第9話 勅令下る


 武兵と側近のみを率いて内城へと乗り込む。グロッカス兵は殆ど見かけなくなったが、それでもたまに襲い掛かって来る者がいた。近衛兵は黒服を見ると警戒したが、青服の者を認めると武器を向けずに引き下がる。


 玉座の間、その隣室には王の私室が置かれている。扉の前で兵を留め置き、主要なもののみが入室する。そこにはベッドに横たわる国王パージェスと、グロッカスの将軍が居た。


「我が名はグロッカス軍ドフィーネ方面軍司令官レナルド・ドローム。貴官らは」


 立派な髭を蓄えた初老の男、左胸に数々の勲章をぶら下げ膝丈の外套を羽織っている、威厳漂う人物。逃げも隠れもしない、言葉にせずともそう思わせる態度がにじみ出ていた。


「ヴァランス伯爵ナキ・アイゼンシアです」


 一歩前へ出て右手の肘を直角にし一礼する。自分が何者であって、相手がどうであれ礼儀は介在すべきだと信じている。ドロームも目礼を返した。


「クァトロ司令官ルンオスキエ・イーリヤです」


 右手のてのひらを外側に向けて姿勢を正すと敬礼した。ドロームも敬礼を返す、敵であっても味方であっても、軍人とは敬礼を受ければ必ず返す。


「サンヌは現在ヴァランス並びにクァトロの勢力下にあります。グロッカス軍は退却し、在地の守備兵はことごとくが降伏、最早ドローム司令官の手を離れました。認めて頂けるでしょうか」


 ナキは丁寧に現状を明かす。そうされずとも解っているだろうけれども、本人の口からそうだという言葉を得るべきだと。


「ドフィーネは国が萎縮し、統率は乱れ、忠誠も失われた。王都を奪われ、国王を奪われ、国そのものまで奪われたというのに大人しいものだった。若いな君らは。なにゆえここまで来ることが出来た」


 ドロームは怒りも焦りもせずに、興味を持ったことがらを尋ねる。達観した人物であると伝わって来る。


「この地に住む多くの平凡な民を想って、私はここに在ります」


 迷いはなかった、ナキは真実そうだと断言できたから。じっと瞳を覗き込む、ドロームにも本気だというのが解った。


「貴官はどうか」


「自分は、己の正義を信じて邁進する者を擁護せんが為に、全てを賭けてここに。あるかどうかもわからないユートピアを求めて、夢を追いすがるのに何の躊躇いがあるでしょう」


 いっそ清々しい位に狂っていると言われてもおかしくはない、だがドロームは笑わなかった。


「そうか」目を閉じて大きく深呼吸をすると「陛下への謁見を許可する」


 現状を認めるかどうかへの質問には何も答えずに、ベッドに横たわる国王への道を譲る。ナキはイーリヤと視線をかわすと歩み寄った。ベッドの隣で二人は片膝を折って頭を垂れる。


「国王陛下の忠実なる臣下、ヴァランス伯爵のナキ・アイゼンシアで御座います」


 それまで閉じていた目をゆっくりと開いて、頭だけ横を向ける。弱弱しい目、いまにも力尽きそうな顔色。それでも力を振り絞って声を出した。


「アイゼンシアの息女よ、貴女には悪いことをしたと思っている。許せとは言わぬが、謝罪だけはさせて欲しい」


「陛下が謝罪されることなど一切ありません」


「愚息を始めとし王族も、ヴォアロン伯もヴィエンヌ伯も、全てが国を正せずに今に至ってしまったことを悲しく思う」


 状況を聞かされていたのが解る、病に伏せっていたせいで部屋から出られなかったならば、監禁ではなく軟禁と評しても良い。ドロームの態度も何か不可思議な感じがした。


「お察しいたします」


 喋り疲れたのか少し間を置く、静けさが強調されてしまう。城ではまだ喧騒が消え去っていない。


「ドフィーネ王国はこれからどこへ向かうのだろうか」


「陛下の想う未来へと」


「余にはもう残された時間がない。多くの者が世を継ぐ資格を失い、命を失った。ナキ・アイゼンシアよ、貴女の目指す未来をきかせて欲しい」


 ぜいぜいと喘いでナキを見詰める。はた目にも長くない、というのが伝わって来る。


「大人も子供も明日へと希望を持てる国、己の意思を貫くことを是とする国、そして努力する者を認めることが出来る国を」


「……そうか……そうであるな」


 目を閉じて遠い過去を思い出しているかのような安らかさを覗かせる。国王もかつてそのような夢を持っていたのかもしれない。


「ドローム、ドフィーネの王位継承権者はどのようになっているか」


「陛下の下問にお答えいたします。王太子シャルルは斬首により除かれ、子息子女はことごとくが死去、ヴォアロン伯爵家は爵位放棄によりその資格を失いました。ヴィエンヌ伯爵も爵位剥奪により資格喪失、ヴァランス伯爵は死去の後に家督継承が停止しております」


 そう、正式には未だそのようになっている。伯爵の継承権者であるのは事実、しかしそれを認められてはいない。


「ナキ・アイゼンシアのヴァランス伯爵継承を認める」


「陛下のお言葉承りました」


 この場で正式にヴァランス女伯爵が誕生した。先のドロームが語った内容を容れるならば、これでナキに王位継承権が確立されたことを意味する。


「ドローム、どうなるか」


「王族の継承者不在の際は、三伯家の優劣無しの継承があたります。現時点ではヴァランス伯爵にのみ王位継承権が存在するものと理解出来ます」


「あの、ドローム司令官、あなたは?」


 国王とのやりとりに違和感を得てしまい、つい言葉にする。あたかも己の主君に対するかのような振る舞いに、疑問があった。


「もう少し早く会えていればと考えたのは、私が至らぬ証だろうな。済まぬが少し時間を貰う」


 外套を翻して部屋を出て行こうとする、だが誰もそれを止めるような真似はしなかった。今更なにかしようとしても手遅れだと解っているから。すると直ぐに外から伝令が慌ててやって来る。


「報告です!」


「ここは王の私室、場所を弁えて下さい」


「構わぬ。職務を全うせよ」


 少し咳き込みながら、誰にあてて言うべきか一瞬だけ思案し、ベッドに向け「グロッカスの逃亡兵がサブロン橋を破壊し、ローヌ河西へ向かっております。各地の村を略奪して回っている模様です!」手ぶらで逃げ帰るのを良しとしないものが、略奪暴行に走った。


「国のこと、以後はヴァランス伯に全て任せる」


「勅令、拝命致します」


 そう畏まるとナキは立ち上がり振り向く。それに合わせてイーリヤもすっと立つと、ナキを見た。


「イーリヤ将軍、国内の治安維持をお願いしても良いでしょうか」


「了解。城の掃討はヴァランス軍に引き継ぐ。クァトロは直ぐに出撃しよう」


 くるりと踵を返すと部屋の外へ出て「司令官命令だ、クァトロ全軍は城外南に集合、これより追撃戦を行う。俺も出るぞ!」側近へ命令を下す。



 城の内外に散ってた黒服がサンヌとダルボンの間に集結する。後方から引いてきた軍馬に全てが騎乗、重装歩兵はその装備を除き、全員が軽装騎兵へと装いを変えた。頑強な要塞を攻撃するのではなく、逃げ散る略奪者を刈り取るのが目的ならばそれが適切だとマリー司令が独断で武装変更を行わせた。


 イーリヤ将軍が姿を現し皆を一瞥すると頷く。五百を少し下回る騎兵団がたった一人の言葉を待っていた。


「都落ちした不逞の輩が無力な民を殺し、奪い、その悪虐の限りを働いている。敵はローヌ河西岸の村々を襲い、グロッカス王国へと向かっている。俺達はそれをことごとく排除し、治安を確立する! ブッフバルトは半数を率いてローヌ河をここから渡河し追撃をかけろ!」


「ヤー! 俺に続け!」


 本来の騎兵隊百に、武装変更した重装歩兵隊を率いて副司令官副官が先頭でローヌ河に馬を飛び込ませる。


「本隊はサンヴァリエに向かいそこから渡橋、西へ折れて先回りする。マリー司令、俺の補佐を行え!」


「ウィ モン・コマンダンテクァトロ!」


 久々に直接補佐の役目が回って来たマリー司令は心が躍った。こうやって一緒に戦いに身を投じるのなどいつぶりのことだろうか。


「エーン、悪いがお前の兵も借りたい、頼めるだろうか?」


 常に傍に控えている黒い肌の秘書官、エーンが一歩前に出て胸を張り敬礼する。


「ヤ! セニャール! 親衛隊は必ず閣下のお役に立てるでしょう!」

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