第8話「安月給男と彼女」

働き方改革で日本人は外国人と比べてそんなに働くなったという指摘がある。一方で労働生産性は低いままだから給与が上がらないとも言われている。これは最低賃金を上げるなどをしても効果は薄いという声もある。しかし俺は、そもそも日本は賃金が上がりにくい国だと思っているし、それは日本の労働者側のせいだとも思わない。問題は、企業が労働者の賃金を上げようとしないことなのだと思う。

例えば企業側だって「従業員をもっと大切にしないと」とか言ってる割には「残業するな」「休みを増やしてもいいよ」と言っていない気がする。むしろ「うちの会社のホワイトさアピールしてますから!」みたいな感じのポスターやCMを見るたびに、「ブラックな会社はちゃんと『残業ダメ』『休日増やせ』って言わないとダメなんじゃない?」と思うのだ。そういう会社こそ「俺達、残業なんてしないぜ! 休日だって増えるんだぞ!!」と宣伝すべきなのでは?

それで、俺が勤めている会社はというと、営業アシスタント・書類管理という自分の仕事内容自体はとても楽だし、やりがいもあって楽しいのだが……とにかく、給料が高いとは言えない。月給22万ぐらい(残業代込み)だ。これってどうなのかなあ? いやまあ今どきの20代男性でこんな生活してる人はそう多くないだろうけど。

そんな毎日なのだが、俺には彼女がいる。彼女は年下でまだ24歳だ。彼女は東京に住んでいて、俺の仕事が終わるまで駅で待っていることがある。彼女の名前はA子ちゃんといって美人で優しい性格の女性だが、ちょっと不思議な部分もある女性である。今日はその話をしよう。

A子はよく俺のことを心配している。「疲れた顔してないですか? ちゃんと寝てるんですか?」「大丈夫ですか? 私がお弁当作ってきてあげましょうか?」などと言うのだ。そのたびに「大丈夫だよー」と答えているのだが、正直なところ本当につらいときもあるわけですよ、男にも。でも、彼女に会うと癒されるし、元気になるんだよな。そして、そんなことを言ったら「じゃあお泊りしますね」と言いかねないから言えない。困ったものだ。

あと、よく言うセリフとしては「私はお金貯めて海外旅行に行きたいです」というものがあって、俺はこの発言を聞く度に心の中で「ああ、もう無理なんだ……」と思ってしまう。というのも、彼女は大学を出てすぐ就職したのだが、3ヶ月で辞めてしまったのだ。理由は人間関係の問題らしい。それ以来、ずっとバイトをしながら暮らしているのだという。もちろん貯金なんかあるはずもなく、毎月の生活を切り詰めながら生活しているそうだ。ちなみに親とは仲が悪く、実家暮らしではないので生活費を援助してもらうこともできない。だから、俺が彼女に何かプレゼントしようと思っても金がない。「ねえ、私のこと好きですか?」と聞かれたときは、俺は「うん、好きだよ」と答えるようにしている。嘘ではなく本当だ。でも、俺は彼女と結婚できるような身分ではない。だから結婚はできない。それを理解した上で付き合っているのかな? と思ったりする。

しかし、最近になって俺は気付いたことがある。A子はいつも俺の健康を心配してくれているが、実は俺自身も同じくらいに自分の体調を気にしていたりする。なぜならば、俺が体調を崩したら彼女と会えなくなってしまうからだ。つまり、俺は彼女に会いたくて生きている。「私達って似た者同士ですね!」と言われて嬉しかった。俺達はお互いを必要としている。そういう関係っていいよね。きっと愛があればなんとかなると思う。ただ……もしも病気になってしまったときは……俺は彼女に何をしてあげられるだろうか? 俺がもし入院したらA子が悲しんでしまうかもしれない。そう思うと辛いものがあるなぁ……。まあ何にせよ、これから先も一緒に頑張っていきますかね!

今日はA子とゲームセンターで遊ぶ。二人でプリクラをとったりメダルゲームをしたりする。こういう時間はすごく幸せだと思う。でも、「楽しい時間はすぐに終わってしまう」というのは本当だ。今は楽しいけど、別れるのはやっぱり悲しい。だけど仕方がないことだ。だって俺達の未来はまだ始まってすらいないのだから。A子から甘い匂いを感じたんだ。最初はシャンプーの香りだと思っていたけど、そうじゃないみたいだった。一体どこからこんな匂いがするのかなって考えたら、「ああ、あれだな」って分かったんだ。それは「フェロモン香水」というものだった。ネットで調べてみると、男性がつけるものらしい。女性がつけていてもおかしくはないと思うけど、俺にはちょっと違和感があった。

それにしても、なぜ男性用フェロモン香水がこんなところにあるのだろう? A子に聞いてみると、「知らないんですか?」と言われた。「男性用のフェロモン香水を女友達にあげたら喜んでくれましたよ。それで自分も欲しいって言ってたので買ってみたんですよ」と言っていた。そういうことだったんだな。そういえば前にA子の友だちの女の子が彼氏と一緒に買い物に来てたっけな。そういうことなら納得だ。ところで、この前A子の家に遊びに行ったときに彼女の部屋で見た漫画があるんだけど……あの絵って「BL」とかいうやつじゃないのかな? しかもかなり過激な内容の漫画だ。なんというか……男性同士が絡み合う感じの絵で……正直なところ、俺にはよく分からなかった。

しかし……俺がこんなことを考えている間にも、A子はどんどん俺から離れていってしまう気がする。このままだといずれ俺の前から消えてしまうんじゃないか? そんな不安が頭を過ることもあった。それは嫌だし、絶対に避けたい。だから俺は、彼女が俺のそばにいるようにするために努力するんだ。

今日は仕事で失敗してしまった。自分のミスで仕事がうまく進まなかったのだ。上司には怒られるし、周りからは白い目で見られるし、最悪だ。気分が落ち込んでいるせいでA子にメールを送ることができなかった。そして、そのまま家に帰ることになった。明日こそ頑張ろう。でも、今日はもう寝ようかな。

そんなふうに思っていたとき、A子から電話がかかってきた。どうしたんだろうか? もしかして俺の声を聞いて元気づけようとしてくれてるのかな? そんな期待をして電話に出ると、彼女は泣きそうな声で「ごめんなさい」と言った。

「私のせいで先輩が辛い思いをしているのを知っています。本当は私がもっとしっかりしないといけないのに……」

彼女は泣いていた。俺は彼女を落ち着かせてから話を聞いた。どうやら彼女は、俺の仕事が上手くいかない原因が自分の責任であると感じていたようだ。そして、自分がなんとかしなければならないと思ったらしく、一人で悩んでしまったのだという。その結果、彼女は精神的に追い込まれてしまった。そして、俺に迷惑をかけないようにと思い、自分から別れを切り出してきたのだ。

「私はもうあなたのために何もできないかもしれません。ですから、私のことは忘れてください」

「待ってくれ!」

俺は思わず叫んでいた。「俺は君のことが好きだ。君がいなくなったら俺は生きていけない。だから、俺を置いていくなんて言わないでくれ」と俺は言った。すると、A子は「本当にいいんですね?」と聞いてきた。俺は「もちろんだ」と答えた。その瞬間、A子は安心した様子を見せた。しかし、すぐに「でも……」と言い出した。

「でも、今の先輩はとても辛そうですよ。大丈夫ですか? 私にできることがあれば何でもしますよ。もし何かあったときは遠慮なく相談してください。私達は恋人同士なんですから」

A子の言う通りだった。俺は今までずっと無理をしていたのかもしれない。「A子と別れたくない」という思いを我慢していた。それが今の俺を苦しめている。俺は彼女に本音をぶつけることにした。

「俺は怖いんだ。いつか君がいなくなってしまうんじゃないかと思って……。君は可愛いし優しいから、きっと男にモテると思うんだ。そしたら俺なんかよりも魅力的な人が現れて、俺なんか捨てられちゃうんじゃないかって……。俺は……怖くて……寂しくて……。だから……だから……俺を捨てないでくれ。俺のことを嫌いにならないでくれ」

俺は泣いていた。情けない話だが、これが俺の本当の気持ちなのだ。

「私も同じことを思っていました。先輩はいつも優しくしてくれるけど、そのうち飽きられて捨てられてしまうんじゃないかって。そう考えるとすごく悲しかったです。でも、今は違いますよ。だって、先輩はこんなにも辛い思いをしてるじゃないですか。それなのに、どうして私が先輩を放り出すことができるんですか? そんなことできるはずがないでしょう」

俺は「俺には君しかいないんだ」、「君がいない生活なんて考えられないんだよ」などという言葉を使って、彼女に自分の思いを伝えた。「俺達は似た者同士なんだ」と何度も繰り返した。そして、最後に「これからも一緒にいてほしい」と言って、俺と彼女と付き合い続けるようことになった。それからしばらくの間、俺達はお互いのことについて語り合った。気付けば夜になっていた。

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