魔導国家への誘(いざな)い
事の始まりは、一年ほど前。
16歳のエリザベスと19歳のハルバートは、帝国の新皇帝戴冠式に招待され、わざわざ帝国から出迎えてくれた豪華飛行船に乗り込み帝国を訪れた。
エリザベスの住むヴェルマニアは国民総数三百万人ほどが住む小さな国だ。
神が住まうと恐れられているセントポリオン山脈が、ヴェルマニア王国の東から北にかけ
地元民は、山神様が認めない人間は山に入ったら最後、出てくることは叶わず、獣に食われる運命にあると言う。その昔、敵国が攻め込んで来る際、その山側から侵入したらしいが、王国側にたどり着いたものは一人もいなかった。何年か経って、山の麓に住む狩人や木こりが敵国の鎧や剣を持ち帰ったのを機に捜索してみると、人骨が発見されたことからようやくそのことがわかったくらいだった。その敵国は山神の怒りに触れたのか、帝国に吸収され今はもうない。
そして西には鬱蒼とした密林が広がり、人の介入を一切許すことはない。
そこには魔獣が目を光らせており魔界と繋がっているとか、死界と繋がっていて入れば魂を奪われるなどと実しやかな噂も聞くが、誰も足を踏み入れられないのだから、本当のところわからない。その密林は禁足地として硬く閉じられているが、満月が赤く染まった夜に生贄を捧げたり、豊穣を祈って食べ物や生贄を捧げたりしたという民話が残っているため、年に一度赤い満月の夜になると各地の領主が集まり、密林の入り口付近に建てられた奉納殿に、それぞれの土地の実りの品を捧げる日があるだけだ。
残る方面は南の大洋。ワイングラスの形をした湾岸は入り口が狭く、五柱と呼ばれる岩が柵のように突出し大型船での入港を不可能にしていた。
そのためヴェルマニア王国には小型の漁船しかない。大洋に浮かぶ小島に輸出入用の港があり、大型船も停泊できる様になっているが、波が荒く年に数度の貨物船がくるだけだし、小島はそれこそ数時間もあれば全周できる大きさで海鳥や小動物しか住んでいない。大洋を渡って王国に来るにも、国土の狭さから大量に輸出できるものもなく、旨味が少ない。時期と時間が悪ければ
山脈に囲まれ、穏やかな気候とほとんどの国民が農産や漁業に就いているため食料は豊富だし、他国の侵略の心配もない。この土地の食物は育ちがよく、栄養価が高かったり、薬草などの効能も他国と比べると断然良い。神に守られた土地と恐れられ侵略の方法すらないため、他国からは見知った商人が時折やってくるだけだった。
そんな王国に帝国から文書が届くなど非常に珍しく、戴冠式はそれほど大事なものなのだろうかと、王は不思議に思ったのだが、王妃が今後の交友のため、王太子であるハルバートとその婚約者であるエリザベスに出席することを勧めた。
「そろそろ王国も他国と交友を深めるべきだと思います。帝国の方から招待があったんだもの、ぜひ参加すべきだわ」
「それならば、王であるワシが行くべきなのではないか?」
「まあ、あなた。帝国の招待状は新しい帝王の戴冠式なのでしょう?それならば次期国王であるハルバートの顔みせのためにも、これからの世代を担う若人に任せるべきだと思いませんか」
「うむ。それもそうか。では、ハルバート、それからエリザベスよ。帝国の風潮や暮らしをとくと観察し、我が国に新たな風をもたらしてくれ」
「かしこまりました」
「王命賜りました」
その数ヶ月後、二人は帝国へと旅立った。とはいえ、沖の小島まで迎えにきた帝国の飛行観覧船での旅は概ね好調で、初めて乗る飛行船に慄きながらも、予定通り帝国の船舶地にたどり着いた。
「ハルバート様、飛行船というものは、恐ろしく早いのですね」
「そうだね。船で帝都まで行こうと思えば、数ヶ月はかかるらしいから、飛行船でほんの1週間足らずというのは目を見張るものがある。それもこれも魔石というものを利用しているからだとか」
「魔石というのは魔獣から取れるものと聞きましたが」
「ああ、そうだね。戦士や冒険者という特別職があるらしい」
「騎士のようなものなのでしょうか」
「うん。帝国には騎士はいないというが、戦士や
「ハルバート様、帝国には魔法使いがいるとも聞きました」
「ああ。人々の暮らしも魔法で補っているそうだよ」
「魔法というと、杖を振って呪文を唱えるのでしょうか」
「どうだろうね。我が国には魔法も魔法使いもいないから、私も話に聞いただけだ。エリザベスはもし魔法が使えたら何がしたい?」
「魔法で、セントポリオンの万年雪を溶かすことはできるかしら」
「ははは。あれが全部溶けたら国は水没してしまうかも知れないな」
「まあ、怖い!それはダメだわ」
「私だったら、我が国がより裕福になるよう、大地に魔法をかけるかな」
「まあ。それは素晴らしいですわ。ではわたくしは、漁船がいつも満漁になる魔法でもかけようかしら」
「それでは海が干上がってしまうよ」
「ムゥ。わたくしは魔法使いに向きませんわね」
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