第21話「高速道路」
高速道路を走っていると、サービスエリアの看板に目が留まった。サービスエリアは好きだが、それは休憩したいということではなくて、「ここに寄ってもいいですか?」という許可がほしいだけだからだと思う。高速道路のパーキングエリアで買った食べ物を食べる時、「ここ寄ってもいいですか?」とは言わない。ただ「食べよう」としか言わない。だからパーキングエリアにいる時は、その空間に存在している他のお客さんたちとなんとなくつながっているような気分になる。サービスエリアだとなおさらだ。同じサービスエリアを利用している、同じパーキングエリアを利用しようとしている人というのは、みんな目的地が同じなのだろう。もしかしたら同じ目的地に向かっている仲間かもしれないし、違う目的地に向かう敵同士かもしれないけれど、なんだかちょっとした連帯感があるように思えるのだ。サービスエリアやパーキングエリアで売っているものを食べていると、いつもよりおいしい気がする。だから私は高速道路を利用する時に必ず立ち寄ることにしている。
高速道路を降りてしばらくすると、山道に入った。細い道路に車が二台すれ違えるかどうかというほどの幅しかなく、しかもカーブが多い。そんな道をひたすら登っていくと、やがて大きなトンネルが見えてきた。このトンネルを抜けてしまえば目的地に着くはずだ。そう思ってアクセルを踏み込むと、急に車体が揺れた。タイヤが何かを踏んだらしい。スピードが落ちていく。ブレーキを踏むとタイヤが鳴いた。車はトンネルの入り口付近で止まってしまった。後ろを振り返ると、さっきまでついていたはずのテールランプが消えてしまっている。どうやらエンストしてしまったようだ。
「あー……またかよ……」
思わず声が出た。最近よくこういうことがある。エンジンの調子が悪いのか、それとも私の運転技術の問題なのかわからないが、とにかくよくエンストしてしまうのだ。一度エンジンをかけてしまえば普通に走ることはできるのだが、毎回止まるたびに心臓が縮み上がるほどドキドキする。早く走りたい気持ちばかり焦ってしまうせいだろうか。
「まぁでも、なんとかなるよね」
独り言を言いながら、私は車を降りた。こんなところでじっとしていても仕方がない。それに今日はドライブデートなのだ。せっかくの楽しい時間に水を差したくはない。私は車の下に潜り込んでタイヤを見た。やっぱりパンクしていた。
「うわぁ……これ絶対高いヤツじゃん……」
タイヤを見ると明らかに減っていた。それも一回交換すれば済むというようなレベルではない。おそらく何回も交換する必要があるだろう。私は車の中に戻って財布を取り出した。中には一万円札が一枚だけ入っている。普段なら絶対に使わないお金だが、今だけは使うしかないと思った。もしこのまま歩いて帰ることになったとしたら、ガソリン代だけでもとんでもない額になってしまう。
私は自動販売機の横にある両替機に向かった。千円札を崩して小銭に変えるためだ。小銭に変えてからタイヤを交換するつもりだった。しかしそこで思わぬことが起こった。
「あれっ!? マジで? なんで?」
いくら入れても千円札が出てくる気配がなかった。故障だろうか。困ったことになった。もう一度財布の中を見る。あと千円くらいしか残っていない。これを全部使ってしまったらもう帰る手段が無くなってしまう。それだけは何としても避けたかった。しかしどうすることもできない。私は諦めて千円札をくずさずにそのままポケットに入れた。結局レッカーサービスを利用した。彼女には謝った。
車を直した後あらためてドライブデートをすることになった。今度は何事もなくデートできた。まず、サービスエリアに立ち寄ってお土産を買った。次に海を見に行った。そして夜になると、少し高級そうなレストランで食事をした。彼女はとても楽しそうだった。きっと満足してくれたと思う。私もそれなりに充実した一日になったと思う。帰りの車内では、ずっと彼女の好きなアーティストの話を聞かされ続けたけれど、退屈なんて感じなかった。むしろ彼女と一緒にいられる時間が幸せだと感じた。彼女と別れる時はとても寂しかった。まだ一緒にいたかった。もっと一緒にいる時間を増やしたいと思った。でもわがままを言うわけにはいかないから、素直に「じゃあね」と言って別れた。
それからしばらく経ったある日、私は会社の同僚に誘われて飲み会に行くことになった。同僚といっても女の子なのであまり気を使わなくていいだろうとタカをくくり、私はその誘いを受けた。待ち合わせ場所に行ってみると、そこにいたのは同僚の男の子だった。その子の名前は田中君と言った。私はすぐにその日はドタキャンした。その数日後、会社の忘年会で彼と再会した。彼は幹事を任されていて忙しそうにしていたから、話しかけることはできなかった。その後も何度か会う機会があったが、その度に私は逃げてしまった。そうこうしているうちに彼のことを好きになってしまったのだ。私は彼に会うためにわざと仕事をサボるようになった。もちろんそんなことがバレたらクビになってしまうかもしれないという恐怖はあったが、それよりも彼に会いたいという欲求の方が勝っていた。そのうちに私は上司に呼び出されて注意された。「最近たるんでるぞ!」と言われた。確かにそうだ。自分でもわかっている。仕事中に上の空になっていることが多い。だけどそれでも構わないと思っていた。彼に会えるのならば、それでよかったのだ。
その日の夜も私は残業をしていた。すると彼がやってきた。いつものように挨拶をして、いつもと同じように世間話をした。今日は他の社員が全員帰ってしまった後だから、二人きりになることができた。私は勇気を出して告白をした。「好きです」と一言言っただけだったけど、気持ちは伝わったはずだ。しかし返事を聞く前に、彼は席を立ってどこかへ行ってしまった。しばらくして戻ってきた時にはもう遅く、彼は帰っていた。
次の日の朝、私は出社すると真っ先に彼に電話を掛けた。呼び出し音が鳴っている間、私は不安な気持ちになっていた。もしも断られてしまえば、これから先どうやって生きていけばいいんだろうと考えた。すると突然プツッという音と共に通話状態になった。私は慌てて口を開いた。
「あのっ! 昨日の話の続きをしたいんですけど……」
しかし私の言葉は彼の耳に届いてはいなかったようだ。受話器の向こう側からは人の話し声が聞こえてくる。私は自分の耳を疑った。このオフィスの中には自分と彼の他に誰もいないはずなのに……。私は恐る恐る周りを見渡した。やはり人の姿はない。私は震えながらもう一度同じ言葉を繰り返した。
「あ、あの……ちょっと話が……」
「え? ああ、ごめんなさい。実は今ちょっと外にいるんですよ」
彼は申し訳なさそうにそう言うと、続けてこんな質問をしてきた。
「すみません、今日って何曜日ですか?」
「今日は水曜日です」
「ありがとうございます」
私が答えると、彼はそう言って会話を終えた。私は何が何だかわからないまま、その場に立ち尽くしていた。
それから数日経って、私はまた彼から電話が掛かってくるのではないかと期待しながら待っていた。しかしその日を境に、私の携帯電話が鳴ることは二度となかった。結局私は彼女との交際を続けることにした。
「お待たせしました」
「いえ、全然待っていないですよ。むしろ今来たところです。それにしても、こんなに早く来てくださるとは思ってもみませんでしたよ。ありがとうございます。じゃあ早速行きましょうか。まずは近くの喫茶店に入ります。そこで少し休憩したら、次はデパートに行きましょう。そこの屋上で買い物をするんです。その後は本屋さんにも寄りたいですね。そして最後にレストランに入って夕食を食べて、夜景を見ながらドライブする。これが今日のプランになります。何か質問はありますか?」
「特にないわ。それならすぐに出発しましょう」
「わかりました。では行きましょう」
私は彼女と腕を組み、ゆっくりと歩き始めた。今日はとても幸せな一日になるような気がした。
「おはようございます!」
「お疲れ様でーす!」
「失礼します」
朝の8時。私は職場にやってきた。田中君の顔がちらりと見えたがもう気に留めなかった。
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