第8話 ルシファーの奮戦

「なんだこいつらは、強すぎるぞ!」


 黒服に黒軍装の兵に挑むが歯が立たない。二人で立ち向かってようやく互角、戦列を組まれてしまうと押される一方でジャンバリエ守備隊長が顔をしかめた。


「後方の司令部を急襲するぞ、二十騎ついて来い!」


 騎兵を抜き出すと、主戦場を迂回してクァトロ司令部へと迫る。戦いというのは末端ではなく頭を叩くことで勝敗が決する、ならば隙があるのを攻めるのは至極まともな行動といえた。


「司令、敵騎兵が来ます」


「身体がなまっていたところだ、ちょっと運動して来る。お前達はここで待ってろ」


 戟を手にして馬の腹を軽く蹴って一騎で突出する。黒武装をして黒鹿毛の馬に乗ったマリー司令、向かってくる二十騎を前にしてニヤリと笑った。気合いを入れると真っ正面駒を進める。


「俺が司令のマリーだ、相手になってやる掛かってこい!」


「な、おのれコケにしおって! 目にモノ見せてやる!」


 交差の瞬間に武器を打ち合わせる、守備隊長の手がしびれて危うく槍を取り落としてしまうところだった。そのまま後続の兵をもののついでに一人、二人叩き落とすと馬首を返して騎兵を迎え撃つ。二騎が同時に打ちかかるも、いとも簡単に受け止めると返す刀で落馬させてしまう。


 囲まれて四方から攻撃されても、その全てを防いで反撃を加える。みるみるうちに騎兵が減って行き、あっという間に守備隊長だけになってしまった。


「こいつら、揃いも揃って化け物か!」


「おいおいそいつは聞こえが悪いな。他所じゃどうか知らんが、クァトロでは指揮官が兵より弱いわけにはいかなんでね。ほらお前で最後だ掛かってこいよ」


「くそが!」


 槍を構えて接近して来るとそれを突き出した、紙一重でかわすと大振りした戟が背中を直撃。たまらずに落馬してしまう、咳き込んで転がっていると他の黒服が寄って来て拘束されてしまう。


「主将は殺すなってお達しだから捕虜にしてやる。だが覚えておけ、お前の拙い指揮で失われた命があるとな」


 一言も返せずにうなだれると、守備隊長は諦めて大人しくなってしまった。



 ダルボンの仮陣地、木箱や土嚢を積み上げただけの総司令部で座っていたナキがジャンバリエからの喚声に気づく。前衛に立っている部隊もその声に釣られて右手の側を見た。街からぽろぽろと兵士が逃げ出して、サンヌへと走っている。


「むこうも終わったようですね。それにしてもサンヌの城外陣地まで壊すとは、これがあのクァトロの力ですか」

 

 黒い騎兵が縦横無尽に駆け回り、陣地の兵だけでなく、陣地そのものを物理的に破壊している。どうやら急造のようで強度はそこまで高くなかったようだ。縄でひかっけて馬で引くとそのまま倒壊するものがやたらと多かった。


「うちの若い奴らの努力の賜物だな。恐らくだがルシヨンも落としているだろう」


 腕を組んだまま遠くの空を見詰める。流石に遠すぎて音もなにも聞こえてこないのに、妙に自信たっぷりで。


「え、ルシヨンまでですか?」


 丁度サンヌを挟んで向こう側なので見えない。席を共にしてから伝令もやってきていないのでただの想像にすぎないのだが、将軍は落ち着いていた。青い軍服の士官が近寄って来ると一礼し「ルシヨンがクァトロにより奪還されました!」報告してくる。


 将軍は目を閉じてうっすらと笑っているように見えた。ヴァランスは千五百で迫り、更にはドフィーネ王国旗を掲げたお陰で恭順を受け入れての結果。一方でクァトロは五百の兵力を三つに分けて三倍の働きを見せた、驚いたという言葉だけでは表すことが出来ない。


 ナキは彼等が今までどのような苦難を潜り抜けて来たのかと息をのむ。ユーナが口にしていた言葉、もし雇えるならば金などいくらでも出すの意味が分かった。


「準備は整いました、後はサンヌ攻略です」


「いよいよだな。だがこれは全ての始まりに過ぎない、我等の目指す先はもっともっと遠く険しい道なはずだ」


 一つの節目がやって来るのは確かではあるが、ここで勝ったからと何も終わりはしない。まさに彼の言う通り始まりに過ぎないのだ。何度勝っても先は長いというのに、一度でも負ければそれまで。別に平等公平など求めていないが、それにしたって随分な障害ばかり。


「王都の守りは堅いです、これをどうやって?」


 わからないことを恥じることはしなくなった。ナキはどうすればよいかの知恵を借りようと尋ねる。知らぬことを知らぬままにせず、わからないなりに理解しようと努力する。


 サンヌは多重防御壁に囲われているわけではない、たった一つの城壁、それも四メートルほどのもので主要市街地を囲んでいる。重い鎧を着た者がよじ登れるような高さではなく、圧倒的に守りに有利な造り。


「あのタイプは跳橋を巻いて引き揚げている大門、縄を切ってしまえば侵入可能だ」


 太い縄を稼働する門の端につけて、引き揚げることで出入りを出来なくしてしまう。水濠でもあればさらに強力になるが、ここではそういう造りにしていなかった。何せ濠を作ろうとすると物凄い労力が必要とされる、それで国が傾いてしまえば元も子もない。


 城門真上にある巻き上げ装置は当然兵に守られている。部屋が城壁に乗っかっているような形なので射撃しても効果はない。操作室の左右はここからでも見えるくらいで、兵士がきっちりと防備していた。


「武装したまま登れる高さでは無いですけれど?」


 仮に身軽な状態であっても、四メートルは登ることが出来ない。だからこそそのサイズに設定して石を積み重ねたわけだ。梯子があれば登れるが、邪魔されないという前提はおかしい。


「そうだな、じゃあこうは考えられないだろうか。非武装でならば登れるんじゃないかってね」


「そんな! ただ殺されにいくだけじゃないですか」


 普通に考えたらそうなる。防具も無しで城壁に上がって、武器もないのに敵兵と対峙してどうなるのか。将軍はチラッと遠くを見てからナキへ視線を戻す。


「私は彼のような戦士を尊敬するよ」


 何かと思いあちこちを見る。すると防具を着けた馬に引かれている馬車があって、その上に一人の男が乗っているのを見つけた。馬車の前後には黒い騎兵がクロスボウを持って共に走っている。


「あれは……ルシファー!」


 誰かが解るとつい立ち上がってしまう。馬車の屋根の上には青い軍服の姿。盾だけを持って屈んで身を隠している。何をするつもりなのか、先ほどの将軍との会話でうっすらとだが想像がついてしまう。


「心配はない、きっとなすべきことを終えて笑顔で再会できる。私はそう確信している」


 左手を胸にあててじっと見詰める。馬車がサンヌの城壁に使づくと、城から矢が飛ばされる。防具を着けているので馬に当たっても刺さらずに弾くのが多かった。正面から右手にと折れて城壁伝いに馬を走らせると足を緩めた。


 馬車の屋根から城壁までは二メートル、黒騎兵からクロスボウでの援護射撃が行われると、胸壁から乗り出していた兵が転落していく。ルシファーは抱えていた盾を捨て、抱いていた足場に乗ると思い切りよく城壁に飛びつく。腕をかけると腕力で無理矢理に身体を引き上げる。


 後続の騎兵が馬上大剣を上へと放ると、手を伸ばしてルシファーがそれを握る。唖然とする守備兵の目の前で大声で名乗りを上げる。


「俺はヴァランスのルシファー・ド・ダグラス、ナキ・アイゼンシアの騎士だ!」



 城壁の上にたった一人登ったルシファー、両手持ちの大剣を真横に薙ぐと、三人の守備兵が城壁から叩き落とされた。


「敵は一人だ、一気に押し出せ!」


 攻め寄ろうとするが駒のように大剣をぐるぐる振り回すので、守備兵が次々と転落して行ってしまう。距離をとろうとしても後ろから増援が来るものだから居場所が無く、前へ出るはしから全てがなぎ倒されてしまった。


「雑魚に用はない、通らせて貰うぞ!」


 その膂力で自由自在に大剣を振るうものだから近寄ることすら出来ずに、徐々に巻き上げ機の側に近づいていく。下からは黒騎兵がクロスボウで援護射撃を続けていた。騒ぎを聞きつけて守備兵が集まって来る、城外でもその青い軍服の人物へ声援が送られた。


 だがルシファーとて無敵ではない、汗が吹き出して息が荒くなってくる。傷が増えて行き、動きが鈍りだした。多勢に無勢、いつかは押さえつけられてしまうのは間違いない。


「あの勇士を見殺しにするな、ヴァランス軍進め!」


 アーティファ司令官が待機していた軍に命令を出した。それを見たダルボン守備隊も付いて行く。南と東で城壁に取り付いて総攻撃の様相を呈する、だが黒服はジャンバリエの前に出てきて待機したまま。その数は二百だけ。


 ルシヨンの側からは攻撃が無い、姿が消えた黒服達はどこに消えたのか。戦いが加速する、さすがのルシファーも息が上がってしまいこれ以上進めなくなってしまう。少数ではあるが梯子をかけて城壁の上を一部確保することに成功した部隊と合流する。


 グロッカスの正規兵が多くいて、今までのようにはいかない。ヴァランス軍の被害が増えてきて、民兵が死を恐れて及び腰になってくるのが解った。戦場東を大きく迂回して、ルシヨンの側に回り込んだ部隊があった、イーゼル民兵団。


 スリングやクロスボウで城壁守備隊を遠隔攻撃し、決して壁に乗り込もうとはしない戦い方。意外や意外、スリングがこの場で一番の威力を発揮した。拳くらいの石を布で包んで振り回し、遠心力を使って投げ込む。射程は三百メートルを超え、矢の有効射程を上回った。しかもコストはタダ同然。


 反撃を受けなければ士気は落ちない。今度は石から、焼いた土、煉瓦のようなものに玉を変えて放る。地面に当たって割れるとピリピリする異臭を放った。粉にした痺れ薬を中央に仕込んだもので、投げ慣れたあたりで入れ替えた。


 役立たずと罵られていた者達が、戦況を左右させかねない攻撃を繰り出す。城内の混乱が続くと指揮が圧迫されていく、そうなると些細なことは後回しにされてしまう。変な金属がこすれる音や、河岸で鳥が飛び立つ音が。


「な、なんだ貴様等は!」


 城の東側。水門の側を見張っていた兵が、突如現れた人影に声をあげる。直後、命を散らした。バスター率いる潜水部隊が水門の鉄格子を壊して侵入してきたのだ。大きな枠をやすりで切れ目を入れてハンマーで叩きつけて壊す。水中での作業は熟練が必要だった。


 軽装備の黒服が五十人、水中を通り城の西に入り込む。二重鎖で水上封鎖をしているので、その鎖を緩める為に制御室を占拠してしまう。多方面の騒ぎのせいでこの方面に兵を送るのが数分だけ遅れた、その結果封鎖が解けてしまう。


 船が入って来ると思いきや、騎乗した黒服集団が河からやって来る。泳げない動物は人間だけ、穏やかな河程度馬余裕で泳いで渡ることが出来る。岸に上がると五騎単位で城内へと駆けて行く。騎兵が入り終えると、河船に乗った重装歩兵が上陸を始めた。


 河船から狼煙が上げられる、それが終わりへの報せ。ジャンバリエ前のクァトロ歩兵がついに動き出す。盾を並べて城門前へ歩み寄って行くが、巻き上げ機隣へはまだヴァランス軍は近づけていない。


 城門内側には階段が設置されていて、壁に沿っている。それを登っていくと城門真上、即ち巻き上げ機の隣に登ることが出来た。下馬した黒服が階段を登って行き、守備兵に割り込んで片方の縄を切る。すると重みに耐えきれなくなり、もう片方の縄がバツンと切れた。


 ドシン!


 轟音を立てて釣り門が倒れる。土煙をもうもうと上げている、それが収まるかどうかのうちに、門の外に集まって来ていた第一隊と第二隊が城内に乗り込んだ。


「進め! 取り分は各自五人までだ!」


 ビダの剛毅な号令に従い次々と侵入する、こうなったら最早止めきれるようなものではない。精神的には城は陥落したも同然、守る側は浮足立ってしまう。混戦になるとお互い指揮が分断されてしまう、そうなると小部隊の指揮官の能力で大きく差が出てきてしまった。


 城内軍旗をグロッカスのものからヴァランスのものに差し替えた者が居た。それを合図に「我々の勝利だ!」勝鬨をあげる。実際はどっちつかずの情勢だったかもしれないが、こんなものは言ったもの勝ちだ。互いを見合わせると、グロッカス兵は西門を開いて河の西側にこぞって逃げ出していった。

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