第5話 連合軍出撃!

「あなたがここに存在している、それはイーリヤ将軍の信頼を得ているからです。私は将軍を認めています、将軍が信頼する人物を尊敬することがあっても、粗略にすることはないでしょう」


 男は立ち上がるとナキの側に歩み寄り、わざと顔を近づけた。悪臭がするのでユーナは身を引いてしまうが、ナキはじっと瞳を覗き込むだけで身をよじることもしない。


「ナキは俺の同盟者だ、覚えておいてくれ」


 将軍が一言だけ挟む。男は椅子に戻ると「コロラドだ」短く自己紹介をした。


「それでコロラド、グロッカスの動く先は」


「へい。ドフィーネを攻める腹積もりでさぁ。要所に兵を乗り込ませておいて、奇襲で占拠。いまのドフィーネならそれで充分落とせるんじゃ?」


 ナキとユーナは目を合わせた、そうなるかも知れないという想定が同じ軸に乗ったから。どこまで信用出来る情報なのかは判断つきかねていたが。


「グロッカスの潜伏兵力規模はわかるか?」


「二千人程でさぁ」


 即答する。ユーナは目を細めて「どうして断言出来るのよ、適当なこと言ってるんじゃないでしょうね」敵愾心を露にする。なにせ規模の情報など持っていなかったから。


「ニースの城に去年納品された旅装背嚢の数が二千だ。王都の兵舎に届けられたもんだが、軍でピクニックにでも行くために新調でもしたってんなら笑える話だな」


 そんなところから繋げて来たことに対して反論が出来なかった。兵には輸送部隊が付いてくるし、個別の装備に使うなら王都ではなく山岳部隊の拠点にでも届けられる品だから。


「ナキ、転機が訪れる」


「そのようですね」


「ドフィーネは一度滅びることになる。それでも耐えられるか」


 そうすることでその後の活動が飛躍的にしやすくなるのはナキにでも想像出来た。短いとはいえその間、民が苦しめられることは本意ではない、しかし、より大きな目的があるのを彼女は知っている。


「……辛い現実から目を逸らす気はありません。それでより多くの者が救われるならば、私は甘んじて全ての批判を受け入れます」


 互いの瞳をじっと見つめ合う、意思は揺るがない、ならば後は遂行するのみ。


「一人で背負うことはない、私もここに在る」


「ナキ、私もよ。将軍、船は足りているかしら」


 実務の補強、何せここは島だ、ドフィーネへ行くためには手段が必要になって来る。


「ド=ラ=クロワの船団で、三百人をコートダジュールに運べる、往復で三日あればと見ているが」


 地中海を突っ切って、休まずに人員を運び続ければ何度往復すればよいかとの計算が成り立つ。河船をあちらで組み立てるか、曳いていくかなどの部分もまだ未定だった。


「ガリーザ提督の船団を提供可能よ。それで三百人を運べれば、期間は半分で済むわ」


 新造船を手に入れ、更に個別に働いていた者達に声をかけて船団を組むことになった。それらの後援をデンベルク家がしたので、ガリーザ船団はデンベルク派閥の勢力とみなされている。無論金を払えば多くのことに目を瞑るわけだが、それにしたってアンデバラ子爵の仕事があるならば最優先で引き受けるだろう。


「より迅速な作戦が可能になることに感謝を」


「全ては成功するための糧でしかないわ。私はナキの為なら何でもするわ」


 彼女が望めばソーコル王国に戻り、そこで何かしらの領地を宛がっても良いとすら思っている。それだけユーナにとってナキは大切な存在なのだ。


「王都陥落を作戦開始日とする、それは明日かも知れんがどうだろうか」


 明日、或いは暫く先になるかも知れない。いつそうなるかは誰にもわからない、もしかするとドフィーネが守り切るということも考えられる。


「即座にサハラーの港で待機するようにさせるわ。輸送業務は別の船を雇って代行させておくから心配しないで」


 備蓄だけでは不足する、買い付ければ流通不全が起こる。そうなればサハラー王国で困ってしまうので、他所から仕入れて来る。言うのは簡単だが恐ろしく大変な作業なのだ。


「サルミエ、クァトロに明日付で作戦前待機を発令しろ。執務室にマリー以上を召集しておけ」


「ダコール モン・ジェネラル!」


 たったひとりの急報を得て、全てが方向を決めて動き出すことになった。疑うことなく言葉を受け入れてくれる将軍に、コロラドは熱い視線を送る。どこにいっても人間扱いされず、約束は反故にされてきた過去。信頼されていることを肌で感じ、彼は何があろうとイーリヤ将軍の為に働くと心に誓っていた。



 作戦前待機が発令されてから三週間、ついにドフィーネ王国で騒乱が起こったと情報が伝わって来る。仕掛けたのがグロッカス王国だというのも直ぐに各地の王宮へと伝播した。パージェス国王は病に伏せっており、長い間国民の前へ姿を見せていないので、最早死んでいるのではとの説まで流れていた。無論これはグロッカス王国の調略に他ならない。


 戦争の総指揮は王太子シャルルが国王を代理して行うことになった。王都サンヌにある軍の総司令部に入り、全体を総括するとの触れ込みで、城から出てくることはなかった。ローヌ河とイーゼル河の合流地点にあるヴァランスが最初に制圧されてしまう。


 地方長官として送り込まれていた人物が、メンダークス家派閥の人物で警備隊の士気が極めて低くあっという間に政庁を奪われてしまったからだ。武器を捨てて降伏する姿を見たグロッカスの潜伏工作兵が何を思ったか。


 次に陥落したのはルシヨンだ。サンヌの北の防壁として置かれている都市、まさかいきなり最前線になるとは思っていなかったらしく、戦う準備がとれないまま市長と市警のトップが拘束されてしまい、そのまま抵抗を終えてしまった。


 こうまで抗戦精神が低いのは、昨今の乱れによるところが大きい。別に自分がやらずともどこかで誰かがするだろうという雰囲気が蔓延していた結果。ヴォアロンの地方は捨て置かれ、ヴィエンヌでは各所で大規模火災が相次いでいる。


 緩慢な防衛戦が続けられること五日、武装をしたグロッカスの潜入工作兵をサンヌ周辺に集めるかのようにヴァランスから軍が移動する。重要人物を一カ所に集めて捕虜として監禁、そうすることで地方の反乱を抑えるようにしての後のこと。


 だがそれは心配なかったようで、ヴァランスは静まり返っていて、占領軍は逆に気味が悪かったくらいだ。とはいえ問題がないならばそれはそれで歓迎すべきことなので、余剰人員を更にサンヌへ送ることになる。


 ドフィーネとてやられっぱなしではない。オートリーヴ地方、要はドフィーネ中央平原ではシャトー=ガロールの領主が在地の兵を統合してサンヌへ援軍へ向かった。激しい市街戦が行われていて一瞬躊躇したが、ルシヨンへ参戦すると市民の協同を得て交戦を継続している。


「王太子は己の権力を濫用するために国王を監禁している!」

「無能な太子を据え民を苦しめている王家に反旗を翻せ!」

「昨今の乱れは全て政治のせいだ、民衆よ立ち上がれ!」


 各地で扇動が多く聞こえてくる、圧政に苦しんでいた地域では王家の旗を燃やして地方の旗を掲げるところが増える。首長をなだめてまずは国を存続させるのが最優先、それなのにシャルル王太子は日夜晩餐を行っている有様。これにはサンヌの貴族らも顔をしかめてしまった。


 サンヌの城が堅い防備を行い、いよいよ押し戻すぞという時、ローヌ河から一隻の早舟が入港して来る。ヴィエンヌ伯爵旗を掲げていたので公船だ、鎖を解いて受け入れると使者を招いて王城へと通す。


 王軍司令官は翌日信じられない報告を聞いた。外門を開き白旗を掲げて国旗を降ろしたと。意味が解らなかった、直ぐに総員起こしで防衛を命令し、王太子へ謁見を行う。食って掛かりそうな程の勢いでどうしてこうなっているか詰め寄ると、シャルルは「ヴィエンヌの大火災で伯爵が負傷し、ローシも大変不安がっている。王都の民をこれ以上苦しめたくない」とのことだった。


 ローシとはヴィエンヌ伯爵令嬢ローシ・メンダークス、王子の婚約者だ。仮に降伏をするにしても、王軍司令官に一言の相談もないとはあきれ果てて物もいえない。デルロン将軍は「勅令であらば従います。陛下に謁見のご許可を」王太子を見限ってしまう。


 しかし体調不良を盾にして面会は却下、命令に従うようにと強要されてしまう。もし逆らうならば王軍司令官の職を解くとまで脅されて。こうまで馬鹿にされてまで保身を図るほどデルロン将軍は気性穏やかではない。


「ならば結構! 辞職でも解任でもご自由にすれば良かろう!」


 襟の徽章を引きちぎると床へと放り投げて、肩を怒らせ玉座の間を出る。王城にグロッカス軍が侵入してきて防戦を始めるが、兵が大混乱を起こしてしまっていた。将軍は腹いせに敵を一刀のもと切り捨てると「俺は城を去る、お前らも自由にして良いぞ!」最後に衛兵へと言葉を投げて、さっさとサンヌを出奔してしまう。王都の兵が五百程行方不明になったのは、この直後だ。


 王城にグロッカス王国の国旗が翻ると、多くのものが肩を落とす、終わったのだと。開城をしたシャルル王太子、英断を下したと迎え入れられると思っていたが、何と問答無用で拘束されてしまう。城の王族もその全てが捕らえられ、病床に臥せっている国王以外はその殆どが即座に斬首されてしまった。


 貴族を相手に斬首というのは無礼きわまりない処し方であり、罪人のそれと同じ扱いに反発が起こる。だが声をあげた者を片っ端からとらえると、同じように首を落としてしまった。直ぐに反抗する声が聞こえてこなくなる、王の命令でヴィエンヌとヴォアロン伯爵にも出頭するように早馬が出された。行けば殺されるのは明白、行かなければ反逆者。


 進退窮まり使者を留め置けるのも数日しかない、善後策など練ったところで大した結末など得られない。どうするか、爵位を返上して引退することで難を避けようと判断する。ヴォアロン伯爵は領地を返還し、個人的財産のみを保全してくれるように懇願した。


 一方でヴィエンヌはそうはいかない、事実上降伏を勧めたのはヴィエンヌ伯爵なのだから。仕方なく登城することになるが、案の定そこで拘束されてしまう。助命だけはされたが監禁され、爵位を失うことになる。



 先発するクァトロ騎兵団がコートダジュールの海岸に到着すると、次々と下船して手近な丘で合流する。ブッフバルトが指揮を執り、アヴィニョンへと急行する。ガリーザ船団はマルセイユへと河船と水夫を輸送し、それらはより北西にあるアルル市へと向かうことになった。


 一旦サハラーの港へと引き返し、軍兵を乗せて今度はアルル市へと直接向かう。ここはローヌ河が地中海へ注がれる場所で、川幅が最も広く一大河港都市として栄えている。一日の差でド=ラ=クロワ提督の船団がアルルへ入り、黒服の兵とごく少数のヴァランス兵を降ろした。


 先発として半数がヴァランスへと向かう。二日あれば船は到着する、その間に陸路でブッフバルトの騎兵団が向かった。戦場での合流は困難な作業だが、場所と日時が解っているならばその限りではない。


 替え馬を連れて行ったストーンの偵察部隊がイーゼル河の北側へと侵入したのも丁度このころ、敵味方どちらであれ規模や装備を見聞きして戻るのが彼の役目。ドゥリーの潜入部隊は今頃どこかの山岳地帯で様子を窺っているに違いない。


 東の空から太陽の光が差し込んできた時、イーリヤ将軍の隣にナキがやって来る。


「ついにこの日が来たんですね」


「ああ、だがこれは始まりに過ぎない。前へ、より前へ進むしかない」


「イーリヤ将軍の理想を実現できるように私も全てをかけます」


 肩を並べて進むと、軍兵らが居並ぶ前へと出る。多くの黒服と、ヴァランスの青い軍服がすべて二人へ視線を向けている。朝日を受けて兵等の武器がきらりと光りを反射した。


「私は信じていた」将軍は兵らに語り掛ける、場は恐ろしい程に静まり返っていた「理想が現実になるその日がいつかやって来ると。いまようやく手が届くところにまで近づいている。想いが形になる、その為にナキ・アイゼンシアを擁護する!」


 右手を大きく掲げ、隣のナキへと視線を移した。


「一度は逃げ出したわ。自身の無力さに打ちひしがれて、嫌悪して。無理だって思っていた……でも! 私は祖国を、民を諦めることなんて出来ない! お願いします、力を貸してください。より多くの皆の未来の為に!」


 列から一人の若い騎士が進み出る、ルシファーだ。


「この命、我が主ナキ・アイゼンシアの為に捧げさせていただく!」


 青い軍服の者らがその場で足踏みをして剣を打ち付けて鳴らした。士気は絶頂、今まさにこの時の為に耐えて来たのだ。ナキがはっきりと頷く、そしてイーリヤ将軍を見た。


「マリー、軍を進めろ」


「ウィ モン・コマンダンテ!」


 五十人に満たないヴァランス軍と、五百のクァトロ歩兵、そして百の騎兵。これが持てる全て、少ないとみるかどう見るかは考え次第だ。

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