冤罪で山に追放された令嬢ですが、逞しく生きています
里見 知美
プロローグ
「婚約者という立場にありながら、守るべき王太子を呪い、謀反を企てたエリザベス・クゥエイド公爵令嬢に婚約の破棄と追放処分を与える!今を持ち、お前はただのエリザベスとなり、神の山セントポリオンで七年と七ヶ月の月日を持って罪を償うが良い。それまでの下山は一切許さん!」
憎々しげに口を歪ませた国王が「連れていけ」と騎士に指示を出す。老婆のような白髪と、シワだらけの皮膚に落ち窪んだ瞳には光さえ灯らず、枯れ枝のようになった17歳の令嬢を誰もが忌むように見送った。
七年と七ヶ月。
それはエリザベスが次期国王となるハルバートの婚約者だった年月である。
東北にそびえ立つセントポリオン山脈には、山神様が住まうと恐れられ、ヴェルマニア王国では罪人をこの山に連れていき、裁きを神に委ねて来た。山頂には一年を通して溶けない雪が積もり、山中は昼間でも霧で覆われているという。山神に歓迎されない心の醜い者は、森に迷い込み二度と外に出ることはない。野生の動物に食い殺されるか、凍えて死ぬか、あるいは狂って死ぬまで彷徨い続けるかなのだろう。
現に今まで山に連れて行かれて出て来た犯罪者は一人としていなかった。
一人で着替えはおろか、湯を沸かすこともできない公爵令嬢がそんな場所に一人で送り込まれれば、生き延びる可能性などゼロに近い。追放処分とは体の良い死罪判決だった。『神に裁きを委ねる』とは外聞が良いが、人間が人間を捌くのを好まない国の方針なのか、狭い国土で単に遺体の取り扱いに困るからなのか、セントポリオンは都合よく使われる。その麓には先住民が住み、そうやって運ばれてくる罪人を受け入れ、山に送り込む仕事を請け負っているという。
エリザベスは恭しく頭を下げ、去り際に「王太子殿下が無事王となり、ヴェルマニア王国が一層繁栄することを神に祈り続けましょう」と呟き、寂しげに微笑んだ。
月の光を散りばめたような銀色の豊かな髪、豊満な体と公爵令嬢としては幾分かおっとりした性格ではあったものの、その微笑みは慈愛に満ちて人々の心を癒し、常にハルバートに寄り添っていたエリザベス。だがその実、密かに王太子を呪い、魔女によりその呪いを返された。
今や見る影もなく痩せ細り、骨と皮だけの老婆の様な姿に変わり果ててしまった元婚約者を、ようやく呪いから解き放たれたハルバートは、青い顔をしたまま何も言わず、ただ眉を顰めてその後ろ姿を睨み続けた。
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