02
【Day XX】
人間の心理というものは得てして不思議なもので、理解してしまえば其れを操ることも出来る。例えば、例えばの話をしよう。或る所で人質事件が起きた。閉鎖された中で銃を持った犯人に対し、人質は命の危機を感じる。其処までは当然の話。だけれども。犯人は人質にパンを与えた。空腹だろうと声をかけて。人質は、其れに恩を感じた。おかしな話だ。抑々犯人が人質として監禁しているというのに。それどころか人質は、犯人が眠っている間、犯人の代わりというかのように市警に対して銃を向け始めたのだ。
犯人と人質の関係は、密室の中で此のように変わる。極限状態の中で、少し優しくされた、ただ其れだけで異常な恩を感じ、そうして従順に成る。自分の意図する所でなくとも、犯人に対して情を持ち、其れ以外を敵だと感じるようになる。自らを助けようとする市警ですらも。結局、人質が解放された後も、犯人に対して庇う発言を繰り返すなどしたというのだから驚きだ。
其れを資料で見た私は、此れは使えると記憶領域に刻みつけた。目的は、好きな人の為。なんて云えば聞こえの良い、悪趣味な事。うふふと笑みが溢れる。幸いな事に、実行に移すには簡単な環境に居る。首領はそんな私を見て、楽しそうだねえと嗤う。ええ、愉しいですとも。私は答える。却説、早速鳥籠を作る許可を貰わねば。頑丈な、二人だけの鳥籠を。
鳥籠に鳥を仕舞った。白く美しい鳥は、怯え震え、然し必死に此方を突こうとする。それに私は
とある日、私は腕に傷を付けてから鳥籠へと向かった。確かに、私は自殺趣味がある。だが鳥を手に入れてからぱったりと止めていたのだ。其れを同僚の蛞蝓は逆に気味悪がっていたが、そんな事は如何でも善い。大切なのは、同情心を植え付けるという事だけ。予想通り、怪我をした私を見て酷く狼狽えていた。其れはそうだろう。完璧な人間だと思っていた人間に、欠陥が在るだなんて。手当をしなければと云い出した時は、余りにも予想通りの流れについ笑って仕舞いそうになったものだ。嗚呼、此れはそろそろ私の元へと堕ちて来るなと暗い笑みを心のなかで浮かべた事を、鳥は気付かなかったに違いない。必死に手当をする姿に、何事も内容に表情を作るのがどれだけ辛かった事か。
そして最後の仕上げ。本来ならば一日で終わる任務を態と引き伸ばし、あまつさえ隙を的に見せ、私を撃たせた。正直な所其処までの大きな怪我では無かったのだが、少しだけ大げさに松葉杖も突いて見せた時のあの表情と云ったら! 腕の中に収まった小さな少年の背を優しく擦ってやる。ほらご覧。もう此処に翼は無い。
其れからというもの、怪我が治ってからは毎日のように笑顔を見せるようになった彼は、足枷を外してからもこの扉から出て行こうとはしない。仕事で一日空けるよと云う時は悲しそうな顔をするし、帰ってきてみればお帰りなさいと出迎えてくれる。そして毎日好きだと云う。そう、これもダメ押しの一手。毎日云わせる事で、まるで自分が本当に私の事を好きだと勘違いする為の。今は満面の笑みで、照れながら云ってくれるのだから愛しくてしょうが無い。
嗚呼、可哀想にね。もう君は、一人では飛ぶことなんて、出来ない。
けれど大丈夫。君には私がついているじゃない。うふふと笑みを零すと、彼――敦くんも幸せそうに笑ってくれた。
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