異説ジャンヌダルク

愛LOVEルピア☆ミ

第1話 コンゴ王国軍出陣

 視界が激しく明滅したような気がした。回復して目を開くと、果てしない平野。何度体験しても、不意に居場所が把握できない。


「さて、ここはフランスか?」


 最早驚きもせずにあたりを確かめながら歩く。水たまりに映る姿を見て、自身は白人系統の人物になったようだと頷く。遠くに豆粒大の動く何かが見えた。


「遠いが歩くしかないか」


 見えているが恐らく五時間やそこらはかかるはずだ。逆に見えすぎているのが気になる、きっと現地人の血が混ざっているのだろう。文句を言っても聞いてくれる相手はいない、黙々と歩き続けて豆粒が人になるまで近付いた。


「こんにちは」


 フランス語で黒人に挨拶をする、だが首を傾げて警戒するばかりだ。


「キ!」


「ん、ああ悪かった、こんにちは」


 アラビア語に変えて挨拶をやり直す。体の力は抜いておく、争って単身でどうにか出来ることもない。


「お前はここで何をしている!」


「フランスの王太子を認める聖女が現れる。それを助ける為にこの地に使わされた、天の使いだ」

 ――多分そんなとこだろ。俺だってよくわからん。


 狂人かそれとも御使いか、二者択一ならば有り難い限り。


「むむむ、族長のところへ連れて行く」


 素直に従っておく。そしてアラビア語ではなく、現地語がキコンゴ語なのに気付いた。何故、そんな疑問に誰も答えてなどくれない。恐れもなければ怒りも、喜びもないままに族長の前に引き出される。


「お前の名前はなんだ」

「キシワ」

「何しに来た」

「天の使いだ。戦士を引き連れ、フランスに力を貸せと天啓をえた」

「何故ここに?」

「キコンゴ王国はこれから何万日と続く。神の戦士に選ばれた、名誉を得るためにだ」

 ――俺はピエロだ。なるようにしかならんさ。


 嘘か真か側近らとやり取りをしている。与太話を信じることなどないのが当たり前なのは現代であり、昔の人々は純朴なのだ。


「戦士を率いるキシワの力を証明してみろ」


「解った。棒を使って決闘だ」

 ――力づくか、解りやすいルールで大変結構。


 槍では劣ることもあるが、こん棒の類いならば白兵戦術が活きる。いつものことながら、軍人である島が一対一の戦闘で腕力だけに負けることはなかった。彼等には早速キシワ将軍と呼ばせ、王のところへ向かうように命じるのであった。



「レワニカ・ルケニ・ルア陛下、私はキシワ将軍で御座います」


 黄金の装飾を全身にあしらった王に膝をついて名乗りをあげた。白人は珍しいらしく、一部から凝視される。だが交易船は来ているようで、王は平然としていた。まだこの時代ではコンゴ王国は成立していないが、王と言われて悪い気はしない。


「キシワ将軍はコンゴに何をもたらす」


「陛下とコンゴ王国の未来に名誉を」


 人は安全と金や地位を得ると、次第に精神的な何かを得たくなるものだ。自力で周辺部族を平定した彼が名誉を求めるのは至極当然のこと。


「何が必要だ」


「北の大陸へ向かうための船、百の忠実な戦士、王の命令が必要です」

 ――百人、それだけ居たら充分だ。


「良かろう、我が名を知らしめて参れ」


 その程度の費用ならばやりたいやつがやれ、そんな態度で認めてしまう。王の度量を示したのだ。


「では次に大陸からの船団が来たときに出発致します。それまでは調練を行いたく思います」


 一ヶ月の間、中隊を指揮することに傾倒した。個々人の戦闘力はやはり高い、だがバラバラに動くのが特徴なのも現代と変わらない。王の代理として統率を約束された島は、少数ながら最高の手駒を手に入れた。



 船団を使いフランス南部、マルセイユ辺りに上陸する。北アフリカの現地語に対してアラビア語だが何とか通じたようで、特に争いもなく支払いを済ませて解決した。


「しかし、どうやって合流したものかな。ジャンヌ・ダルクはこの時代なんと呼ばれていたんだったか」


 ジャンヌ・ダルクは後世になってダルク姓を付与して呼ばれたのであり、当時はラ・ピュセル(お嬢さん)、ジャンヌ・ロメ(母親ロメさんのジャンヌ)、ジャネットなどと呼ばれていた。そんなことをキシワ――島が知るわけもない。


「おいお前ら!」


 フランス人の警備隊が五人でやって来る。それはそうだろう、百人の黒人だ、これだけ不審な集団は探したってそうは居ない。


「警備かね。私はジェネラル・イール、フランスに連なる者だ」


 威圧などものともしない。証明などあろうとなかろうと、今ここに居るのが全てだ。イールは島の意味で、コンゴ語ならばキシワになる。


「あー、ジェネラル?」


「ウィ、コマンダンテ」


 後ろに並ぶ黒い人間、それがアフリカの種族なのは聞いたことがあった。フランスの部隊というならば咎めるわけにもいかない。


「代官の館へお寄り下さい」


 連れられるがまま村の城館にと向かう。十人程の守備兵が黒人集団を眺めていた。中に入るのは島一人、他の者は軍兵だと別扱いをさせる。


「コマンダンテイールだ。これよりフランスに加勢する為にここへきた」


「当地の守備隊長ネーメです。あの兵は?」


 まず気になる部分だ、黒人すら珍しいというのにあの数、そしてやけに統制されている。


「私の手勢だ。コンゴ王より預けられた兵だ」


「貴族司令官! 大変失礼致しました。シノンへの道案内はございますか?」


 王太子シャルル七世が拠点にしていた場所がシノン。当然道案内など居るわけもない。


「用立ててくれるかね」


「はい、お任せを!」


 こうまで協力的なのには理由があった。シャルルは何をやっても裏目に出てしまい、圧倒的不利な状況にあった。それだけに味方をする者あらば藁にもすがるような気持ちでつかんでしまう。ゆえにジャンヌが謁見出来たような側面があった。


「敵方に間違われては心外だ、旗を貸して貰えるかね」


「喜んで!」


 着実に前進しているはずだ、島は暗中模索の道程を一人歩むのであった。



 島だけが騎乗し、他は皆が徒歩。馬については中国雲南地方で随分と乗ったせいか手慣れている。


「気が付いて現実で真似たら落馬は必至だな」


 夢だからこそ成せる業だとはっきりと認識しておく。わかっていても悪夢は覚めない。ネーメ隊長の兵は不思議がっていた。行く先々で若い者を徴募しては隊に加えたからだ。一般の農民を集めてどうするつもりか、この時代は農民兵が領主の命令で年間四十日程度動員されることがあった。契約の一部でそれ以上は賃金次第。


「コマンダンテ、素人をどうするつもりで?」


 案内人である兵長がついに疑問を口にする。勝手に徴兵したら大問題だが、傭兵契約ならば文句は言えない。王から軍資金を黄金で与えられていた。それはフランスでかなりの購買力を発揮している。一気に換金せずにあちこちで少額を銀にしていった。


「無論戦わせる。兵が在れば私ならば戦わせることが出来る、それが素人でも」


 将軍とはそういった能力を持っている人物だろう、何とも返答しづらい物言いで相手を黙らせてしまう。島もただ頭数を集めているわけではない。キリスト教徒、それでいて確りと家族がいる人物のみを雇用した。相手を害することを認めた人物に限るのも忘れない。


 ――我ながら悪辣なやり口だよ、いつか神罰が俺に集中して下る。


 ルワンダの民兵団に見た選別方法で、単身やって来るような人物よりも、誰かの為に戦うような人物を選ぶ。こうすることで逃げ出す割合が極端に低くなった、もし戦死しても家族に支払いをすると書面を交わした上で個別に交付したのが効いている。識字率は低いが、広場で公開しながら契約をしたので読めずとも騙されていないのは明らかだ。


「あれは周辺警備の軍でしょう」


 丘の向こうから騎馬と歩兵がゆっくりと近付いてくる。よくわからないが文様が特徴的で、さぞかし名のある人物の手勢なのだろうことがわかる。


「部隊整列! その場で待機だ」


 バラバラに座らせることなく接触を待つ。兵長にはフランス旗を持たせ前列に並ばせる。


「コンゴ王国がいかに立派かを示す、胸を張り正面を向け!」


 これも大切なことだと指示する。雇用された農民らも見よう見まねで後列で胸を張り並ぶ。コンゴの部族旗と、染めさせた自身の軍旗も掲げさせる。粗末なものではあるが、それが己の全てだと変えるつもりはない。


「そこな部隊の長は貴公か」


 上から目線の騎士が雑軍だろうとぞんざいな呼び掛けをしてくる。当然フランス語だった。


「私はブラジル女王王配、レバノンプレトリアス並びに南アフリカプレトリアス=アヌンバ、ブカヴンダガク、ルワンダフォートスターの領主で、コンゴ王国司令官イール将軍だ」

 ――盛大にふかしておこう。どうせわかりはしないさ。


 不明の名乗りだがフランス兵やフランス人を連れている、そしてやけに強そうな黒人を従えていたので嘘と見なすには大掛かりだ。態度を選択する時間は数秒しかない、騎士は目の前の軍を信じた。


「これは失礼、イール公。アランソン公の騎士、ラガルドと申します」


 島はプリンスコンソルテ、公と呼ばれた。敬称は閣下だ。


「ラガルド卿、コンゴ王は仰有った、フランス王を支えよと。王は、かの娘の神託があるものがそうだ」


 彼は驚いた、つい先日の機密内容を知っている外部の者がいたことに。誰かの策略だとしても自身の手には余ると、持ち帰り主の判断に委ねようと決める。



 シノン城は高くて分厚い城壁を擁していて、あちこちに銃眼を備えた塔が見えた。ラガルドの先導で大広間に踏み入れると、左右に並ぶ男達の視線が集まった。


 ――王の御前というやつか。いや、まだ王太子だったな。


 何かの会議の最中に島が招かれた。どうやら決めかねて疲れたので気分転換といったところのようだ。どれが誰だか全く不明、かろうじて聖職者の存在だけが見て取れる。


「そなたはどこのどなただろうか。私はフランスのルニョー大司教」


 先触れによって知っていても、改めて名乗りを上げさせるのが目的。島は先程と同じように王配、領主、将軍を口にした。その間に上席の連中を観察する。


 ――あいつがシャルルとかいうやつか?


 中央の絨毯に立っている三人、若いが気品というか纏う雰囲気が違う。


「イール公、コンゴ王国とは?」


 ついぞ聞いた事がない国と笑う。どこの田舎だと見下した、現在も過去も廷臣というのはそういうものだと思い知らされる。


「地図と紙を用意して貰えれば説明いたしましょう」


 出てきたのは羊皮紙、東を上にして置いた。まだ満足行く品質の紙が製造出来ていないようだ。ヨーロッパ地図を見て、現在地にペン入れをさせる。


 ――パリの南西三百キロあたりだな。ロンドンの真南か。


 表情を作らずに前後左右に羊皮紙を並べて置く。固定させるとざっくりと世界地図を書き込んでいく。まだ未発見なアメリカ大陸も平然と記してやる。


 ――アフリカを少し大きめにして、コンゴを中央にしてだな。


 息を呑んで島が描く地図を覗き込む。大雑把なくせに、やはり全貌を知っているからか均整が取れている。


「ここがコンゴ王国です、ヨーロッパの半分以上の大きさがあります」


「そんな馬鹿な……」


 嘘か真か、廷臣の数人がそのあたりに巨大な島があると聞いたのを証言する。ラガルドが黒人を多く引き連れていたのを指摘もした。


「そしてここがブラジル、妻の王国です。この輪の部分が私の領地」


 世界中に散らばっている印、大きさこそそれほどでもないが、複数の国に点々と領地を抱えているのは親類が多いことを示している。


「むむむ、何か証明出来る品があるだろうか」


 ルニョー大司教が、本当ならば是非とも布教にいかねばならないと真剣に尋ねる。


「証拠の品は無いですが、各地の言葉を操ることが出来る」


 そう言うと場所を示して言語を切り替えた。理解者が居るだろう英語やスペイン語から始める。日本語やベトナム語などは場に居る誰一人として単語を拾うことすら無理だった。


「世界の半分はキリスト教とイスラム教で占められている。が、私の巡った場所の幾つもがそのどちらでもない」


「教皇庁の大司教として、その話を!」


 未知の布教先があると耳にして、真っ先に反応してしまう。


「ルニョー大司教、少し話が逸れておりますぞ。失礼、イール公、私はラ・イール将軍と申します」


 武官服の男が進み出る。ラ・イール将軍、島と同名で将軍というではないか。


「これは奇遇、先達があるならば私はイーリヤと呼んでいただこう」

 ――イール将軍とは驚きだな。


 フランス語からスペイン語の名乗りに替える、キコンゴ語のキシワよりははるかに受け入れられやすい。


「ちょっとした休憩のつもりが大事ですな」


 奥に居る男が変な視線で島を見る。興味があるというのは解るが、それだけではなさそうだ。


「それぞれジル・ド・レイ将軍、アランソン将軍、デュノワ将軍です」


 男爵、公爵、伯爵だとそれぞれを補足した。そして自身はザントライユ将軍と名乗った。


 ――何だあいつ、王太子じゃなかったか。


 席次が低いザントライユ将軍が近くで囁いてくれた。


「ありがとうございます。時にあのジル・ド・レイ男爵、視線が気になりますが」


 やたらと整った顔立ちに体つき、美男という言葉が似合う。


「ふむ、お気をつけあれ。かなり危険です、決して二人にはならぬよう」


 真面目な顔で忠告してきた、ザントライユ将軍も警戒しているのがわかる。


「害意が?」


 彼は一歩近付くと耳打ちする「あのお方は、女性ではなく男性がお好きでして」島が表情を変える。


「ザントライユ将軍、真に重大な助言、感謝致します」

 ――凶暴ならいくらでも対処可能だが、そっち方面は俺も困るぞ。

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