第17話「先輩」
バイトを終えた帰り道、今日もいつも通り家まで送って貰うことになった。バイト先でのこと、大学の講義で起こったこと、そして、バイトやサークル活動での愚痴を零したりなど、様々な話に花を咲かせていたのだが、話題が途切れてしまい静寂が訪れる。その空気は、私と先輩の間に見えない溝を作っているような気がしてならなかった。
(……あれ?)
「どうかした?」
不意に立ち止まった私に対して、先輩は首を傾げて訊ねてきた。私は何か言葉をかけようとするけれど上手く頭が回らずに口ごもるばかりで何も言うことができなかった。そんな私の様子を察してくれたのか、先輩は優しく微笑みながら私の手を引いて再び歩き始めた。
「ねえ」
暫く歩いていると先輩の方から話しかけてくれた。
「最近さ、ずっと考えちゃうんだよね……」
先輩の口から紡ぎ出される言葉を黙ったまま聞いている。
「僕達の関係って何なんだろうなあって」
「……」
「お互いの家に泊まったり、一緒にご飯を食べたり、お風呂に入ったり……そういうことをしているけど恋人ではないでしょ?じゃあ友達なのかなって思っても、そうでもないし……。だからと言ってセフレでもないし……」
「……」
「僕はね、唯ちゃんとの関係性を一言で表すなら『家族』だと思っているよ」
「かぞくですか?」
「うん。血の繋がりはないけど、本当の家族のように接していると思うんだ」
「……」
「だからかな。僕は君と一緒に居る時が一番幸せを感じるんだよ」
「っ!」
その瞬間、胸の奥底にある感情が一気に溢れ出してきて涙腺が崩壊してしまった。声を上げて泣き崩れたい気持ちを抑え込み、必死に堪えていると、いつの間にか先輩の顔が目の前にあって……唇を重ねられていた。
それからどれくらい時間が経っただろうか。気が付くと先輩の腕の中に居て、背中には腕が回されていて抱き締められている状態だった。顔を上げると先輩は私を見下ろしていて、目が合うと恥ずかしくなって俯いてしまう。それでも先輩の手は私から離れない。そのまま見つめ合いながら、お互いに目を逸らさないでいた。
(あ……)
すると先輩は少し屈んで目線を合わせてくれた。私は恐る恐る顔を上げて、ゆっくりと瞼を閉じる。すると程なくして柔らかい感触を感じられた。それが嬉しくて、もっと味わいたくて自分からも求めていく。しかし、次第に身体中の力が抜けていき、やがて意識が遠退いて行った。
――
「ん……」
ふと目が覚めると、そこはベッドの上だった。隣では先輩が規則正しい寝息を立てている。そこでようやく自分が何をしていたのか思い出した。同時に羞恥心が襲ってきて布団を頭まで被り、隠れるように潜り込んだ。
「……もう、先輩のばか」
小さく呟きながらも頬が緩むのを感じた。
「……すき」
聞こえないように小声で想いを口にする。
この関係が何なのかなんてわからないけれど、今はただこうして傍に居られるだけで幸せなのだと思った。
「おはようございます」
翌朝、昨日とは打って変わって元気よく挨拶をした。そんな私の様子を見て先輩は安堵したように微笑んでいる。どうやら心配を掛けてしまっていたようだ。
「うん、おはよう」
「あの……その……ごめんなさい!昨日の夜のことは何も覚えていないんですけど、迷惑をお掛けしてしまったみたいですね」
「大丈夫だよ。気にしないでいいから」
「えっと……どこまでやりました?」
「……」
「先輩?どうして黙っているんですか?」
「それは言えないかなぁ……」
「教えてくださいよ~!」
「ダメです。はい、これあげるから許してね?」
そう言って差し出されたのは、きりたんぽの形をしたストラップで、お店で売っていたものを購入したそうだ。それを見た途端、笑いが止まらなくなってしまいしばらく笑った後に、大切に鞄へと仕舞った。
「ありがとうございます」
「いえいえ」
「あっ、そうだ!先輩も何か買ったんですよね?見せて下さいよ」
「良いけど、面白くないと思うよ?」
そう言いながら渡してくれたものはスマホ用のタッチペンだった。
「……本当につまらないものでしたね」
「でしょ?だから言ったじゃない」
「まあでも、折角なので貰っておきますね」
「はい」
「それと、今日は何時に帰って来られますか?」
「多分19時には帰れると思うけど」
「わかりました。じゃあ夕食作って待っていますね」
「楽しみにしてるよ」
そう言って先輩は仕事場へと向かった。
「さて、私も頑張ろう」
そして、いつも通り仕事をこなせば時刻は既に18時を過ぎており、先輩が帰ってくるまで残り1時間となっていた。
「唯ちゃんお疲れ様」
「お疲れさまでした。あれ?何かあったんですか?」
「実は今度ね、僕の知り合いのお店にご飯を食べに行くことになったんだ。それで、もし良かったら一緒にどうかなと思って」
そう言う先輩の表情からは期待と不安が入り交じっていて、断れるはずがなかった。
「もちろん行きますよ。むしろ行かせて頂きたいくらいです」
「そっか。よかった」
安心したような顔をしている先輩を見て、つい頬が緩んでしまう。
「じゃあ明日の土曜日とか空いているかな?」
「あー……すみません。その日は予定があるんです」
「そうなんだ。じゃあまた別の日にしようか」
「はい」
その後、私は先輩と別れた後、電車に乗って家に帰った。
「ただいま戻りました」
玄関を開けてから部屋に向かって声をかけると、中からドタドタと大きな足音が響いてきた。
「おかえり!」
扉を開けた先に居たのは、私の双子の姉である優衣の姿があった。
「お腹空いたでしょう?直ぐに作るから座って待ってて」
そう言われて椅子に腰掛けると、キッチンの方からトントンという包丁の音とグツグツとお鍋が煮込まれている音、それから香ばしい匂いが漂ってきた。
「はい、お待たせ。出来たわよ」
テーブルの上に並べられた料理の数々はどれも美味しそうで、思わず喉を鳴らしてしまうほどだ。しかし、私はあることに気付いてしまった。
「ちょっと、何この量は……」
目の前には、まるでパーティーをするかのような量の食事が並んでいたのだ。
「だって今日は記念日なんでしょう?私達2人の」
「あ……うん」
「ほら、冷めない内に食べましょう?」
「……いただきます」
私は手を合わせてから箸を手に取り、まずはメインディッシュに手を付けた。
「……おいしい」
「ふふっ、当然でしょ?」
そう言いながら胸を張る姉の姿を見ていると自然と笑みが溢れてくる。
「ねえ、今日は泊まって行くんでしょう?」
「え?ううん、帰るつもりだけど」
「もう遅いし、何より外寒いよ?」
確かに窓の外を見ると既に日は落ちており、風も強くなってきていた。
「じゃあお願いしようかな……」
「やった!久しぶりに一緒に寝ようね!」
その言葉を聞いて一瞬で顔が熱くなるのを感じた。
「いや……あのね?一応言っておくけど、私たち姉妹なんだからね?」
「わかってるよ?」
「本当かしら……」
そんな会話をしながら食事を済ませ、お風呂に入って歯磨きをしてから布団に入った。
「唯ちゃん」
「ん?」
「好き」
突然の告白に心臓が大きく跳ね上がる。
「いきなりどうしたのよ」
「なんでもないよ」
「変なの」
「お休みなさい」
「えぇ、お休み」
そう言って目を瞑ると、すぐに睡魔に襲われた。
「……ゃん」
誰かの声が聞こえる。でもまだ眠くて目を開けることが出来ない。
「ゆ……ちゃ」
段々と声が小さくなっていく。もう少しだけこのままで……。
「ゆいちゃん!」
「ひゃいっ!?」
耳元で大声で名前を呼ばれて飛び起きる。するとそこには呆れた様子の姉さんがいた。
「やっと起きた」
「おはようございます」
「おはよ。朝ごはん出来てるから早く降りてきてね」
そう言い残して姉さんは部屋を出て行った。時計を確認すると時刻はまだ7時前。普段ならこんな時間に起きないのだが、今日は少し早かったようだ。
「とりあえず着替えるか」
制服に袖を通して階段を降りると、リビングからはいい匂いが漂っていた。
「はい、召し上がれ」
テーブルに並べらている朝食はどれも美味しそうだった。
「いただきます」
「今日のご飯も美味しいね」
「ありがとう。そう言ってくれて嬉しいよ」
「ごちそうさま」
「はーい」
私が食器を片付けようとすると、姉さんがそれを止めて自分がやると言ってくれた。
「じゃあ任せてもいい?」
「うん。ゆっくりしていて」
そう言われても特にする事が無いのでソファーに座ってスマホをいじっていると、キッチンから声をかけられた。
「ねえ、唯ちゃんは好きな人とか居るの?」
唐突に投げかけられた質問に対して咄嵯に答えられずにいると、再び声がかかった。
「例えばの話だよ」
「先輩……かな」
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