第4話「ゴスロリのウェディングドレス」
この不景気に、会社を辞める人の気が知れない。とよく耳にする。しかし、私はそれは全くの間違いだと言わせていただきたい。不況だからこそ会社は人を欲しがっているのである。今辞めたら失業保険でしばらくは生きていけるかもしれない。しかしそんなものはすぐに底を尽きてしまう。そうなったらもうおしまいだ。再就職は難しくなるだろうし、何より今よりも生活水準が落ちるのが確定している。そして一番恐ろしいことは……。
「うわぁ! なんだよあのおっさん!」
会社の面接官はいつものように私達応募者を見てそう言いました。そしてこうも言いました。
「いやー残念だねぇ……君たちみたいな優秀な人がウチなんかに来てくれなくてさ」
私は怒りを抑えきれず怒鳴りつけます。すると面接官は鼻で笑いました。その態度には腹が立ちました。ですから、その場で内定を辞退してやりました。私は負けませんよ? えぇ。負けるものですかっ!
「あ、すいませーん。この資料お願いしますね~」
営業先で渡された紙を見ながら歩き続ける。どうにも最近ミスが多くなってきたように感じる。気を付けて仕事をしてもなぜかミスが出るようになってきたのだ。何かがおかしいと思いながら歩くうちに、俺は一つの可能性にたどり着いた。これはひょっとしたら……あれなのか?…………まさかな。でも俺がこんなミスばかりするようになったのはいつからだ? 考えれば考えるほどドツボにはまっていく感覚がある。もしかすると、俺はとんでもない思い違いをしているのではないか? だがもしそれが本当なら一体どうすれば良いのか?……くそっ! わからん。わからんぞ。とにかく今日は早めに帰ろうと思ったその時だった。急に立ち眩みのような症状が現れ始めた。視界は歪み平衡感覚を失う。そしてそのままその場に倒れ込んでしまった。
意識を取り戻した時そこは真っ白な空間だった。どこなんだここは。辺りを見回しても何もない。本当になんなんだここは……。突然どこからともなく声が聞こえてきた。女性の声だ。姿は見えないけど確かに聞こえる。
「あなたは死にました」
……やっぱりか……。じゃあさっきまでのことは夢ってことか。よかったぁ~、夢オチで良かったぁ~……。いやまぁ良くないんだけどね? うん全然よくないよね。でもほらよくあるじゃんこういう話とか。
「えぇ!? 死んでないですよ! ちゃんと生きています! ほらこっち見て!」
そう言うと彼女は目の前に姿を現した。白い肌をした美人なお姉さんだ。しかし服装はとても奇抜であった。なんというか……コスプレみたいである。しかもなんかすごいエロいし……。
「どうしました?」
「いえ別に……」
俺は目を逸らす。なんか恥ずかしくて見ていられない。それにしても変な格好のお姉さんだなぁ。
「あっ! 今私のことヘンタイだと思いませんでした!?」
「へっ? ち、違うんですか?」
「ひどいですぅ~! 私は変態なんかじゃないですぅ~! ただちょっと服のデザインが個性的なだけなのにぃ~」
「それを世間一般では変態と言うんだと思いますよ……?」
「うぐっ……。じ、自覚はあるんですよぉ~。だってこれ、ゴスロリだし」
「えっ? これがですか……? 僕にはただの露出狂にしか見えませんが……」
「それは誤解です! 私にはれっきとした理由があるのです!」
「どんな理由ですか?」
「はい、実はですね……私が着ているこの服、本当はウェディングドレスっ、なんです! だから私は変態なんかではありません!」
「え、えぇ~?これがウェディングドレス!?無理があるでしょ!」
「む、無理なんてありません! 現にほら! こうして立っているでしょう? 立派にウェディングドレスです! 」
「そんなわけないでしょ! だいたいこんなに足出してたらパンツ見えるし! 」
「いいえ、パンツなど見えませんよ? ほら、ご覧ください」
彼女がスカートを捲るとそこには黒のストッキングが……。って、んんっ??!!
「どうしたんですかそんな顔をして?……あ、もしかして黒タイツの方がお好みですか? それともガーターベルトが欲しかったりしますか?」
俺は首を左右に振った。そして彼女の手を取り、強く握り締める。
「ありがとうございます! とても参考になりました!」
「あ、はい! お役に立てたようで何よりです!」
「それで早速なのですが、質問よろしいでしょうか?」
「もちろん大丈夫ですよ」
「今僕は小説を書いています。そこであなたにお願いしたいことがあるのです」
「はい、なんでも仰って下さい!」
「えーっと、その……」
俺は言葉が詰まってしまった。なぜなら何を言えば良いのかわからないからだ。とりあえず思ったことを口に出すしかない!
「あ、あのー……、こんなことをいきなりお願いするのは失礼だと承知しています。でもどうしてもお願いしたいことが……、あなたを……、あなたの力を貸して欲しいのです! どうか俺の小説を助けてください!!」
「……はい、わかりました。協力させていただきます」
「ほ、本当ですか!?ありがとうございます!」
こうして俺は彼女と共同で小説を書き上げた。そして、その作品は見事大賞を受賞したのだった。
「あぁ~疲れた~……」
今日も一日仕事を終えた。最近毎日残業続きだ。しかし、俺は頑張って働いているのだ。なぜかって? それは俺の書いた作品がアニメ化されたからである。俺はこの日のために死ぬ気で働いたのだ。そしてようやく報われたのだ。さぁ、これからは思う存分楽しむぞー!
「ねぇねぇ、今日の夜ご飯は何にするの~?」
あの後妻となった彼女はそう言いながら俺の肩に手を置いた。俺は妻の顔を見る。すると、妻は笑顔で言った。
「あなた、今日はもう帰って休んでね?あとはわたしに任せなさい!」
「……はい」
俺は大人しく家に帰ることにした。
「ただいま~」
「おかえりなさ~い! お風呂沸いてるから入ってきちゃいな~」
妹が出迎える。
「は~い」
「あっ、でもそろそろ洗濯機回すから脱いだやつ入れといて~」
「わかった~」
俺は言われた通りにする。そして湯船に浸かりながらふと考える。どうしてこうなったのかと。確か俺はアニメの原作担当として契約していたはずだ。それがいつの間にか脚本の方にも回されていた。最初は戸惑いもあったけど今ではすっかり慣れてしまった。むしろ今となっては楽しいくらいだ。だってあんなにうだつが上がらない物書きが、今では人気者なんだぜ? 信じられるか?普通ならこんなことあり得ない。
「お~い、お兄ちゃん?」
「んっ? な~んだ妹よ?」
「……何かあったの? ぼ~っとして」
「あぁ、ちょっと考え事をね……。それより、お前こそどうしたんだよ? そんな顔して」
「……別に、何でもないよ?」
「ほんとか~? なんか落ち込んでないか?」
「はいはい、心配してくれてありがと。じゃ、あたしは部屋に戻るから」
「おう、あんまり無理すんなよ?」
「わかってるよ……。……んっ? なんでお兄ちゃんが無理すること知ってんの? 」
「えっ?……あ、あぁ、あれだよ! ほら、俺ってば小説家だから! 人の気持ちに敏感っていうか? そういう感じで! 」
「あ、そうなんだ~! へぇ~、すごいじゃん! じゃ、おやすみ~!」
「お、おぉ! おやすみ!」
危なかった。なんとか誤魔化せたみたいだ。それにしても……、本当にどうなってるんだろう? ここ最近はずっとこんな調子なのだ。まるで誰かに操られているような感覚になる時がある。でも、一体誰が? そもそも俺の小説には誰も興味がないはずなのに……。
「あなた、お疲れ様です。コーヒーをいれたのでよかったら飲んでください」
「えっ?」
「あら、もしかしてブラックは苦手でしたか?」
「い、いえ、大丈夫です」
「そうですか、では私はこれで失礼しますね」
「は、はい……」
いつの間に帰っていた彼女はそう言うとリビングから出て行った。俺はまだ少し残っている仕事を片付けるため再びパソコンに向かう。
「……よし、終わりっと」
俺は伸びをする。そして机の上に置いてあるマグカップを手に取ると一口飲んだ。うん、やっぱり美味しい。いつもありがとうございます。
「あなた、お風呂空きましたよ?」
「あ、わかりまし……」
……今なんて言った?
「あの、もう一度言ってもらってもいいですか?」
「ですから、お風呂が空いたと申し上げました」
「えっと、その、なぜ俺にそれを?」
「なぜって、あなたが入るのでしょう? だから私も一緒に入ろうと……」
「いやいや、おかしいですよね!? 普通男女別々に入りますよね!?」
「あら、もしかして私の裸を見たいんですか? それならそうと早く言ってくれれば良かったのに……」
「ちょ、ちょっと待って下さい! 話が噛み合ってません! 」
俺は慌てて立ち上がる。そして彼女の手を握った。
「いいですか? まず俺は男であなたは女性なんです。わかりましたか?」
「はい、よく理解できていますよ」
「ならどうして俺と一緒に風呂に入ろうとするんですか? 」
「それはあなたが好きだからですよ?」
「……はいぃ!?」
彼女は満面の笑みで言った。
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