第5話 それぞれのカク(母T編)

 元々わたしは完全な読み専だった。

 こんなに物語が好きなのに、書くための創造力が致命的になかったのだ。


 空想癖があり想いは溢れているのだけど、それを自分の言葉にして文章として構築するには、どうしたらいいのかわからなかった。


 そんなわたしのカクのはじまりはインターネットではなく、パソコン通信といっていた頃。

 素人でも簡単にできると話題のプロバイダーに入っていたわたしは色々な趣味のフォーラムを覗くなかで、ある詩のサークルに目がとまった。


 以前から詩は好きだった。

 室生犀星むろうさいせい、立原道造、萩原朔太郎、中原中也、金子みすゞ、石垣りん、茨木のり子、荒川和江、リルケ、ヘッセ、ボードレール、コクトー、ランボーなどなど。好きな詩人をあげていけば、これまたキリがなくなる。

 ただ、自分で書くというのは無理だと思っていた。


 それがパソコンの世界を覗くことで、書くことが身近になった気がした。

 詩は長いものもあるが、短いものもある。定型詩もあれば自由詩もある。

 老若男女の自分と同じ普通の人達が、気持ちを思うままに言葉にしているのは、とても新鮮だった。

 こんなに自由に書いてもいいんだ!

 嬉しくなって一日三篇くらい書いたりもした。

 サークル内でお互いに批評しあったり、テーマを決めて創作したり、合作したり。

 このサークルでは同人誌に誘われて活動したりもした(ちなみに今とは別名義)


 最終的にパソコン通信ではなくて今のインターネットになって、このサークルも無くなってしまったけれど、楽しい思い出だ。


 2004年「つきのあかり」という詩集(サークル活動で発表した作品をまとめたもの)を出版(これは『つきの慧』名義。今のペンネームは、ここからとったもの)今は絶版だけど💦


 そして何故か、この時を過ぎた辺りから詩がほとんど書けなくなる。

 なんていうか、考えすぎて書けなくなった、とでも言おうか。

 後から後から泡のように心から湧き上がっていた言葉が出てこなくなった。


 元々が"平坦な言葉で想いを綴る"という、そのありふれた普通さこそが、わたしの詩で、才能溢れる言葉も持たず、語彙も豊かではなかったわけだから、今更"書けない"などと何をか言わんや、だが。


 この詩作から離れていた年月、それでも細々と日記は書いていた(これまた、別名義)

 息子たちと迷走していた時期でもあり、作品にはならなくても吐き出しどころが欲しかったんだろうな。


 その後、息子らも大きくなり、ブログを書くことをはじめる。

 が、しばらくすると、このブログ自体が無くなることに。

 うーん、困ったなぁと思って、移転先を息子Yに相談したら"カクヨム"を教えてくれたというわけ。


 それまで、Yがネットで何か書いているのは知っていたけど、投稿サイトの存在自体、知らなかったので、覗かせて貰うと、なかなか書きやすそう。

 Yとは書くジャンルも違うので、お互いにカクヨム内では他人ということで(笑)


 で、今に至る。


 もう三年前になるんだなぁ。

 ...( = =) トオイメ


 いやはや、Yがカクヨムを教えてくれなかったら、モノカクこと自体、やめてしまっていたかもしれない。


 カクヨムにきたから、小説(掌編)やエッセイといったジャンルにも挑戦できた。

 書き手、読み手の皆様との大切な出会い。


 人生って本当に色々なことがあるなぁと改めてしみじみ思う。


 思えば、わたしはずっと、わたしのためにカクことをしてきた。

 多分、これからもそれは変わらないと思う。

 煌めく才能はなくても最後まで、わたしのためにわたしは書き続けていたい。


 ◇◇◇


 次回は

 第6話 それぞれのカク(息子Y編)


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る