第6話「サッカーの親善試合」
隣町の高校のサッカーチームとの親善試合が始まった。その日、マネージャーである俺はグラウンド脇にしゃがみ込みながら、試合を見つめていた。
(相変わらず、下富上の応援は少ないな)
別にそれが悪いわけではない。大介がプロを目指すならともかく、単なるお遊びであるし。ただこの前、県大会で優勝したことで少しは増えるかと思ったのだが。
「やっぱお前のお陰でうちのチームは強くなったから、お前が中心になって欲しいんだろうよ」
隣に座っている祐樹はそう言ったが、それは俺もわかっている。だがそれでも……やっぱり俺はあいつらに頼られたいのだ。だってあの時のあいつらの言葉は本当に嬉しかったから。だから俺は今日、この試合を見届ける義務がある。例えそれが俺とあいつらの溝を決定的にするとしても。
(だけどまあ、これでいいんだ)
……だって俺にはこんな風にあいつらとサッカーできるだけで充分幸せなんだからさ。
試合は一進一退の攻防を繰り広げていた。しかし、後半になるとだんだん押され始め、結局負けてしまった。やはりというべきか下富上は弱かったようだ。解散となって、俺は家への帰り道にふと思い立って、体育館裏に向かった。するとそこには一人、ボールを蹴りながら、シュート練習をする少年がいた。
「まだ残ってたのか?大介?」
「えっ!?先輩!?」
大介はかなり驚いた表情を見せた。そりゃいきなり現れたんだから驚くだろう。しかしよく見ると足を引きずっていた。多分捻挫とかしているんじゃないかと思う。だから俺はそっと近づいた。そして優しく声をかける。
「大丈夫か?怪我でもしたのか?」
「ああ、ちょっと足首を痛めちゃったみたいです」
「無理するなよ。ちゃんと休んで治せよ。じゃなきゃまた大会に出られなくなるぞ」
すると大介は悔しそうな顔をして俯いた。
「そんなこと言っても、どうせ先輩のせいで俺のチームの人気はないんですよ!もういいんです!」
そして拗ねたように叫ぶ。俺はそれを否定せずに見守ることにする。何故ならこいつは今、自分の本当の気持ちを吐露しているから。だったらここは下手に否定したりしない方がいいと思ったからだ。
「俺のせいか……。まあそうだな……」
確かに大介の言う通りだ。俺がいなければ下富上サッカー部はもっと強いチームになっていたかもしれない。だけど……それは違うんだ。
「お前がどんな風に思っていても、俺だけはお前たちを信じてるぜ」
そう言ってやるだけで大介の顔色が明らかに変わった。まるで救いを得たかのように目を潤ませている。だが、俺は敢えて厳しい言葉をかけた。今の大介にはこの言葉が一番響くだろうとわかっていたから。
「だからさ……もう一度やってみないか?今度は正々堂々と勝負できる環境を作ってさ」
「先輩……ありがとうございます!!」
大介は泣き笑いみたいな変な顔で礼を言う。きっと今まで一人でずっと悩んできたんだろうな。
「じゃあ俺は先に帰って、準備しておくから、明日までに考えてくれ」
「はい!!本当にありがとうございました!!!」
こうして下富上は再スタートすることになったのであった。ちなみにこの後、俺がこっそり見ていたことを部員たちにバラされてめちゃくちゃ恥ずかしい思いをしたのは別の話である。
「おいおいマジかよ……」
翌日、朝練のために部室に来た俺は驚愕の事実を知ることになった。昨日の練習試合に来なかったはずの三年生全員が何故か練習着姿でやってきたのだ。これには思わず目を見開いてしまう。
(どういうことだ?)
全く訳がわからなかったがとりあえずグラウンドに向かうことにした。すると他の部員たちは全員揃っていて、ストレッチをしていた。その中に混じって、三年連中もストレッチを始める。
「あのー、先輩方。何で練習に来てくれたんでしょうか?」
その疑問をぶつけてみたのだが、帰ってきた答えはとても単純なものだった。
「まあ、後輩のためかな?せっかくだし最後まで面倒見てやらないとさ」
……うわぁ、これめっちゃ嬉しいやつやんけ。俺は思わず感動してしまった。マネージャー補佐の女子、真弓が駆け寄ってきた。
「良かったですね。大介君」
俺はそれに力強く答える。
「おう!これであいつらが頑張ったら、俺も報われるってもんだよ
」……本当はこんなにもあっさり解決するなんて思っていなかった。俺はずっとあいつらを縛り付けることになると思っていた。だからこれは完全に予想外なのだ。でもあいつらは……信じてくれるという俺のことを受け入れてくれたんだ。だからこれで良いんだと俺は思う。……ただこの日を境にあいつらとの距離が大きく縮まったことは確かなことだった。そして俺は気がつく。あいつらにとって俺が必要になってくれるのと同じくらいに、俺にとってもあいつらは必要になっているということに。
(これから先、俺とあいつらの絆が切れることはないだろう)
……だってあいつらの絆には絶対に俺は必要な存在だから。
完
ふぅ~。と俺は息を吐いた。まあまあの出来かな~、と彼女が淹れたコーヒーを手に取った。苦みの強い香りが鼻腔に入ってくる。一口飲むと程よい苦味とともに酸味を感じることができ、さらに深みを感じさせる。
(美味いな)
そう心の中で呟きながら、目の前の彼女の方に目を向けると彼女はとても満足げに微笑んでいた。俺もつられて笑ってしまう。彼女とは付き合い始めてもう3年目になる恋人同士であり、同棲までしている。いわゆる幼馴染という関係だった。そして今朝は2人で映画を見に行った。
「あの映画どうだった?」
俺は彼女に感想を聞いてみる。すると彼女は少し照れ臭そうな顔をして、こう言った。
「凄く面白かったよ」
「それなら良かった」
「やっぱり私ってあんまり恋愛ものって見ないんだけどさ……」
そこで一旦言葉を切る。そして何かを決意したような表情を浮かべる。
「でも、やっぱりいいよね。誰かのことを想っている人がいるっていうのは」
「そうだな。俺もお前のそういうところが好きだよ」
俺はそう言いながら、再びカップに手を伸ばす。すると、彼女は顔を赤くして俯いた。
「えへへ……。ありがとう」
そんな彼女を愛おしく思いながら、俺はまたコーヒーを口に含んだ。
「じゃあ今日も仕事頑張るか!」
「うん!」
俺達はまた日常へと戻っていった。俺の本業は経営者だ。そして今はテレワークの最中だったりする。
「よし!そろそろ始めるか」
「そうだね」
俺がパソコンに向かって仕事を始めた時だった。インターホンが鳴った。俺は不思議に思って玄関の方へと向かう。するとそこには見知った顔がいた。
「やあ、久しぶり」
「お前、なんでここにいるんだ!?」
そこにいたのはかつての友人である、佐藤裕太であった。
「いやぁ、実は僕さ、今の仕事辞めたんだよね。だからここで働かせてもらってもいいかな?」
突然の申し出に俺は戸惑う。しかし、よく考えると悪い話ではない。なぜならばこいつは一応、俺の会社で働いていた経験があるからだ。つまりこいつは俺の部下ということになる。ならば部下にはちゃんとした環境で働いて欲しいと思うものだ。
「わかった。いいぞ」
「ありがとう」
こうして裕太は家の隣に引っ越してきた。そのことについて彼女は「なんか賑やかになりそうですね」と、ニコニコしていた。まあ確かに俺も裕太がいてくれれば心強いとは思うけど……。
「じゃあ、私はちょっと買い物に行ってきますね」
「ああ、行ってらっしゃい」
そして彼女を見送ってから、俺は再び仕事に戻る。しばらくして彼女が帰ってきた。買ってきたのは食材らしい。
「今日は何を作る予定なんだ?」
「カレーですよ。私が作るんですから楽しみにしててくださいよ?」
「おう。期待しておくよ」
「はい。任せてください」
それから30分後、俺達は夕食を食べ始めた。
「……ん?どうしたんだ?」
食事中、彼女はずっとニヤけていた。俺がそう聞くと、彼女は嬉しそうにこう答えた。
「いえ、やっぱり好きな人と食べるご飯は最高ですね」
その言葉で俺は自分の顔が赤くなるのを感じた。そして俺は恥ずかしさを誤魔化すために、話題を変えることにした。
「そういえば、今日はどうだったんだ?」
「楽しかったですよ~。まずは映画を見て……」
その後、俺達の会話は弾み、楽しい時間を過ごすことができた。
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