第13話「心の目」

俺は心の目で人を見るということを心掛けている。そんなことできないとはわかっているけれどもそうしようと努力している。今日は彼女とフランスの凱旋門へ行った。彼女がフランスが好きなので俺も好きになりそうだ。それにしても凱旋門ってなんだろう、わからないなあ、まあいいや。彼女の心の目から見える風景を俺は見たいのだけれど彼女は恥ずかしがって見せてくれない。どうしようか。どうしようもないね。俺は自分の心の目からの風景を彼女に見せるようにしているのだから。

俺の心の目にはこんなものが映るんだよというと、「えー?!何が見えてるの?」という彼女。それは君にしか教えない。そして、その風景を共有したい。共有できなくてもいいんだ。俺の心の中にあるものを、俺以外の人に知られたくないと思うときもある。だけど、いつかはわかってほしいとも思う。ただ、そのときはもう手遅れかもしれないけどね。俺はこれからもずっと君のことを心の目で見るし、君の心に棲む人にもなるつもりだ。それでいいかな。それなら問題はないよね。

フランスから帰って、今日はちょっと気分が悪い日だった。体調がよくないので少し休んでいたらメールがきた。「大丈夫ですか?」と。ありがとう。でも、返信する元気がない。ごめんなさい。でも、本当に心配してくれる人が一人いるだけでうれしくなるものだ。いつもより早く起きてしまったのに二度寝をする気にもなれずにベッドの上でぼんやりしていた。ふと思い立ってブログを更新した。今書いているこの文章をアップしたわけじゃないんだけどね。なんか、書かずにはいられなかったんだよ。別に誰にも見られないだろうからさ。こういうことを書ける場所はここしかないと思ったんだよ。

本当はこんなことは書かないほうが良いと思ってはいるんだけれど、書くことがなくてしょうがなかった。だって本当に何もないんだもん。しょうがないよ。俺のことなんて誰も興味ないだろうしさ。何か書いておかないと忘れちゃうじゃん。まあ、それでも良いっちゃあ良いんだろうけどさ。でも、俺にとってはとても大事なことだから。

ああ、頭が痛いなあ。最近調子が悪くて困ってしまう。身体が弱っているんだろうか。でも、そんなこと言ってられないんだよ。仕事を辞めてから収入が減って大変だし。貯金を切り崩して生活しているようなものだから、病気になったらおしまいだよ。なんとかしないと。なんだかよくわかんなくなってきたぞ。まあ、いっか。

昨日の帰り道に本屋さんによって、文庫本の小説を買った。これは映画にもなっているらしい。前に読んだことのある人のレビューを見て面白そうだなと思っていたので買ってしまった。これでしばらく暇つぶしができる。嬉しいな。家に帰って早速読み始めた。読み始めればあっという間に時間が経つもので、気が付けば夜中の二時を過ぎていた。このままだと明日は寝坊してしまうかも。でも、今日は読むのをやめられないなあ。結局、朝まで読んでしまった。仕方がないからそのまま出勤することにしよう。電車の中で眠ることにします。

夢を見た。彼女とデートをする夢だった。訪れたのは、あの思い出の場所、ルーブル美術館である。俺たちはそこで初めてキスをした。初めてのキスだっていうんで緊張してしまった。唇と唇を合わせるだけなのに心臓が爆発しそうだった。その後に手をつないで歩いたっけ。今でもはっきりと覚えている。あれは夏の終わりのことだったと思う。彼女は絵画を観ながら、俺に言った。

「ねえ。あなたって、私のことが好き?」

いきなりだったので俺はびっくりした。もちろん好きだよって答えたはずだ。すると、今度は、俺のことが嫌いになったりしない?という質問だ。俺は彼女の言っている意味がわからなかった。どうして好きな人を嫌いになるのかわからないからだ。しかし、彼女は真剣な顔をしていたから、真面目に答えることにしたんだ。そうしたら、こんな返事が帰ってきた。私には未来が見えるんですって。信じられないような言葉だった。

「私はあなたの前から消えてしまうかもしれない」

彼女が突然言い出したのだ。どういうことなのか全然わからなかった。でも、冗談ではないということだけはわかった。そして、それは避けられない運命なのだということを告げられた。

「でもね、悲しまないでほしいの。きっとまた会えるはず。そのときは、今よりももっと素敵な人になっていると思うから……」

彼女が何を言おうとしているのかはわかっていた。でも、それを言ってほしくはなかった。だから、それ以上は何も言わせなかった。そして、強く抱きしめた。その腕の中から彼女を離さないようにするために必死だった。でも、それは無駄だったのだ。彼女は俺の腕を振りほどいて行ってしまったのだ……。

「待ってくれ!いかないでくれ!」

叫んでももう遅かった。彼女は振り返ることなく歩いていく。そして、その先には真っ暗な闇が広がっていた。

「だめだー!!行くんじゃない!!」叫んだところで目が覚めた。

「はぁ、はぁ、夢だったか……よかった……」

冷や汗がびっしょりだった。気持ち悪い。シャワーを浴びよう。着替えを持って風呂場に行く。服を脱いで洗濯機に入れると、鏡を見た。そこには見慣れた自分の顔があるだけだった。なんとも情けない表情をしている。

「はあ……」ため息が出る。

「やめてくれよ。もう嫌だぜ、あんな思いするのはさ……」独りごとを言うと、俺は浴室に入ったのであった。

今日も一日が始まる。昨日はいろいろあって疲れてしまったのでぐったりと過ごしていた。昼過ぎに起きて、それからずっとベッドの上で過ごしてしまった。本当なら、今日は仕事のはずだったのだが、体調が悪いのを理由に休ませてもらった。申し訳ないことをしたと思っている。でも、どうしても身体が言うことを聞かなかったからしょうがないよね。今はだいぶ良くなってきてはいるが、まだ熱っぽい感じがする。身体が重い。ベッドから出る気になれずに、ただただ横になっていた。

夕方になって、やっと起き上がった。食欲はあまりなかったが、何か食べないとと思って冷蔵庫を開けた。中には卵とハムがあったので、それを使ってオムレツを作った。料理は得意じゃないけど、これくらいはできる。それにしても、この部屋にはろくなものがない。あるのは酒と煙草とカップ麺だけだ。野菜が欲しいところだが、買い置きがないからどうしようもない。まあ、いいかと思いながら食べた。

食事が終わると、テレビをつけた。ニュースを見ているうちに眠たくなってきた。少し寝てしまおうかなと思ったけど、なんだかそれも面倒なので、そのままぼんやりとしていた。特に面白い番組もなかったしね。そうしているうちにあることを思い出した。そういえば、昨日の夜に買った小説のことをすっかり忘れていた。本棚から取り出して読み始める。なかなか面白かった。映画にもなっているらしいので、今度観に行ってみようと決めた。読み終わったので本を閉じる。ふっと時計を見ると、午後七時を過ぎていた。そろそろ出かける準備をしなくては。

「ふぅ~」大きく伸びをして立ち上がった。外に出ると、冷たい風が吹いていた。身体に染みるようだ。思わず身震いしてしまう。空は曇っていて星は見えない。街灯の明かりだけが頼りだった。辺りには誰もいない。いつものことだけどね。

目的地に着いた。そこは小さな公園だ。ベンチに座って夜景を眺めることにした。目の前に広がるのは、無数の光だ。まるで宝石箱みたいだなと思う。しばらくそうして座っていると、誰かに肩を叩かれた。振り向くと、そこに立っていたのは彼女だった。

「こんばんは。今日も来てくれたんだね。嬉しいわ。ありがとう。寒くない?」

「ああ、大丈夫だよ。君こそ風邪引かないでくれよな。ほら、こっちにおいで。温かいコーヒーを買ってきたんだ。一緒に飲もうじゃないか。ミルクも砂糖もあるぞ。君はどっちが好き?」

「じゃあ、ブラックでお願いします。あなたのおごりですから遠慮なくいただきますね。うーん、美味しい!」

「喜んでもらえたようで何よりだ。俺の方はというと……甘すぎるな。やっぱり、こういうものは苦手だ」

「そうなんだ。大人なのにおかしいですね」

「ほっとけ」

「でも、私は好きですよ」

「そう」

「あなたのことが」

「え」

「ねえ、私を見て」

「ああ」

「ねえってば」

「これからもよろしくお願いします」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る