重そうに下を向いている。


「随分な時間になったけど、帰らなくて良いのか? 師範が心配するぞ」


 門下生は令子を師範と呼ぶ。道場では佐々木悠子も母親を師範と呼ぶ。そのせいもあってか晶は普段から師範と呼んでいる。おかげで彼女の呼び方は佐々木が定着していた。


「そうだな、そろそろ帰るとしよう。良ければまた作ってやる、放課後では短くても仕方あるまい」


 言った後に良ければではなく、嫌でなければにしておけば良かったと考えてしまった。その違いは些細なようであって、全く違った返事になる可能性があったから。


「余り甘えたら後が大変だからな、自分のことは自分でやるさ。今日はありがとな佐々木」

 

「うむ」性懲りもなくまた目の前でシャツを脱いで制服に着替える。「洗ってから返す」返事を待たずに彼女は玄関を出ていった。


「私はまた共に在りたいと感じた。あやつはどうなのだろうか? 」


 もし同じ気持ちなのだとしたら喜ばしい。けれども確かめるのがまだ怖くて、今ははっきりとさせないまま帰路につく。



 生徒玄関。朝のひと時、晶の肩を叩く者が居た。それもトントンではなくパーンと。


「おっはよーあっきー!」


「ゆかり先輩。お早うございます」


 元気一杯の三年生、肩位まである髪の左だけをリボンで括っていた。驚きの細身とは彼女だ、それでいて健康的な印象なのはこの勢いのおかげだろう。

https://kakuyomu.jp/users/miraukakka/news/16817139555167045965


「ね、今年も部活は予定なしかな?」


「ええ、俺そういうのちょっと」


 家事の都合と何となくそういう集団に加わりがたい気持ち、自由が好きなのだ。個人同士の付き合いとはまた少し違う。


「んー、そっか。何でも良いから趣味くらいは持ったほうがいいよ!」


 これから何を言われるのか、前振りにしか思えなかった。晶のことを心配しているかのような感じで、瞳はらんらんとしているから。


「で、どんな趣味を勧めるつもりなんですか?」


「お、何か警戒してるね。でも心配は要らないよ、僕は何も勧める気はないからね」


「そうなんですか?」


 ゆかりの目が既に怪しい、何か企んでいるのがありありと解る。否定してもわかるのだ、何をしようとしているのか雰囲気で。


「人助けって良いよね」


「え、まあ、そうですね。それはそうですけど……」


 何かを誘導しようとしている、わかってはいるがそれに付き合う。


「じゃあ放課後ヨロシクね。僕のこと助けてよ!」


「どうしたんです、何か困ってるんですか?」


 もしそうなら前置きなど無くても言ってくれればいいのに、とゆかりをじっと見る。駆け引きなどいらない、もうそれだけのことはしてもらっているのだから。


「うん、僕だけじゃ荷が重くて……」


 急に悲しそうな表情を作る、そう作った。晶はドキっとして返事をした。


「何でも言って下さい、俺に出来ることしますから!」


「あっきー、ほんと?」


「はい!」


 それで断るようならば友達などしていない。そして今のような性格もしていなかっただろう。


「うん、じゃあ荷物持ちお願いね」


「はい……え?」


「いやー買い物多くて。僕だけじゃどうしても持ち切れなさそうでね、あっきーが持ってくれて助かるよ!」


 にっこにこであっけらかんとそんなことを言うではないか。少しでも心配したのが馬鹿らしい。


「どうして朝っぱらから人を騙すようなことをするんですか」


 腕を組んで怒ったポーズをする。別に怒ってはいないが。


「騙してなんかいないよ、もうあっきーの趣味は僕のお手伝いにしたらいいんじゃないかなって!」


 笑いながら意味不明の言葉をお吐きになられる。これも特殊な趣味の一つなのだろうか。


「そんな趣味聞いたことありません」


「そう? でも約束だからね。助けてくれたらオネーサンはちゃんとご褒美をあげるから、期待していなさい、えっへん」


 腰に両手をあてて胸を張る、あまり大きいとは思えない。平均値以下、普段大きいのを目にし過ぎていて色々とマヒしているのを考慮してもだ。


「はいはい。帰り連絡しますね」


「うん、じゃあね!」


 ぴょんぴょんといった感じで去っていく、後ろ姿がとてもご機嫌だった。

 

「まあ荷物持ち位ならどうってことないんだから、普通に言ってくれたらいいのにな。俺、ゆかり先輩に色々助けて貰ったんだから」

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