第13話 努力

 話していたよりもずっと多くの電話がカルの元にあった。全部アイリからの電話だった。そして、彼女はかねてから行っていた自傷行為に拍車をかけた。カルを呼び出すために、電話でリストカットをすることを仄めかし、そのうち何度かは本当に手首を切った。


 そしてついに、彼女は自殺に至った。それが本当に彼女が望んだことなのか、あるいは気を引きたいが為の行動が行き過ぎたのかはわからない。ただ、アイリからメールを受けたカルが彼女の自宅に着いた時には、すでに事態は終わっていた。バスタブに横たわっていた彼女は、真っ赤な水溜まりの中にいた。


 カルは救急車を呼んだ。呼びはしたが、アイリが生きているとは思えなかった。救急隊員がきて事情を説明して、今度は警察が来ることになった。カルは警察に簡単に経緯を説明したが、後日、詳しく事情を聞きたいとのことだった。


 僕はそうカルが話すのを聞いていて、頭が真っ白になった。なんで今まで言ってくれなかったんだ、と思った直後、そう簡単にいえなかったのだと、泣き崩れているカルを見て気がついた。


「ごめんなさい、ごめんなさい…」


 カルが謝っているのは、アイリに対してか、はたまた僕に対してか。彼女は普段の冷静さをなくしていた。


 彼女の長い髪が僕の肩にもかかっている。香水と彼女自身の香りがした。


 僕も混乱する一方で、とても奇妙なことを考えていた。自分の失策で泣く彼女は、本当に僕が知るカルなのか、と。僕はカルが泣いているのを初めて見た。彼女の涙は一体誰を憐れんでいるのだろう?彼女は自分の失敗の責を負うべきはずなのに、失敗した自分自身を憐れんで泣いているのではないか?僕が知るカルなら自分に同情するなどという卑怯なことは絶対したりしない。


 酷い考えだというのは自分でもわかっていた。多分、僕も混乱しているのだ。そう思わなければ、やってられない。



「落ち着いた?」

「…うん」


 カルを椅子に座らせて、コーヒーを淹れた。僕は彼女の方を見ることができなかった。いや、見てはいけないもののような気がする。自分でも、何故そのような気持ちになるのかは分からない。


「君のせいじゃない」


 僕は言った。この件は当然、カルだけのせいでは無い。責任があるなら、まずこの依頼を受けて、カルに任せてしまった僕だろう。それに加えて、何より赤の他人である僕らには、アイリ自身の自殺の責を負う義務も資格もない。確かに彼女のために何か出来ることがあったかも知れないが、それはあくまで結果論だとも思う。


「私のせいだよ、私の…」

「そんなこと…」


 僕はカルの言葉にそう返しかけて、言葉を飲み込んだ。なんでカルはこんな事を言うのだろうか?


 カルは自分の失敗を嘆いてはいけないはずだ。カルも僕も、この事件を教訓に失敗を繰り返さないようにするべきなのだ。少なくとも昔のカルならそれが出来たはずだ。僕がこんな風に考えるのも、カルがそうしていたからだ。カルの後を追ってきっと僕は今みたいに考えているのだ。それなのに、その時の彼女はどこにもいないじゃ無いか。


 自分のした行動をたくさん後悔している。カルを無理に誘ったこと。彼女一人に責任を負わせたこと。それでも僕は、今この時まで、この時言ったことをなによりも後悔している。


 僕はカルにこう言った。


「昔のカルなら…そんなふうに、泣かなかった」


 僕は彼女から目を逸らしていた。何を見ていたのか、自分でもわからない。やがてドアが開く音とその直後に閉まる音がした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る