エピローグ

「リジー!大丈夫か!?遅くなってすまない。今のは誰だ?なにもされなかったか?」


 ハンターは走り寄り、心配そうにリジーの頭から爪先までどこにも怪我がないか丹念に探った。


「ふふっ、大丈夫ですよ、ハンターさん。あの方は乱暴などしませんから」

「も、もしかして今のは、王子様、か?」

「ええ。ハルバート様です。ですが……国は崩壊したのでしょう?」

「あ、ああ。そうだけど、でもその…あの男と、」


「エリザベス、ああっ!私たちの可愛い娘っ!」


 聞き覚えのある懐かしい声に、リジーはハンターの横から顔をひょっこり出すと目を見開いた。


「お父様、お母様」


 走り寄りたい母だったが、疲れ切ってよろよろと歩み寄り、ほとんど縋り付くように体を寄せ我が子を抱きしめた。勿論、側からは老いた母を抱きしめる娘のようにも見えたが。


「エリザベス、ああ。よかった生きていたのね」

「もちろんです、お母様。わたくしを誰だと思ってらっしゃるの?」

「まあ、……リジー。リジーなのね?」

「ええ、お母様。リジーです」


 まだハルバートと婚約する前は、お転婆にも使用人や領民の子供たちと駆け回っていたような頃。両親はお転婆娘リジーと呼んでいたのだ。


 ハンターは横入りされて口を尖らせたものの、リジーがハンターに目配せをしてにこりと笑うと、頭をかいて諦め、近くの岩に寄りかかった。ハンターも親子の再会に待ったをかけるほど狭量ではない。


「リジー、あの男に愛称で呼ばせているのか」


 だが、それを見た父は不満げに二人を見比べる。


「ええ、お父様。ハンターさんは、わたくしがリジーに戻ったきっかけの方ですわ。冷たく当たらないでくださいましね。ここまで案内してくださったのでしょう?」

「そ、それは、まあ。そうだが、しかし……」

「ハンターさん、こちらへどうぞ」


 リジーが呼ぶと、少し気後れしながらも尻尾を振る犬のようにリジーに近づくハンターを見て、母も笑った。


「ハンターさんは、娘を見ても老婆みにくいとは思わないのね?」

「あーえっと、その…。ええ、まあ」

「あら。そうですの?わたくし、今朝も池に映った己の姿を見てガックリしましたのに」

「ああ、それなんだけど、リジー、万能薬葉樹食べてるだろう?」

「え?ええ、そうですわね?ほぼ毎日。あれは本当に料理の下手なわたくしでも美味しくいただけますので」

「そのせいだな。リジーの体力もそうだけど、容姿も時々元に戻ってて、その…すごく、綺麗、というか、可愛いと思ってた」

「えっ」

「だから、その、他の誰にも言いたくなくて…」

「ま、まあ…」

「ほ、他の誰にも、見せたくないなーなんて、思ってて、その。すまない。村の皆もリジーに会いたいって言ってたんだけど、無視して俺が全部引き受けた。で、リジーの名前も誰にも言ってない」

「まあ、ハンターさん……」

「あらまあ」

「貴様…」


 リジーとハンターはお互い真っ赤になり、指先だけをお互いで触れたり離れたり、モジモジし始めたのを見て、父親であるブルマンは眉を上げ不貞腐れ、母のアリサは両手を口元に当てて、初々しい二人を祝福した。


「しかし、相手は狩人で…」

「貴方。私たちはもう貴族ではなくてよ?狩人なんて絶対食いっぱぐれないじゃないの。素敵な職業だわ」

「そ、そうは言っても、リジーはもともと貴族令嬢で王妃になるべく教育され」


 そう言った矢先、リジーがさっと弓矢を弾き、スパンと大蛇を討ち取った。両親は木の上から落ちてきた蛇を見てひっと目を見開く。その様子に構うことなくリジーは腰に下げていた小型の斧でどかり、と蛇の頭を切り落とし、ずるりと皮を剥いた。


「ハンターさん!今日の夕食ゲットしました!あっそういえば、そうそう、忘れてましたわ!私、先週の子豚で燻製を作ったんですの!解体に思ったより時間がかかっちゃって四苦八苦しましたわ!」


 ぱあぁっと顔を輝かせるリジーにハンターはおお、と笑いながらまだ動いている蛇の頭を踏みつけささっと土に埋める。その一連の流れに父は呆気に取られ、母は気絶寸前だ。


「ゆ、夕飯…蛇が…?」

「子豚…解体…?」

「蛇は淡白な鶏肉とあまり変わりませんのよ、お父様、お母様」


 眉一つ動かさずにこにこと話す自分達の娘を見て、父親は想像したのか、青ざめて口元を押さえた。


「おお、たくさん作ったなあ。長老は無理だろうけど、エルマさんや子供たちは喜ぶぞ」

「あと、虹色の魚も生け取りましたの。雪につけておいたからまだ大丈夫だと思いますけど、こちらは一匹だけなのでハンターさんに」

「こ、これはもしかして…」

「ええ、魔女の家の池でとりました。本当は首長どりを狩ったのですけど、それはもう一匹の虹色の魚に食べられちゃいまして」

「お、おお…そりゃあ、人魚の末裔って呼ばれてる魚だな。不老の効果があると聞くぞ」

「まあ…。わたくし、今朝丸一匹食べてしまいましたわ」


 とてもじゃないが、貴族令嬢の会話とは思えない、いや、年頃の娘とは思えない、逞しい会話をする自分たちの娘を黙って聞いていた両親だったが、諦めたようにため息をついた。


「私たちの子供ですもの」

「そうだな…」



+ + +



 魔女の家に一緒に行くわけにはいかず、その日はしばらく話をしてから下山をした両親は、それからしばらく村に滞在したものの、王都に帰ると出て行ったらしい。その後も、ハンターは毎週欠かさずやって来ては物々交換をして狩を楽しみ、少しづつリジーとの会話も長くなっていった。


 会話の中には、帝国の王が崩御したあと、近隣国との戦争が激しくなり、冒険者ギルドが立ち上がったことや、腕よりの冒険者たちが、それぞれの国の要所につき共和制を立ち上げたこと、魔物に溢れた王都が崩壊し、今や独立した街が寄せ集まった集落へと変わったこと。五柱の岩が崩れ落ち、その瓦礫の撤去作業が始まり、海外からも人が入って来たこと。いつの間にか国中に蔓延していた奇病は収まり、国民の半数は奪われたものの、商人や作業員が定住し、冒険者ギルドが王都があった街に設立されたことなど、ハンターはできる限りの情報を事細かくリジーに話した。


 数年後、ハルバートが冒険者になり、ギルドマスターになったと聞いた時は、リジーは涙した。王と王妃がどうなったのかは誰も知らないが、西の森に入り込んだきり、出てこなかったと言われている。もしかしたら、魔女の契約による「殺されない」条件で逞しく生きているのかもしれない。もしも、契約のことを誰かにうっかり話していなければの話だが。


 そして、時を隔ててリジーの髪が長くなるにつれ、白髪が銀髪に代わり、骨と皮の体が徐々に若返り、皺だらけの顔が元のはりと艶のある美しい女性に変わっていくのを、ハンターだけが知っていた。


 七年と七ヶ月の刑罰を終えた時、ハンターはリジーに心の内をはっきり告げ結婚をして、再び現れた魔女の赦しを得て、山の中腹にある魔女の家に二人で住むことになり、セントポリオンの魔女が復活したと噂が流れることになるのだが、それはまたのちの話である。


 ~FIN~


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冤罪で山に追放された令嬢ですが、逞しく生きています 里見 知美 @Maocat

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