第3話 フランス軍攻撃

 ――稚拙な戦争だ、だがこれだけ士気が低ければこうするしかなかろう。


 本軍から砦に向かい増援が出される、ジル・ド・レイ男爵の軍だけでは足りなかったらしい。本軍の予備が次々と飲み込まれていく。


「イーリヤ公、デュノワ伯からの増援要請です。北東の援軍阻止を」


「承知したと伯爵に返事を届けろ」


 伝令の騎兵を戻すと後ろを振り返る。


「民兵団の出動だ、槍を持って整列しろ、壁になりきるんだ!」

 ――さてあれの数は少ないがそろそろ後発も到着するだろう。


 フランス人兵の集団が三列横隊で歩みを進める。簡単な革鎧に帽子、長靴を与えて見た目を揃えているのも特徴だ。コンゴ人らには民族衣装で統一させていてて、真っ赤な上着が目立つ。一方の島はいつものように黒い軍服に身を包んでいた。


「イギリス軍を食い止めろ!」


 穂先を並べて邪魔をした。倒す必要など無い、敵部隊の中心が足を止めればそれで満足だ。イギリスが誇る長弓兵は貴重で高価だ、こんな戦場には居ない。クロスボウも最新兵器で高価、滅多に使うものではない。


「左右に分かれて回り込んできます!」


 真正面を突きぬこうという敵は居なかった、集団を崩して相手も左右に広がっていく。


「二列目展開!」


 中段に備えている二陣を出撃させて左右に翼を延ばしてやる、するともっと層を薄くして回り込もうとバラバラになった。


「コンゴ軍進軍!」


 三列目、本隊が中央の民兵の隙間を通り抜けて染み出す。イギリス部隊の指揮官目指して速足で進んだ。


「民兵団後退!」


 横隊で壁を作っていた兵が五歩、また五歩と後退する。回り込むか別の動きにするか、指揮官からの命令が届かずに判断に迷う。


 その時だ、オルレアン城の大門が開かれる。中から城兵が出撃してきた、先頭で飛び出したのはなんと白い旗を手にして騎乗している女性だ。それがジャンヌだろうとは思ったが、何故か長い髪はばっさりと落とされていて別人かと思ってしまう。


「皆ついてきなさい、フランスに勝利をあげるわ!」


 敵味方入り乱れる戦場を彼女は一騎のみ連れて走り回った。何だ何だと注目を集める、何故女が戦場で叫んでいるのかと。


「ザントライユ将軍! 彼女に従い軍を進めろ!」


「了解です」


 指揮下の十騎を走らせる、歩兵二百が将軍を追った。厭戦気分が蔓延していたフランス軍、そこに不思議な活力が生まれるのが肌で感じられた。


「転機だ!」


 戦場を一瞥して目の前の部隊が後ずさるのを確認すると、コンゴ軍を引き戻させる。


「民兵団整列、十列縦隊編制。目標、白盾に王冠の旗部隊、歩速百二十、進軍開始!」


 包囲軍の頂点、ベッドフォード公爵の紋章を示す。白盾に赤獅子、三枚の白貝のようなものが描かれた上に王冠が載っている。イングランド貴族だ。


 戦場が混乱する、まさかの熱気が駆け巡った。各所の砦から砲撃が加えられる、だが絶えず移動している軍に命中するのは稀だ。


「フランス軍司令官デュノワ将軍より全軍、イギリス軍に総攻撃を加えよ!」


 指令旗が大きく振られ、角笛や楽器が派手に鳴らされる。ところどころで劣勢だった部隊も盛り返した。敗北を感じたイギリス兵が砦に逃げ帰ろうとして乱れる、そこへ砲弾が直撃した。一直線に砦に向ったからだ。


「サン・ルー砦が炎上しています!」


 ジル・ド・レイ男爵の旗が掲げられていた、主要な砦が陥落したのだ。逃げ場を失ったイギリス軍が算を乱して散り散りになる。近隣の拠点で残っているのはトゥーレル砦のみ、殆どがそこへと逃走した。城主はグラスデール将軍、包囲軍司令官の一人だ。敗残兵を受け入れ、将らを対岸へと逃がしてやる。トゥーレル砦は河の真ん中、橋の上にある城なのだ。


「全軍停止!」


 河を泳いで渡るわけにも行かず、砦の前で追撃を停める。城門の上で甲冑に身を包んだ男が立っている。きっとあれが指揮官なのだろう。


「フランスの売女がやって来たのか」


 馬鹿にした笑いが広がる。誰かが処女だろう、などと指摘すると一番乗り希望が更に笑いを誘う。ジャンヌが騎馬で傍に進み出る。


 ――ん? あれは長砲部隊だな、近くの林に敷設したか。押し進むつもりか。


 左斜め後方に軍をまとめて島はやり取りを眺めている、直接攻撃しようというつもりは互いにないらしい。本営は指揮所の設置に取り掛かろうとしていた。


「あの丘に駐屯するぞ、滞在場所を整備するんだ」


 簡単な命令を出しておきショーに意識を向けた。


「グラスデール! 私を売女と呼ぶとは、お前の魂は穢れている。部下も一緒に王へ下れ、罪は購うべきだ」


「はっはっは、お前など地獄に落ちろ!」


 傍に居る騎兵がジャンヌを宥めて下がらせる、何度も振り返りながらもようやく後方へと下がっていった。


 ――あれがジャン・ドーロンか。気苦労が絶えないだろう、一度話をしてみたいな。


 丘の陣地に移動して少しすると手土産を用意させてジャンヌ司令官の幕を訪れる。すると彼女は告解の時間だったようで取り合おうとしてくれない。


「申し訳御座いません、ジャンヌは司教様のところで」


 歳若い男性、目が優しい騎士だ。


「貴公がジャン・ドーロン卿かね」


「はい。イーリヤ公」


 背筋が伸びていて凛々しい、真っ直ぐな性格なのがすぐに解った。シャルル直下の騎士らしいが、彼が可愛がるのも理解できた。


「貴公はジャンヌをどう思っているだろう?」


「私は彼女を愛しています」


 迷い無く言う、照れも何もない、真剣にそうだと。フランスの為に、信じて行動しているジャンヌの姿勢に感銘を受けたらしい。


 ――思った以上に真っ直ぐだな。どうしてかこいつを助けたくなった。


 上着を脱いで自分が身に付けていた鎖帷子を渡してやる。切ったり突いたり、簡単には刃を通さない。衝撃で骨が折れることはあるが。


「すぐに役立つものはこれしかないが受け取って貰いたい」


「ありがとう御座います、イーリヤ公」


「コンゴ王国はイギリスもフランスも影響を及ぼせない場所にある、覚えておいて欲しい」


 それだけ言うと幕を去る。本営で作戦会議があるからだ、食事を済ませて落ち着いた後にデュノワ伯爵のところへと赴くのであった。



 臨時本営、地図を前にして将軍たちが攻撃の計画を話し合っている。長砲を使って徐々に被害を与えていこうとの方向性だ。既にオルレアンは解放された、急ぐ必要などない。


「慎重に攻撃を加える、被害は少ないほうが良いからな」


 長引けばそれだけフランスの権威が傷つけられたままになるが、戦っている軍としてはそれよりも自身の身が可愛い。


「名案だと思うよ」


 ジル・ド・レイ男爵が嘲笑を含めて認める、地方の貴族などはわざわざ苦労しなくてもブルゴーニュ派に降れば戦争を回避できるのだ。それを選ばずアルマニャック派のシャルルに肩入れしている時点で理論は破綻していた。


 ――輸送部隊が二日の距離にまで来ている、そのうち訓練してやるとしよう。


 先々で鉄の空芯棒を買い集めていた。それは中に玉を詰めて、手で直に着火させる品。大昔の小銃だ。クロスボウより安価で強力、ただし連射は出来ないし、耳が痛いので兵士には不人気だ。騎士が使う武器ではない、暴発したりしても被害が出る。

 やけに外が騒がしい、侵入者でも居たのだろうか。皆が顔を合わせて口を閉ざして耳をすませる。


「……兵士達よ、勝利は間近だ、行け!」


 ――攻撃命令か! 女の声だぞ!


 驚いて皆が幕を出る。するとトゥーレル砦へ向けてフランス軍が攻撃を始めているではないか。司令官のうちたった一人、ジャンヌだけがここに呼ばれていない、その隙を突いたのか偶々なのか命令が発せられたのだ。


「デュノワ伯爵、さて我等は何の会議をしていたのだろうか」


 ラ・イール将軍が呆れてつい皮肉を口にしてしまう。さすがのデュノワ伯爵も何も返せなかった。


「神が我等に勝利を下さる、たとえイギリス軍がいかに抵抗しようとも、朝が来るまでには逃げ出しているだろう。さあ続け!」


 どこにいるのだろうか、彼女の声が聞こえてきた。多くの兵が砦に迫る、軍旗を手にした騎兵を見つける、なんと下馬して砲のある塔へとよじ登り出したではないか。


「各々の軍を指揮されよ!」


 緊急事態だと解散を口にして自らもすぐに出る。島も久しぶりだった、自分の知らないところで自軍が攻撃を始めるなど。コンゴ兵は陣地で待っていたが、民兵団は前線へいってしまったようだ。


「合流するぞ」


 出て行ってしまった兵を糾合すべく命令を下す、塔の付近、輝く甲冑のジャンヌが梯子の中ほどで叫んでいる。


 ――やんちゃ娘がよくやるよ。


 歩兵が出撃してきているわけではないので、狭い戦場に攻め手が溢れている。邪魔になるので民兵団を後退させた。指揮官には勝手に行動するなときつく言いつける。


 ――始まったものは仕方ない、どうしたものかな。


 徐々に戦闘の混乱ぶりが収拾されて来て、集団がまとまりを取り戻す。警告する声が聞こえてくる、ジャンヌを狙った弓兵が居た。彼が放った矢は一直線に彼女に突き刺さり、梯子から落下。下で兵が駆け寄り大慌てで後送し始めた。


「馬鹿野郎が、俺が遊ぶ前に殺すな!」


 砦でグラスデールが笑いながらジャンヌの転落を確認していた。フランス軍の士気が急激に低下したのがわかった。攻め手が退く、それを追撃して来る者は居なかった。


 ――落とせそうな雰囲気もあったが、今はもう無理だな。しかしジャンヌ、勝手な真似ばかりをする。

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