第2話 いざオルレアン


 秘密のやり取りを終えるといよいよ上席者が声をかけてくる。そうやって声をかけられるまで待つのがならわしというのだから仕方ない。


「して、何故イーリヤ公は遥々シノンへいらしたのかな」


 デュノワ伯爵が切っ掛けを作ってくれた、言わずに追い出される可能性はこれで回避出来た。


「レワニカ王は仰有った『娘に導かれしフランスの王をお助けせよ』と」


 啓示が全ての鍵だということ位は島もどこかで聞いたことがあった。詳しくは知らない、あとは流れに沿うばかりだ。


「レワニカ王は何故それを。天啓を得たとでも?」


 大司教は知らされていなかったのか、驚いた。ここに廷臣らの微妙な力関係が垣間見える。突こうと思えばできるが、別に好んで敵を増やす必要もないので無視する。


「解りかねます。私はただ王の命令に従っているまで。ここに居られる皆様方もそうではないのですか? 王の命令は絶対、疑問も異論もあってはならない」

 ――さあ食い付けシャルル王太子。


 さも王権は当たり前だとすっとぼけてやる。イーリヤ将軍はシャルルの味方になり得る、そう思わせる為に。豪奢なドレスを身にまとった女性が現れる。誰かの妃だろう。


「イーリヤ公は良き人物よな。フランスの者はフランス王に忠誠を誓い、命に服従する」


「義母上」


「ダラゴン様。神に祝福されしフランス王の御言葉は絶対で御座います」


 貴族たちは踏み込んだ発言をしない、王は象徴程度に存在していたら良いだけと信じている。だから南北に別れてフランスは泥沼の戦いを繰り広げていた。この場で口だけならばどうとでも言う、といったろころでしかない。


「王太子のシャルル・ド・ヴァロワだ。イーリヤ公は余の意思に従うのか?」


「私は、フランス王の良心を戴くために戦うことを誓います」


 即答する。おうむ返しにせずに、自身の判断が挟めるようにと言葉を変えて。


「うむ。シャルルが認める、イーリヤ公をフランスの将軍に列ねる。ザントライユ将軍が補佐を」


 味方が増えるのならば特に文句もない、皆がそれを黙って受け入れるのであった。



 末席に立とうとすると、ジル・ド・レイ男爵がやってきて上席へエスコートしてきた。何とも優雅な仕草に、つい感心してしまう。


「ジル・ド・レイ将軍だ、イーリヤ公、よしなに」


 綺麗な顔に笑みを浮かべる。ザントライユ将軍の言葉がなければ多大なる好意を受け入れていたかも知れない。


「ジル・ド・レイ男爵、こちらこそお頼み致します」

 ――このなりならば、女を幾らでも自由に出来るだろうに。侍女らの落胆ぶりが浮かぶよ。


 島は爵位を持っていないが、王配が貴族階級として認められた。ザントライユ将軍も補佐として後ろに付いて回る。大扉が開くと、長い髪を揺らして一人の年若い娘が入ってきた。


 ――素朴な村娘といった感じだな、あれがジャンヌだ。


 貴族らの溜まり場辺りにまで歩んでくる。シャルルだけを見て求められても居ないのに勝手に喋り始めた。


「フランスには王が必要です。すぐに出立を」


「ジャンヌ、それは神の言葉かい?」


 大司教が代わりに話す、どうやらそんな役割を持っているようだ。本来は平民が貴族、それも王族になど話しかけてはいけない。


「神は王がフランスを導くと」


「戴冠式を済ませるまでは王太子だが」


「ならばすぐに戴冠式をしたらよいでしょう?」


 やれやれと皆が呆れる、言っていることは正しいが現実を一切見ていない。そんな人物は古今東西どこにでもいるが、ここにはジャンヌが居たと言うだけ。


「戴冠式はランスのノートルダム大聖堂でのみ執り行える」


 フランス王の儀式はずっとそこで行われてきていた、それが必須なのだ。伝統と文化とは、継承され続けるごとに権威が増していく。


「ではランスへ行けばよいではありませんか!」


「イギリス軍が喜んで迎えてくれるな」


 大臣の一人が小馬鹿にした口調でジャンヌを否定する。ランスとは敵対者の領地、奥深くに位置しているのだ。行けばイギリス軍が兵士を送り出して来るだろう。


「オルレアンでは六ヶ月も籠城し、イギリス軍を退けている。まずはそこを解放するのが順番というものだ」


 デュノワ伯爵が最前線の有りかに言及する。籠城とは援軍ありきで行うもの、これを見捨てはできない。それに援軍を出さなければ、誰がフランス王太子に味方をするのかということだ。


 ――オルレアンの乙女とは言ったものだな。これがデビュー戦なわけだ。


「ではすぐにオルレアンに進軍して。それと私にも軍を下さい、必要になります」


 田舎娘の不躾な要求、検討に値しない。この場に居られること自体が不思議とすら感じた。クレといわれて軍を与える者がどこにいるのか。


 ――おいおい、こいつがジャンヌ・ダルクか? あれは後世の作り話ってことなら要注意だな。


 だがシャルルは長らく落ち目で神頼みしたい気持ちもあり、皆が予測しない返事をする。


「ジャンヌを軍司令官に列ねる。ジャン・ドーロン卿を副官に」


「殿下、誰がその軍の資金を出すのでしょうか」


 大臣が嫌みったらしく抗議を含めた確認を行う。フランス王国の国庫は空っぽなのだ。各地の領主は自軍を強化することはあっても、王家を盛り立てる為に資金を出すつもりはさらさらない。


「妾がだしましょう。兵はお前が用意しなさい」


 義母ダラゴンが引き受ける。大富豪である彼女はシャルルが即位しなければ立場が上手くない、金で済むならばそれを飲む。後は戦いをしたいと言う奴らに任せるだけ。


「そうせよ」


「ははっ」


 場当たり的な承認ではあるが、どうやら目的は達せられたらしい。何とも驚きではあるが、これが歴史修正という奴だろうか。


「デュノワ伯爵、軍勢の指揮を」


「ご命令とあらば」


 個人個人がバラバラに軍を持ちより指揮をする。国軍や常備軍の考えは少ない。封建時代だ、領地を直接治める者の力が一番強い。そして現在、シャルルの直轄地はあまりにも少なかった。


「イーリヤ公、そなたも従軍せよ」


「御意。フランスは必ずや勝利を収めるでしょう、それも想定を越えた勝利を」

 ――結果を知っていて強弁するのはズルだな。



 シノンからオルレアン城に向かう、ザントライユ将軍が馬を寄せてきた。何せ世の常識に疎い島だ、彼の助言にはほとほと頭が下がる想い。


「あの娘、イギリス国王宛で降伏するよう書簡を送ったらしいですぞ」


 どこからもそんな情報は入って来なかったが、こうやって耳に出来たのもまた将軍のおかげだ。


「ほう、独断でするにはちと行き過ぎだが、うん、と言えば楽で宜しい」


「違いない」


 軽口が良かったのかご機嫌で話を続ける。島としても彼から色々と聞けるのはありがたかった。どこかで恩返しをしようと心に決める。


「オルレアン城、正直包囲を解くのは困難でしょう」


「イギリス軍がそんなに大軍?」


 城の概要を聞かされても、やはり目にしなければよく浮かばない。多くを知っていれば比較も出来るが、まだここにきて日も浅いのでぼやけたイメージしかなかった。


「数は半数ほどですが、こちらは兵の士気が極めて低い。全く戦力にならないでしょう」


 薄々は気付いていたが、やはりそうかと認識を進めた。明らかに命懸けで戦うような雰囲気ではない。命令だから仕方なくついてきている、雑兵の類いがしっくりときた。


「イギリス軍は士気旺盛で?」


「どっちもどっちでしょうな。ただ、あちらの雇い主の方が金払いが良くて、略奪も見込める」


 防衛増援では確かに略奪は出来ない、それでいて支払いも怪しいとなれば誰もやる気にはならないだろう。その点で島の軍は大違いだ、コンゴ人らも気合充分。


 オルレアン城は三十八の塔と三キロに及ぶ城壁で守りを固めていた。イギリス軍は五千もの兵力で包囲を続けること半年、ロワール河の傍にあるトゥーレル要塞を占拠して居座っている。

 街の周囲に城砦を建設し、道路を結んで街道を封鎖。守りの側を脅かしていたのは巨大な投石器で、河の向こう岸から城へと飛んでいくような代物だった。


「イーリヤ将軍、驚きの報告が」


 到達して天幕を張り、各種の調整をしようとしているところに将軍がやって来た。


「なんだろうか」


「ジャンヌが単独でオルレアンへ向いました。まあ上手いこと入城したようですが」


 聞き間違いかと思えるような言葉が発せられた、信じられないので繰り返させてしまう。包囲されている救援対象の城に、いともあっさりと入り込んでしまった、何とも言えない空気が漂った。


「フランス軍とはいつもこんな感じなのかい?」


「そうだと面白いですけどね」


 ジャンヌの副官ジャン・ドーロンも一緒に消えたようだと遅れて伝わる。恐らくは大変な人物のお守りを引き受けてしまったと嘆いているのではないか、と島が感じる。実際のところは今度本人に聞いてみよう、と別の事を思案し始める。


 イギリス軍は五千、こちらは一万を超える、それで戦いにならないとは島の常識を逸している。かといっていきなり目立つような行動は避けたい。


「しかし、お題は本当にジャンヌの擁護なんだろうか?」


 数日経っても双方動きを見せない、オルレアンでは食糧の欠乏で餓死者も多数出ていると聞いていた、それなのにだ。夕刻にザントライユ将軍が幕にやって来た、軍議の招集が行われるとの伝言だ。

 デュノワ伯爵の陣幕に主要な人物が集まった。およそ行動内容は決められているのだろうが、それを周知するために。


「未明にイギリス軍に攻撃を仕掛ける」


 意見を求めるわけではなく、作戦を説明し始めた。重要拠点のサン・ルー砦、それを四軍でこぞって攻め落とそうとのことだ。悪くない、包囲の一端を崩して城へ補給してやれば大分息もつけるはずだ。


「ジル・ド・レイ男爵、先鋒お願いしたい」


「良いでしょう、レ軍の力をお見せしよう」


 彼の領地であるレ地方、そこから徴兵してきた兵を誇る。真面目に戦わなければ取り上げられた息子達を亡き者にされる、恐怖が軍兵を戦闘に駆り立てる。見た目とは裏腹に許し難い行為をしているではないか。


 ――だがフランスが戦に負ければ略奪と暴行、流民への未来だ。領主としての事実だけをみれば責めるに責められん。



 斧や剣が振り下ろされる。朝もやの漂うオルレアン城近くにある砦、そこで戦闘が繰り広げられていた。戦況は不明、少なくともフランス軍は戦う態勢を整えている。


「我軍は武装待機だ」


 島はザントライユ軍と共に戦場外縁で待機している。オルレアン城では見張りがそれを見て大声で報告している。サン・ルー砦を救う為に近隣から援軍が発せられた。デュノワ伯爵の命令で迎撃部隊が展開される。野戦の対峙は互角、二倍の数で当たってそれでは褒められたものではないが、少なくともフランス軍が攻勢を保っていた。

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