第3話 クァトロの作戦会議

「王都周辺、ダルボンに集中出来ればそれにこしたことはない」


 ダルボンとは王都サンヌの三つの壁である都市のうちの一つ、南側の隣接都市だ。人数にもよるが一カ所からまとめて雇いあげることが出来る可能性はやや低い。


「なるほど。んで、他はどうだ?」


 誰に話しかけるわけでもない、意見を出せと言葉を投げつけた。誰でも良い、功績は皆で分かち合うだけ。


「このシャトー=イーゼルってのが邪魔くさい。何とか楽したいんですが、そこの守将を誘い出して捕らえることとか出来ませんかね」


 おどけた感じで面倒だと指摘したのは、若手指揮官のレオポルド。マリー司令と同じでブルターニュ地方出身、入隊した経緯は全く違うがブルターニュからの人物は二人だけ。


「どこの誰が守ってるかもわからんからな、身辺調査を先行させておこう」


 忘れないようにメモをする、取捨選択は後ですればいいのだ。肌が黒い男が混ざっていた、常に将軍の後ろに立っていた男と似ている。


「ヴォアロンへの移動が東部の趨勢を決めるでしょう。ピネへの諜報潜入、ロマン=イーゼルからの山間道路の確認が必要です」


 真面目な表情で顎に指をあてる。作戦の後半段階にいるだろうことを、始める前から準備するあたり用意周到というかどうか。


「そうだな、特に本道にあたる道を遮断されたらたまったものではない。何とか確保しなけりゃ山岳をハイキングすることになりかねん」


 会議室に苦い笑いが漂った、何せ苦労するのは自分達なのだ。意見が出そろったあたりで奥の扉が開いてイーリヤ将軍にロマノフスキー副司令官、グロック参謀長らが入って来る。まるで様子を窺っていたかのようなタイミングだ。


「ガキ共、始めるぞ」


 開口一番グロック参謀長の暖かい言葉が放たれる、全員がテーブル脇に集まった。親子ほどの年齢差がある、参謀長が一番の年かさなのだ。ついでにいえばストーンはグロックの実の息子、だが入隊時には誰一人その事実を知らずに試験に合格した。後にマリー司令が直接質問すると、そうだと答えたからあの親あって子ありだと大いに納得したことがある。


「作戦目的は王都サンヌの攻略、そこで統治宣言を行うことで作戦は完了したものとみなす。本来ならば速やかに行動を起こすが、此度は下準備に時間を掛け決行を遅らせる」


 意外だった、常にすぐやれが口癖のような参謀長が、行動を遅らせるとはよほどのこと。マリー司令は遅れることで優位になる何かがあるのだろうと思考を巡らせる。単純に王が崩御する可能性が高い、そうなれば統制が乱れるといったところだろうか。


 しかしそれは反面効果として、こんな時に騒がせたと相手を結束させてしまう恐れがあった。


「時間切れだ。マリーの考えを聞こう」


 これまた普段は下の者から意見を聞いていくというのに、何故かいきなりマリー司令に問う。つまりは状況を積み重ねるような何かがあるだけではないと。


「王太子の失政を促進させ、民心を乖離させる工作を行う。同時に移動、補給の肝である河船の調練、到達をするからでしょうか」


 及第点を得られることと、名案であることは別物。マリーも言っててこれだけではないだろうことには感付いているが、その他に確信を持てない。


「お前がそうだというならそれで行く。作戦を提示しろ」


 ヒントは出すがここで回答を明かすことはない、そんなところだろうか。模範解答としてはまずまずだったのでお叱りは無い。


「シャトー=イーゼルの主将について身辺調査を。これの調略並びに誘拐捕縛が可能ならばそれを先行して実施します」


「トゥヴェーに従事させる、他は」


 調査を行うならば諜報員だと、参謀長の下に居る人物を指名する。このトゥヴェー、将軍の秘書官エーンの弟で共に腹心でもあった。


「王太子の非道を広めます。事実を誇張したりねつ造したり、出来ることを一通りしましょう」


「アロヨ参謀に担当させる。他は」


 まだお代わりを要求して来る、事前の意見合わせで出て来た内容を今一つ思案して上申する。


「ヴォアロンへの連絡を遮り、増援を差し止めるためにもピネへ兵を伏せるべきです」


 グロック参謀長はめを細めて何かを数秒思案する、これが想定外なのかそれとも甘い指摘だったのか。


「ピネへは潜入工作員をいれる。ドゥリーに統括させ、兵はヴォアロン南西の山道確保の為に伏せて置かせる。他はどうだ」


 優先順位をヴォアロン攻略に振り向け、ピネへはその後にすることで部隊指揮官を一つにまとめてしまう。言われてみれば兼務可能で、先にヴォアロンへ到着出来ねばピネを遮っても意味がない。ギリギリ三角の採点だったろうか。


「水夫、船頭をダルボン周辺から雇用、山岳民も別途雇います」


 じっと見つめられる、方向性は良いのだろうがもう一言を待っているかのようでもある。


「半年を目安にし、失業者からを中心に雇用。これらをサハラーに引いてこちらで訓練させる。ブッルバルトが統括だ」


 これから先をさらに求めはしないが、あれば言えとばかりに視線は向けられたままだ。マリー司令はこれが限界だと直ぐに諦めたくはなかった、どうにかして全体の補強をすべく自身の経験から先を想像する。


「作戦後半で」王都攻めを想定し「ヴィエンヌからの河船を阻害すべく、王都北の西岸のアンピュイへ一隊を置きます」


「経路は」


「……ピロット山脈西、サンマルタンから大きく迂回させます」


 これでどうだとグロック参謀長を見返してやる。すると、ふんと鼻を鳴らして「バスターに指揮を執らせる。ローヌ河水中にも細工をして、連絡船の妨害を行えるようにさせろ」見事合格点をいただいた。これだけ指揮官を散らしてしまうと、軍兵の指揮が圧迫を受けるが、それこそ経験でどうとでもすべきなので泣き言は言わない。


「ロマノフスキー、お前は何かあるか」


 参謀長が副司令官に意見を求める。どちらが上官かと言えば、ほぼ差はないが軍への命令権限は副司令官にしかない。上から目線なのには理由がある、この参謀長は元々副司令官の上官だったことがある。若かりし頃に兵士としての何たるかを教え込んだのが今に至っている。


「そうですなあ、こちらが邪魔しようと思うならば、あちらも河船を邪魔しようとするでしょう。水塞なりが構築されてしまえば面倒、どうやって除くかと言えば、まあ油でも流して燃やし尽くすのがなにせ楽で良いとは思いますがね」


「戦闘物資としての油購入をこちらでしておく。保管場所は船ではあぶなかしくてかなわんが、こんなものを陸路輸送もしてられんだろうからな」


「そのあたりはド=ラ=クロワ提督に任せましょう」


 私兵集団であるクァトロは陸軍兵集団である。だが少数の海軍も存在していた。これまたステア王国出身者で構成されていて、バスターと同じく提督も祖国に捨てられたクチだった。では低能のかというと決してそうではない、退役してから要所に残れるかどうかは現役時代にどれだけ懇意にしていた先があるか、即ち賄賂をやり取りしていたかによる。提督は一切の賄賂を拒否した結果、行き先がなくあえなく引退した。それをイーリヤ将軍が誘致し、海軍を任されることになった経緯がある。


「閣下、これでいかがでしょうか」


 参謀長がイーリヤ将軍に裁可を求める。変更があればここですればよいと。決して手を抜いてはいないが、気に入らなければやりなおしは何度でも行うつもりで。


「大体良いだろう。だが王都を攻めて、支配者が逃げ出すという事態を考え、ローヌ河の西にあるサヴァ村に少数の専属追撃部隊を配備する下地の準備も並行して行っておけよ。全ての王族を捕らえ、一切の離脱を阻止せねばそれまでの結果が崩れ去る、顔が分かる人物を複数引き抜くのも忘れるな」


「了解です、閣下」


 他は特に無し、参謀長が終わりを告げるとマリー司令以下の者達だけが部屋に残された。当初の想定ではいまいちだったと修正された内容について即座に研究しはじめる精神は大切だ。


「ヴォアロンへの山道確保、何もイーゼル河西だけではない、などいかがでしょうかね」


 レオポルドがあの参謀長ならその位は言うだろうと、国外にあたる東のモレット山脈の側について指摘をする。問題はある、内側ならば利用されている部分もあるが、外側になるとそもそもの道が存在していない可能性が高い。地元の猟師なりが使う獣道では行軍するのはかなり難しい。


「調べるだけはしておくべきだろう、ドゥリーに任せる」


 うんうんとレオポルドが頷くと、今度はバスターが発言する。


「ヴィエンヌ関連と思われがちですが、河の妨害、これもヴォアロン側でもあるのでは? 副司令官もどこでとは言及していませんでしたし」


「そうだな。山も河も通れませんでは話にならん。こうなると水夫の訓練、かなり質と量が必要とされるな。ライン河やドナウ河で働く経験者を招くとするか」


 大陸での二大有名どころ、それこそ河を巡る争いが幾度も行われてきている。何かしらの経験則でもあれば幸運だろう。ではどうするか、バーデン王国出身者であるブッフバルトへ視線が向けられた。


「俺の地元だ、そいつは何とかしておく。参謀長も知ってて担当を割り振って来たんだろうさ」


「あの人の事だ、そうかも知れんな。何せどこまで遠くを見ているやら」


 肩をすくめて追いつくことが出来るのかと自嘲してしまう。どこまで行っても背中しか見えないのだから。


「ボスの師匠だからな。時に追い越すことが出来る人物もいるということだろう」


 クァトロ司令官イーリヤ将軍、そしてロマノフスキー副司令官。彼等二人は元々グロック参謀長の部下だった、二人が遠い遠い異国で命がけの一大戦争を仕掛けようとした時、グロックを招いたのが今の関係の始まり。幾度か一緒になって離れてを繰り返し、その都度規模を拡大していったクァトロが行きついたのがサハラー王国だった。


 今ここにいる者達は全てがイーリヤ将軍と心を通わせている直下の部下。階級が低いものも混ざっているが、それらに順番で番号を与えている。クァトロナンバーズと呼ばれている者達、それが兵であろうとも将軍以外の命令への拒否権を持っている特別な存在。


 こうなって来ると大きな問題は河川と山に見えているが、それはあくまで戦闘に絞っての話題だ。団の統括が役目のマリー司令には固定の仕事が言いつけられていない、ここで何かしら切り札を持つべきだと思案する。


「各自がやるべきことをやればいいだけだ、今日は解散。ブッフバルト、一杯付き合え」


「ああ構わんよ」


 指揮官らはマリー司令が部屋を出るのを見届けてから、思い思いに解散する。親友と共に酒場へと移るとエールを持ってこさせて片隅のテーブルを占領した。


「さて、不意打ちでイーゼル方面は落とせても、その後は国家を相手の戦争だ厳しくなるな」


 基本的に在地の守りというのは増援ありきで構築されている。その点で攻撃は自由に行えるので、初期は攻めが有利となることが多い。


「ヴァランスは調略で回復出来ると信じているが、こちらが劣勢になるのはいつもの事だろ。王太子と殴り合いにでもなれば楽でいいんだがね」


「ああいう輩は最後まで前にはでてこんだろう。どれだけ人を雇えるかは資金によるが、どう思うマリー」


 後払いのみとはいかない、金目当てに雇われる者が中心だとしても、国民感情がどちらを向くかという部分があった。


「失業者と指定した理由がそこなんだろうな。今を満足に生きられないなら、変化を望むだろうってことだ。だが腕前は間違いなく現役が上だろう」


 そこに矛盾が生じる。ブランクを埋める、或いは新規を育てる意味で半年という期間を定めた。


「三か月も訓練したら充分扱えるはずだ。選別することで及第点者を残せばよいさ。山岳民はどう考えている?」


「東西の複数個所から三人ずついれば充分現地の注意点を聞き取れるはずだ。山岳兵が居たら最高だが、そこまで望みはしないよ」


 注意点への気づきがあるかどうか、たった一つの失策が多くを不幸にしてしまうので要注意だ。指揮官の役目の一つ、不測の事態の想定が補強されるか否かは大きい。


「今回の役目ではフィルは制限が掛かる、代わりにリンゼイを連れて行っても良いか?」


「ああそうだな、そうしたらいい。フィルはこっちで水兵の調練に従事させるさ。サハラーになら居てもおかしくはないからな」


 フィルとは若い指揮官補佐で、クァトロに居る四兄弟の末っ子。上から、エーン秘書官、トゥヴェー諜報官、ドゥリー指揮官、そしてフィル指揮官補佐。四人は南の大陸出身の親を持つ二世或いは三世。実際の産まれ育ちは地中海沿い北東地域だ。


 一方でリンゼイはソーコル王国やシャルルトーニュ王国西の海を越えた先の連邦王国出身者、人種的には同種で肌の色も白い。そして連邦軍の経験者なので立ち振る舞いが丁寧という部分がある。


「しかし気になるのはあの参謀長の態度だ、何かおかしいと感じなかったか?」


「やはりか。何か他に要素がありそうな気はしているが、それが何かまではわからんね」


 うーんと唸るも答えは出ない。悩むのはまたあとにするとして、今はエールを愉しむことにする二人であった。


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