気づき

 その日、リジーは虹色の魚を手に入れた。


 いつものように、朝早くから畑に水撒きをしようと起きてみると、池の真ん中で一羽の鳥が踊っていた。首長どりの一種でやけに獰猛な嘴を持っていたのだが、その嘴に虹色の巨大な魚が挟まれており、飛び立とうとしているのだが、その足に別の虹色の魚が食いついていたのだ。


「まあ、珍しい」


 リジーは慌てて踵を返すと弓を掴んで舞い戻り、シュタッと首長どりに矢を放った。


 ここ最近のリジーの命中率は半端ない。動いているものでも、空高く飛んでいるものでも、木々の間を飛び跳ねているものでもほぼ百発百中である。もちろん、食べきれないような大きなものや多量の無駄な殺生はしていないが、燻製にできるものや、保存が効くもの、シチューにできるものは積極的に狩る。特に鳥は頭が小さい分、脳みそを見なくても済むし、脂分も少ないので解体もしやすいし、丸焼きもできるのだ。


 あの日の子豚はなんとか解体をしたものの、リジーには多すぎたため、一週間かけて燻製作りばかりしていたのだ。骨や足の肉の少ない部分はスープのストックを作ったものの、冷めるとゼリー状に固まってしまった。今日はそのゼリー状になったストックを革袋に入れたものを、雪の中に突っ込んでおいたので、ハンターに差し出そうと思っている。子豚の半身のジャーキーの量は半端ない。冬の間中こればかり食べていてもまだ残るかもしれない量だったので、それも皮袋に一杯持っていく。


 ともかく、首長どりを仕留めたのだが、足に食らい付いていた虹色の魚に奪われてしまい、慌てて首長どりの嘴に挟まれていた虹色の魚だけは取り上げたのだ。首長どりの鋭い嘴で串刺しになっていた虹色の魚はすでに絶命していたので、とっととスープに入れて根野菜とにたら、絶品だったのだ。しかも卵持ちで一匹で2度美味しい魚だった。あまりにも美味しかったので、池に戻りもう一匹だけ釣り上げ、これは雪の中に突っ込んでおいた。


「ハンターさん、喜ぶかしら?」


 本日はハンターと再会する日である。朝からワクワクしてスキップをしそうなリジーは、はた、と動きをとめた。


「嫌だわ、わたくしったらこんなにはしゃいでしまって…」


 ポット頬を赤らめたリジーだったが、水辺に映る自分の顔は老婆である。髪は少し伸びて、肩に届くか届かないかというところだが、美しい髪とは言い難い。


「七年と七ヶ月……。ここで罪を償ったら元に戻るかしら」


 王から言い渡された、償いの時間はリジーがエリザベスであった時、ハルバートと共に過ごした時間である。でも、姿が変わったのは魔女にお願いをしたからであって、王とは何も関係がない。


「ハルバート様は無事かしら…」


 そう言いながら、はっと気がつく。麓の村に来てから今まで、ハルバートのことを考えたのはこれが初めてだということに。


「…わたくしは、なんて薄情な婚約者だったの。それにお父様とお母様のことだって、今まで一度も考えなかった…」


 自分の新しい生活と、しがらみから解かれた自由を満喫してしまったのだ。


 王都の情報は全く入ってこない。否、先週ハンターが言っていたはずだ。何やら奇病が流行っていると。それでもリジーはハルバートにまで考えが及ばなかった。


「これでは、疎まれて当然ね…」


 すっかり興醒めしてしまったリジーは淡々と背負い籠に荷物を入れ、山を降り始めた。




「ちょ、ちよっと、待ってくださる?私こんな山道を歩いたことは、なくてよ」


 ぜい、はあ、と息を吐きながらアリサ・クゥエイドはハンターに声をかけた。ブルマンも文句こそ言わないが汗だくである。


「ああ、すみません。休憩しますか?それともまた今度にしますか?」

「き、休憩で」


 ハンターは内心ちっと舌を打つ。今回リジーの両親を山に連れて行くことは、ハンターは反対した。狩りもしたことがなければ、山登りの経験もないお貴族様が、中腹の待ち合わせ場所まで辿れつけるはずがないと思ったからだが、本心は二人の逢瀬の邪魔をされたくなかったというのが多分にある。たった週に一回なのだ。だが、そうするとジャックがこの二人を連れて行くことになり、ハンターがついて行くわけには行かない。


 長老はリジーを呼び戻したらどうだと最初は言ったが、そうすればリジーが魔女の家に戻れるかどうかわからない。両親が連れて帰ってしまったら?


「万能薬葉樹の葉と実、手に入らなくなるかもしれないな」


 と、ハンターがポソっと呟くと、長老はピタッというのをやめた。持病の腰痛もあれさえあれば、すぐ回復するし、血圧の心配も無くなるから、大好きな麦酒も一日一杯なら飲んでも大丈夫じゃないかな、と考えているのは手に取るようにわかる。


 そんなわけで、この一週間、体力をつけるために簡単な畑仕事やランニングを進めたのだが、流石に夫人はものにならなかった。貴族生活を何十年もしているのだから当然だろう。


 今日だって日の出と共に歩き始めたが、もうかれこれ5回は休憩していて、陽もだいぶ高くなっている。歩く距離は芋虫の歩みだ。


 意地悪をしているわけではないが、リジーに早く会いたいがため、つい気が急いてしまう。リジーはきっともう待っているに違いない。


 はあ、と喉からでかかるため息を、ハンターは飲み込んだ。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る