僕が好きな彼女は読書が好きで、そんな彼女への告白にウェブ小説を書き始めてみたら、まずい事になった話。って、これはラブコメじゃなくて純愛だよね?

和響

第1話

 僕は人生で初めて、小説なるものを書こうとしている。麦茶を持って、自分の部屋にこもりエアコンをつけてノートパソコンに向かっている。


 なぜ僕がいま小説を書こうとしているのかというと、それは僕の好きな小宮さんに僕の気持ちをちゃんと伝えたいからだ。読書が好きな小宮さんに、僕は小説投稿サイトを使って告白をしてみた。タイトルに『隣の席の読書好きな彼女が大好きな僕と、それを知らない君 』とつけた僕の小説は、まだ一話しか書けていない。


 「」と11文字だけ書いたその文章をきっと小宮さんは読んでくれたはずだ。だって、毎日「1PV」ずつ増えていくのは、僕が教えたその小説投稿サイト「シッピツ」のページを小宮さんが毎日見てくれているからだと、僕は信じている。僕が小説を書いていることは小宮さん以外、誰にも秘密なのだから。


 しかし……。こんなにも文章を書くことが難しいだなんて思っても見なかった。キーボードで文字を打つのは、小さな頃からタイピングゲームで遊んでいたからできるけど、頭の中に思い浮かぶお話を文章にするのはとても難しい。


 僕の母さんは売れっ子の小説家で、母さんに教えて貰えばこんなに悩まなくても小説が書けるのかもしれない。でも、それだけはできない。なぜなら僕の母さんは純愛の青春ラブストーリーを書いていて、中学三年生の僕の初恋は絶対小説のネタにされてしまう。なんなら僕の好きな小宮さんをモデルにした女の子が登場し、今の僕をそのまんま書かれる可能性だってある。


――それだけはなんとしても避けたい。これは僕と、読書が好きな小宮さんのお話なんだから。


 僕は氷の入った麦茶のグラスを手に取って、ごくごくっと飲み干した。カランカランと氷が涼しげな音を立てた。僕の喉元を冷たい麦茶が流れてゆくのがわかる。その冷たい液体が夕飯前の僕の胃に落ちていく。僕はすうっと息を吸い込んで、気合を入れた。


「よし!」


 もう何度目かの「よし!」を口に出して、「」の11文字をまず消した。悩んでいた原因は、きっとこの「」の文字があるからだ。もう一度真っ白な気持ちで、画面とキーボードに向かうことにした。


「で? 」


 まさに、「で?」だ。で、一体何をどう書けばいいのか。いや、そもそもこの小説を書くことにした理由はなんだったのか。読書が好きな小宮さんがびっくりするような告白をしたいと思って思いついたアイデアだったはずだ。


「そうか。わかった」


 であるならば、ここに「好きです」って書いておけば次の日には見てくれるはず。


――ダメだ。それじゃあ別にこんなことしなくても良かったじゃないか。もう、何か、だめでもいいから書いてみるしかないって。


 僕は昔から流れに流されて生きているようなところがあった。モデルから小説家に転身した母さんによく似た僕の顔は母さん曰く、小説に出てくる彼氏にぴったりだそうで、実際、昔から妙にモテていた。


 自分から好きになったことはないけれど、好きですと言われて付き合った人も三人いる。でも、僕に「好き」の気持ちがないから、その彼女だった人たちは僕のもとに自分でやってきて、自分で僕のもとから去っていった。そんな彼女たちの気持ちが今の僕はすごくよくわかる。僕も好きな人ができたからだ。


 人を好きになるって、その人と一緒に何かをしたり、どこかへいったり、同じ時間を過ごしたいものなのだと、僕も小宮さんに対して思っている。「好き」を伝えたつもりの告白になんの返事もないまま、もう一週間が経とうとしているからだ。


――でもよくよく考えたら、小説投稿サイトで「小宮さんが好きです」って書いたわけじゃないし、小宮さんが僕のこの『隣の席の読書好きな彼女が大好きな僕と、それを知らない君 』ってタイトルを読んで、どう思ったのかなんてわかんないんだよなぁ。


 やっぱりこれはなにか、お話のようなものを書かねばならない。それが僕の小宮さんへの思いの現れなのだ。


 僕は、真っ白になった画面に、今までの僕のことをまず書こうと思った。小宮さんは僕と同じクラスの萌々寧ももねさんと付き合っていたことを知っている。僕が萌々寧ももねさんのことを好きだったんだと誤解されたくはない。


 僕が初めて好きになったのは、読書が好きな眼鏡をかけている小宮綾こみやあやさんなんだから。それをまずは伝えたい。僕はパソコンのキーボドに指をかけ、第一話の横に、「」とサブタイトルをつけて、僕のことを書いた。本当に誰にも秘密な僕のことだ。もちろん、登場人物には仮名をつけて。







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