ハンターの本音

 その日は陽も暮れたので、とりあえず皆それぞれの家へと帰っていき、クゥエイド夫妻は長老の家に滞在することになった。お貴族様に木枠のベッドは辛かろうとは思うが、わらを敷き詰め、毛皮をふんだんに使いなんとか我慢をしてもらうことになったのだが、夫妻は屋根の下に眠れることに感謝してくれた。王都での暴動のせいで、地下のクリプトに隠れて、朝日が登る前に王都を出立したのだとか。それから三日三晩、馬をかけてはるばるここまで逃げ延びて来たのだ。


 ばあちゃんの逞しさは、親から受け継がれたのかもしれない、と誰ともなく思ったことである。


 + + +


 ハンターは自分のベッドに入りながら考えていた。


 自分が見たあの可愛いリジーは、きっと本来あるべき姿なのだ、と。おそらくリジーは万能薬葉樹の葉か実を常食しているのに違いない。魔女の呪いであの姿になったのなら、魔女の家で癒やされるのもありうるのかもしれない。魔女様は悪いものではない。むしろ慈悲深く、山神様のお使いなのだから。リジーはすでに望まれてあそこにいるのだ。


「婚約者か…」


 ムカついた。あの姿を知っているのは自分だけで、ずっと秘密にしておこうと思っていた。誰にも見せず、誰にも見つからないように密かに自分のものにするまでは大事に隠しておこうと。けれど見た目に振り回されたのは自分自身だ。ばあちゃんだから、恋じゃないとか、可愛いから好きだとか。


「はあ…」


 七年も、婚約者がいたんだ。色々、あったんだろうなあ。よくも七年も婚約者でいられたもんだと思う。自分だったらとっとと結婚して自分のものにしていた。誰にも取られないように、しっかり囲っていただろう。


「ああ、でもお城で囲われていたのか…」


 だから結婚までしなくてもよかったってことか。けどだからこそ、他の男に狙われたんじゃないか。ちゃんと自分の女だってマーキングしておかないから。


「俺だったら…」


 山にこもって出てこないだろうな。それじゃ、ダメなのか。


 ともかく、親が出て来たんじゃ自分だけで隠し持っておくわけにはいかないか。来週、連れて行くしかないんだろうな。


「あー…やだなあ」


 思わず本音が漏れた。


 リジーがハンターのために、と狩ってくれたうさぎの毛皮を見る。肉はすでに解体して明日の昼飯になる予定だ。普段は毛皮や素材は全てエルマに渡しているが、このウサギは隠し持っておいた。リジーのために何か作ってやってもいいな。そろそろ寒くなるから、数を揃えて耳が隠れる帽子でも作るか。


「今頃、もう寝てんのかな…」



 + + +



 その頃リジーは、月夜の下で子豚の解体に勤しんでいた。


「この、子豚というのは、うさぎよりも、えい、硬いですわね。というか、脂身が多すぎて、ナイフがなかなか通りませんわ!」


 血抜きはハンターがやってくれたし、子豚とはいえ、リジーが担いで帰るには大きすぎたため、頭はすでに落としてくれて腹も捌いてくれたのに、自分でやりたいとわがままを言って、骨つきのまま持ち帰ったのである。上り坂の我が家までものすごく時間をかけて帰ってきた。途中で血の匂いか、生肉に目をつけた鷹や虹ドリに狙われたが、死守できた。ついでに襲ってきた虹鳥も二羽取れて、そちらは既に燻製の炉に入れてある。来週ハンターにあった時に少しお裾分けをしようと思っている。

 

 ひとまずリブ肉は火に炙っているので、もう少しすれば食べれるはずだ。お肉の焼ける匂いは食欲をそそる。万能薬用樹の葉を巻いて食べるとお肉が柔らかくとても美味しくなることに気づいたリジーは、一枚の葉を刻んで肉料理に使っているせいで、少々生焼けでもお腹が痛くなったりすることもなく、だんだん大雑把になって来ている気もするが。


「来週はハンターさんとどこまで狩りに出かけられるかしら?そうだ、この前見つけたキノコ、高級素材だって長老のくれた本に書いてあったわね。来週までに取ってこなくちゃ。あとは虹ドリの羽を使って矢を作りましょう。ハンターさん喜んでくれるかしら…」


 炉に照らされて肉を解体しながらニマニマ笑う老婆を、もし近くで見ている人がいたら叫び声を上げて逃げていたに違いない。

 

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