第6話 外国部の活動

「ああ、綾小路と会えたから」

 ――下手したら誰とも喋らないで二日……とかだもんな。


「えっ、私……ですか? 榊君、そう……なんですか? 」


 片手を口に当てて驚く。喜ばれるようなことをした覚えなど無い。


「俺さこうやって話するのが好きなんだ、一人はどうにもな」

 ――道場に行けば誰かしら居るだろうけど、あそこは遊びに行く場所じゃないし。


「えと……あの……待ち合わせしている、とかじゃないんですよね。一人だって」


「あ、悪いな。俺の都合ばっかで、綾小路は何か用事あるんだよな」


 アルバイト終わりまで大分時間がある、ならば普通はそう考えるだろう。


「いえ……その……特には」


「えーと、そうなのか? じゃあさ、話し相手になってくれよ」


 ベンチの隣をパンパンと軽く叩いて座るように促す。


「……はい。私で良ければ」


「お前って普段何してるんだ? 部活、あれって活動不明とかって言ってたよな」


 外国部、ずっと前から何をしているのか解らないらしい。第四代とか言っていた、そういう意味ではそれなりの歴史を持っているのだが。


「えと、本や携帯で小説を読んだりしてます。私も殆ど家で一人なんですよ」


「へぇ、綾小路も一人なんだ。小説って?」


「日本人の学生さんが、世界中で戦うお話で、映画化もされているんですよ。五作目なんです」


 嬉しそうに語る。かといって内容についていけそうも無かった。


「そ、そうなんだ。家に一人じゃ暇だもんな、倉持って土日いつもバイト?」


「結構多いです。いつもこうやって待っているんですよ」


 平日にそんなに働けるわけも無いので、当然の話だろう。それにしても待っているとは。


「午前中から?」


「はい。十時過ぎに商店街に出て来て、大体三時頃には……」

 ――あ、私変だって思われちゃいましたよね……。


 言ってしまってから気付く、今がまだ真昼間なのにずっと待っているだけということを。


「もしかしてその間一人か?」


「……はい」


「そっか。俺もさ丁度そうやって暇してるから、良ければまたこうやって話さないか?」


 微塵も不審な表情を見せずに微笑する。


「あの……私で良いんですか?」


「ああ、むしろこっちが聞きたいよ。俺なんかで良いのかってな」


「私は……その……嬉しいです榊君とお話が出来て」


 うつむいて消え入りそうな声で返事をした。危うく聞き逃しそうになってしまう。


「嬉しいって、そりゃこっちの台詞だな。美人同伴サービス、あれの続きか」


「……」

 ――美人……ですか? 紫苑ちゃんのことですよね。


 ぐー。晶の腹がなった。そういえば昼を食べていないことに今さら気付く。


「綾小路って昼もう食べたか?」


「いえ、食べてないです」


「どっか一緒に行かないか? あ、無理にとは言わないぞ細身だしダイエットとかしてたら悪いからな」


「えと……はい、行きましょう、何だかちょっと楽しいです」


 ベンチから勢い良く立ち上がる。


「よーし、んじゃ行くか!」


 やってきたのはキャトルエトワール、輸入雑貨店だ。ここの奥が喫茶ルームになっているのはあまり知られていない。


「あ、ここなんですね」


「お、綾小路知ってるんだ、通だな!」


 そういう晶はゆかりに教えられたわけだ。喫茶店連盟のようなものがあって、それで知ったらしい。


「実はですね、外国部の数少ない活動がここであるんですよ」


「え、ここで? えーと……」


 首を捻るがそれらしき答えが思い浮かばない。それを見た綾小路が微笑む。


「中でお話します。さあ、行きましょう」

 ――なんだかデートみたいです。


 中に一歩入ると異国情緒溢れる品がこれでもかと並んでいる。それらにも興味があったが、まずは奥へと進んだ。 喫茶ルームには先客が居ない。四席あるのだが、二人の貸切だった。


「はい、どうぞ」


 メニューを手渡してやる、綾小路は注文するものが決まっていた。


「サンドイッチセットにするかな、お前は?」


「フレーズパフェで」


「パフェかよ、飯抜きでお菓子ばかり食べるの良くないぞ」


 カップ麺の件もあって小言をちょっと。店員を呼んで注文を伝えた。


「で、活動って?」


「はい。ここでこうやって居るのが活動なんですよ」


「いや、それ全然意味わからないんだけど」


 喫茶店を利用するのが活動の部活、もしそうなら晶も入りたいと思ってしまった。


「それがですね、本当にそうなんですよ。第二代部長の頃からの慣習みたいです」


「第二代って?」


「クリスティーヌ・オッフェンバッハさん。もう二十年以上前みたいですけど」


「二十年か! ってかよくそんなこと知ってたな?」


 代々のことなら話も繋がるが、やや暫く廃部だったのだ、それが聞こえてくるのは疑問だった。


「第三代部長さんから聞いたんですよ。そちらも十六年前ってことになるんですけどね」


 ニコニコして話をきかせてくれるが、全く説明になっていない。疑問は膨らむ一方だった。


 ――んー、いまいちわからん。けど綾小路、楽しそうだし良いか。俺も一緒に居られて嬉しいしな。しかし……可愛いよな……。


 じーっと顔を見詰める。ふと気付いて恥ずかしそうに彼女はうつむいてしまった。


「あの……」

 ――私のことずっと見詰めてました。


「え、ああ悪い。見とれてた、ははは」

 ――本当なんだけどな。


 タイミングが良いのか悪いのか、店員がやってきて注文の品を差し出す。


「ここの結構美味しいよな、量も多いし」


「……そうですよね。パフェのデラックスなんて二人でも多いかもです」

 ――見とれてたんですか? 私に?


 フレーズパフェ、つまりは苺パフェですらそこそこ大きい。デラックスとは……。サンドイッチにはコーヒーもセットで付いていた。


「お、今日のコーヒーは苦味がきついな」


「学食のコーヒー、ここから仕入れているんですよ」


 またキャトルエトワール裏事情が披露される。


「それも外国部の?」


「いえ、私のお母さんは輸入業をしているんです。それでここにも卸していて、そういう話も知っていたんですよ」


「そうなんだ。綾小路のお母さんが……それで一人が多いんだ。海外出張とかだよなそれ」


 想像を膨らませていた、だが綾小路は別の方向で沈黙を受け止めたらしい。


「あの……私お母さんほどスタイル良くなくて……ごめんなさい」


「え、なんで謝って? ってか、お前でスタイル良くないって、教室で言ったら凄くまずいことになるぞ、それ」

 ――これだけ出るとこ出過ぎて、腰は細くて良くないって。お母さん、どうなってるんだよ。


 クラスメイトの冷たい視線が多数突き刺さるだろうこと間違いない。 ダイナマイトボディという言葉、もしかすると彼女のことを表しているのだろうかと思えるほどなのだ。


 ――佐々木って確か……九十幾つだとかって言ってたような気がする。ってことは綾小路は百はあるんだよな、これ。何カップとか俺には呼び方がわからん。


「榊君、私と居て恥ずかしいかなって……暗いし紫苑ちゃんみたく可愛くないし、嫌ですよね?」


 あまりのスタイルの良さと可愛さで、彼女は昔から同性にきつくあたられていた。そのせいで外見に劣等感を持ってしまっているのだ。押さえ込まれた性格も小学生の高学年あたりから顕著になっている。


「全然。お前って凄く可愛いと思うぞ、それに俺結構好みだ。恥ずかしいとかないって、ははは」


「あ……私のことが好み……なんですか?」


 顔を真っ赤にして下を向いてしまった。面と向かってそう言われたことなど今まで一度も無かった。


 ――何かいいなあ、照れて赤くなるとか、ほんと可愛いよな綾小路。彼氏いるよなきっと。

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