再会

 待てども待てども。


「はー…」


 ハンターはまだこない。先週は自分よりも早く来ていて、その背を見た時は飛び上がるほど嬉しかった。待っていてくれた。信じてくれたのだと。そしてリジー、と呼んでくれた。


 近くで野花を摘みながら、まだかなと腰を上げ下方を見る。


 待てども待てども。待ち人は来ず。


 時間だけが過ぎていく。リジーのお腹がくう、と音を上げた。ガサガサと背負いカゴを漁り、炙った子豚の肉を食べる。塩味が強くて目をぎゅうと瞑る。炙りが強かったせいか、肉は硬くてなかなか噛みきれず、片手で肉のかけらを握りしめ、顎で引きちぎるように噛み締めた時、ようやく待ち人が来た。


 ガサガサっと茂みが動いたのを見て、パッと顔を輝かせる。


「ハンターさん?」


 だが、そこに現れたのは、ハンターではなく。


「…ハルバート、さま?」


 ボロボロに擦り切れたマントを翻し、ボサボサの頭で痩せこけたハルバートがそこにいた。


「え、エリザ、ベス?君か?」


「どうして、ここに……」

「君に、謝りに来たんだ……」



 エリザベスの喉がゴクリと動いた。


「…君の両親が君に会いに行くと聞いて、私も後を追いかけたんだが、彼らは麓の村に向かったので私は直接ここに来た。ハハッ。情けないことに、山の中で迷ってしまってね」

「…ハルバート様もご存知でしょう、この山はセントポリオンの神がお住まいになるお山。勝手に入っては咎められると」

「ああ。けれど咎なら十分受けたと思わないかい?」

「どういう、ことでしょうか」

「ああ、まだ君の耳には入っていないんだ…。そりゃあそうだ。君は酷い目にあって、この山に捨てられたんだから。そしてそうさせたのは、他でもないこの私だ」

「…わたくしは、わたくしの意思でこの罪を背負いました。ハルバート様のせいではございません」

「いいや。私が信じていたら、君は追放なんてされなかった。国民から酷い言葉を吐かれることも、石を投げられたりすることもなかったはずだ」

「…それは、わたくしの努力が足りなかったからでございます。民を導くはずの王太子の婚約者がこのような容姿に成り果て誰が信じてくれますでしょうか。わたくしに取った民の行動はわたくしの責任。ハルバート様ではございません」


 老婆の姿のエリザベスをじっと見つめたハルバートの目には、やはり哀れみと嫌悪が浮かんでいて、エリザベスはあわせていた視線を外した。


「私を、貴女を信じられなかった私を許して欲しい」

「ハルバート様…許すも何も、わたくしは、貴方様を咎めてはおりませんわ」

「……なぜだ?」

「だって。わたくしは、わたくしがこれで良いと思ったことをしたまででございますから。髪を切り落としたのも、魔女様と契約を結んだのも、この罪を甘んじたのも」

「……。君が魔女など、見つけて来なければ。この国は崩壊などしなかった。私の命は失われたかもしれないが、この狂気に立ち向かわなくても済んだはずだった!」

「それは、わたくしの望むところではございませんでした!ハルバート様はこの国に必要なお方だからこそ、この道を選んだのでございます!」

「その国は、もうない!」


 ハルバートの声色が変わり、怒りが込められた視線がエリザベスを貫いた。まるで自分のしたことが余計なお節介だったとでも言わんばかりの言い分に、リジーもつい声を荒げたのだが。


 国が、ない?どういうことだ、とリジーは訝しんだ。


「…何が起こっているのですか?王都の近隣で奇病が流行っているようだと伺いました」

「はっ。山神の怒りだそうだ。君に危害を加えた人間が全て。君に石を投げ、罵倒し、汚物をぶちまけた人間全てにバチが当たったそうだよ」

「な……そんなことが」

「私の体に帝国の血が流れていて。魔女に頼んだ父と母の願いから、生き残り、帝国の王が死んだそうだ。君をもののように扱った男だ、別に同情はしないけどね。国王王妃も不死の体になってね、ふふ。二人で殺し合いを始めたよ」

「まさか…」

「そしてね、私も体になったんだ。ああ、魔女との契約を誰かに話せば、もしかしたらこの呪いも終わるかもしれないけどね。それでも、私は一度君に謝罪をしたかった。死ぬ前に……もう一度会いたかったのに」


 ふふっとハルバートは、乾いた笑いを浮かべた。


「君はいまだに老婆の風貌で、あの魔女が君の美しかった銀の髪と、陶磁器のような白い肌を持っていた」

「…」

「君はなぜ、あの魔女の諸行を許すんだ?憎くはないのか?悔しくなないのか?あの魔女さえ君の容姿を奪わなければ、君は美しいままの君でいられたというのに」


 ハルバートの瞳に浮かぶのは、負の感情だ。悲しみ、憎しみ、怒り、それから、愛憎、だろうか。


「私はどうせ神に嫌われた、穢らわしい帝国の血の混じった人間だ。それでも、死ぬことすら許されていない。誰かに刺され自分で刺しても、痛みはあれど、死ぬことがない。どうしたらいい?君なら、私を自由にしてくれるんじゃないかと期待して、ここに来た。どうか私を許してくれ。そして自由にしてくれないか」

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