第7話 ダルボン市奪還

「ご苦労。アンデバラ子爵、どうぞお掛けを」


「グロック参謀長もお座りください」


 イーリヤ将軍とナキがそれぞれに言うものだから、素直に従い席についた。この組み合わせ、外交関連か物資の関連かが考えられた。現状物流は問題なく動いている、数も充足している、ならば残るは外交について。


 ステア王国、グロッカス王国、フレイム王国にピレネー王国、これらが絡んでいる。当事者であるグロッカスを外せばあと三つ、ならば想像もつく。


「ステア王国か」


 これだけで相手を絞り大まかな内容まで想定してのこと、自身で考え、自身で判断しろと教えたのは、昔のグロック。ではそこにどのようにユーナが関わっているかを考える。


「ソーコル王国の貴族である私が後援していると詳らかにして来たわ」


 してきた。つまりは使者を立てたわけではなく、本人が行って来たと受け取れる。馬なら数日で往復できる、そういう意味なのだろう。視線を彼女からグロックへ向ける。


「ステア王国北部国境付近で、軍事演習を行うとの約束をとりつけて参りました」


 軍事演習。いつでも北進可能だぞと牽制する行為、これによりグロッカス王国は全力をドフィーネに振り向けることをし辛くなる。ではその代償は一体なんだろうか。


「空手形というわけにはいかんだろうな。さしずめ報復の相乗りか?」


 ナキは何を言っているのか全く理解出来なかった、他の三人には通じているのだろうかと首を傾げる。


「ここを乗り越えねばどうせ何も残りませんので、少々気前よく約定してきました」


 代表である二人を差し置いて勝手にだ。だが最善だと信じて行ったことを、拒絶するという選択肢は一切無い。ユーナに至ってはソーコル王国に迷惑をかけてしまうかも知れない言動をしてきてすらいる。


「資金が足りないなら追加で出すわ、イーリヤ将軍には絶対に成功して貰わないといけないの」


 これまでだって軍資金の大半を出してくれている、そのうえ追加と自身で口にした。今更出来ませんでしたでは済まされない。


「増援は行われないと判断する。総兵力をサンヌへ寄せて決戦を行うぞ」


「了解です閣下。ヴァランス伯爵、入城一番乗りはそちらの手勢という既定路線でお願いいたします」


「承知しました。私にはわからないことばかりですが、全てお任せします。頼れる者が居たことに感謝を」


 足らない情報であっても、不安定な未来であっても、頂点は決断しなければならない。ナキはいま階段を登った、他者の経験を己のものとして扱うという指導者としての一歩を。



 ヴァランスの民兵を五百だけ残し、他はサンヴァリエへと進ませた。包囲をせず、街の南に築いた砦に物資を積んで、そこに千が駐屯してにらみ合うだけ。決して打って出ないように厳命し、ヴァランス軍五百と、民兵五百は王都南の壁であるダルボンへと軍を進めた。


 それに遅れること二日、ロマノフスキー副司令官から送られてきたイーゼル河沿岸の民兵団二千が、河船に乗ってダルボン南に現れる。雑多な兵の指揮官はドゥリー、ヴォアロンの山中に伏せていたがその場を放棄し、決戦に投入する。


 国内全域を騎馬で偵察して戻って来たブッフバルトの騎兵団、そしてクァトロの重装歩兵はサンヌ東のジャンバリエの前に集合していた。歩兵は四百、騎兵は百、減った百はイーゼル民兵団の指揮官補佐として配備されている、彼らが指揮することで素人を動かそうとの目論見だ。


 戦闘態勢が整ったところで、後方からナキが進んできた。青い軍服の親衛兵に守られ、馬車がダルボンの南へ近づいた。街の守備兵が目を凝らす、場違いな馬車には誰が乗っているのかと。ヴァランス伯爵旗と共に、ドフィーネ王国旗が掲げられた。


 ナキが降りて来ると、姿が見えるように最前列へと歩む。二人の大楯兵が左右に立つと、矢での狙撃に備える。


「私は当代のヴァランス伯爵ナキ・アイゼンシアです。ドフィーネ王国の窮地を知り、帰還しました。私の敵はダルボンの、ドフィーネの民ではありません。グロッカスの尖兵を除く為、ここに在ります。国を愛する人たちに願います、共にドフィーネを救って欲しいと」


 演説が終わるとドフィーネの国歌が演奏され、兵が歌いだす。こうなってしまうと、相手が敵なのか味方なのかわからなくなってしまった。ダルボン守備隊の士気がみるみる下がっていくのが感じられた。


 このままではいけないと思ったのだろう、グロッカスの将校が騎乗して進み出ると反論する。


「ドフィーネ国王パージェスはサンヌにあり治世を行っている。それに反する行動をしている貴公等は逆賊だ、何を言おうとも覆りはせんぞ!」


 国王は生きている、ことになっている。その名を出されるとどうにもならない、今まではそう思っていた。だがナキは動じなかった。


「陛下が直接そう仰せならば、私は従うでしょう。ですが、グロッカス王国の手先に何と言われようとも、私は退きません! ヴァランス軍、前進してください!」


「伯爵の仰せだ、ヴァランス軍構え! 進め!」


 百人が一つの部隊になり、盾を合わせてゆっくりと一歩を踏み出す。軍楽隊がこれでもかと音を大きくして国歌をエンドレスで演奏した、民兵団が唱和して後に続く。


「何をしているか、迎撃しろ! 弓兵、撃て!」


 将校の命令で渋々矢をつがえて斜めに撃ち出す、だが矢はヴァランス軍の目の前に落ちるだけで到達しない。相手が遠いわけではない、わざとはずしているだけだ。


「ええい不甲斐ない真似を、歩兵隊進め! 手を抜けば人質がどうなるかわかっているだろうな!」


 守備兵が隣と目を合わせる、家族を人質にされているここで裏切るわけにはいかない。だからと戦うのも心苦しい、この場に留まっていることが出来ない以上は進むしかない。のろのろと前進する、前衛のヴァランス軍と衝突する寸前「死んだふりをするんだ」アーティファ司令官がダルボン守備兵に伝える。


 軍がぶつかると一方的にダルボン守備兵が倒れ続け、たったの数分で全員が前のめりに倒れた。どれが生きていて、どれが死んでいるか不明。命令通り戦い、全滅したならば人質をどうにも出来ない。


「総員進め! ダルボンを解放するんだ!」


 速足になると弓兵に襲い掛かる、決して怪我をさせるつもりはなく「やられたふりをするんだ」声をかけながら全てを切り伏せていく。もし相手がドフィーネ軍でなければ彼らも戦っただろう、だが現実は違う。グロッカス軍の将校らが無理を悟り、足早にサンヌへと引き上げていった。


 すぐさま人質を助け出すと、辺りで死んだふりをしていた者らに教えてやる。立ち上がると家族の元へ駆けて行き、再会を喜び合った。ナキがダルボンへと入ると五十代だろう元守備隊長がやってきて、目の前で膝をついた。


「ヴァランス伯爵、我等ダルボン守備隊は伯爵の指揮に従います。どうぞ末席にお加え下さい」


 ナキも膝をつくと元守備隊長の手を取り立ち上がらせる。親子以上の歳の差がある、役目があるとはいえそんな人物に膝をつかせているのが好きではなかった。


「私一人では何も出来ません。ドフィーネを共に支えて頂けるでしょうか?」


 愁いを帯びた表情、執政官代理の時に常に適切な裁可を下していたことは彼も知っていた。国がこのようなことになってしまい、半ば追放されたような彼女が舞い戻り全てをかけて戦っている。何も出来ずにグロッカスの片棒を担がされていたことが情けなくて仕方がない。


「お任せ下さい、必ずやお役にたってみせます!」


 微笑むとナキはダルボンの北へと歩いていく。そこからはサンヌが見える、市街地が広がり続けて隣の街とすぐ隣にまで近づいた結果だ。ナキが北東にあるジャンバリエを見る、そこではクァトロが戦いをしているはずだった。



「さて、あちらは景気よくやっているようだ。ジャンバリエを落とすだけでは合格点を貰えそうにない」


 マリー司令がにやにやして西にある街を見る。守備兵は満遍なく貼り付けているようで、千人くらいだと目星がついている。半分が常備兵だとして、残る半分は徴募兵。


「サンヌの外部陣地位は奪うべきだろうな」


 親友の乗りに付き合う。騎兵団ならばこの距離を一息で詰めることが出来る、最後尾で様子を見ているがいざはじまればいつでも最前線だ。


「控えめな発言だな、お前とは思えない」


 煽りを入れる、何せ目的はサンヌの陥落なのだから。少数で突撃をするのはまだ早い、孤立する為にここまで来たわけではない。


「一番乗りをヴァランス軍に進呈するためさ」


「おっとそう言えばそうだったな。じゃあルシヨンで我慢しておくとしよう」


 市内の潜入偵察は既に実行済み、ここでも少数の将校が守備隊を指揮しているようで、そのグロッカス軍人だけを排除すれば済みそうだと読んでいた。地元の利はないが、あの士気の低さだハンデにもなりはしない。


「司令、こちらの準備は万端です。祭りの号令はまだでしょうか」


 指揮官補佐の筆頭であるビダがいまかいまかと待ち望んでいる攻撃命令を催促する。クァトロが戦う時には必ず最前線、しかも一番槍を持って行くのがこいつだ。何十度になるかわからない名誉負傷を繰り返し、不死身の代名詞にすらなっている。


「始めるとしよう。ビダ、お前が先頭だ」


「ダコール!」


 部隊に戻ると大斧を受け取り最前列に立った。それを見て微笑すると、ブッフバルトと軽く手のひらを合わせる。


「第一、第二はジャンヴァリエを、第三、第四はルシヨンを攻撃しろ! 騎兵団はサンヌ外周の陣地を破壊だ! 戦闘開始!」


 少数の本部のみを残し、全てを一度に投入してしまう。守備兵の方が多いというのに、何故か黒服の部隊は三つに分かれて進軍する。騎兵団が半分に別れ、ジャンバリエとルシヨンの目の前を敢えて横切った。すると弓矢で狙われるが、ギリギリ届かない場所を駆け抜けてサンヌへ抜けていく。


「練度が低いな、無駄撃ちは褒められたものじゃない」


 腕組をして情勢を眺めるマリーは、他人事のように戦いを傍観する。それこそが司令としての役目にほど近い。


 ビダ率いる第一部隊が木柵を組んで守りを固めている真っ正面に突撃した。一人突出すると弓矢で狙い撃ちにされてしまう。頭を斜めにして急所を庇うと矢の雨が降って来る、それらがビダに突き刺さった。


「馬鹿め、一人で来るからだ!」


 守備兵が無謀さを罵る。だがハリネズミのようになってしまっているビダはまた歩き出した、大斧を両手で持って木柵の連結を破壊する。


「仕留めそこなったか、もう一度撃て!」


 片足を後ろにし姿勢を低くする。矢が降り注ぐとまたビダに突き刺さる、が、大斧を振るって木柵を再度破壊した。


「な、あいつは化け物か!」


 木柵を壊し突破口を開くと、そこへ縄を持った兵が駆け寄る。木柵に引っ掛けるとそれを引っ張り道を拡げた。


「重装歩兵、俺に続け!」


 鋼鉄の鎧に増加装甲を着けたビダ、歩くだけで体力を奪って行くはずだというのに大斧を振り回して敵陣に切り込んでいく。そこへ第一部隊が参戦、恐怖に慄くジャンバリエ守備隊が後ずさる。守備兵をなぎ倒すとそれらを無視して前進した。第二部隊があちこちに転がる敵に止めを刺してまわった。


「こ、降伏する、助けてくれ!」


 武器を投げ捨てて懇願する兵が居ると「そこで座っていろ」武器を遠くへ跳ね飛ばして別の相手を探した。戦意を失った者を殺しはしない、それが解ると勝てないと感じた兵が次々と降伏し始める。

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