第11話 電話
アイリからの電話を取った後、カルは心なしか疲れているように見えた。
「なんの電話だったの?」
僕が尋ねると、カルは少し笑みを見せながら言った。
「ほとんど昼間の話と変わらないわ。ずっと泣き言。最後の方は少し落ち着いてきたかも」
僕はカルとアキに向かって言った。
「この案件、少し深刻だ。さっきアキから指摘されて気がついたけれど、彼女、自傷の可能性があるよ。さっきの面会では見落としたけど、もしかしたら、手首とかに傷があったかもしれない」
アキは自分の顎に手を当てて、背もたれに寄りかかった。
「心療内科とか精神科で正式に診断してもらうのが一番ですけれど、彼女が進んでいくとは思えませんね。私たちがそんなこと進めたら、アイリさん、全力で反発しそうです」
「とはいえ、他人の僕達が彼女を強制的に病院に行かせることはできない」
「あら、確か精神保健福祉法に本人の意思に拠らず入院させられる、と言う条項がなかったかしら?」
カルはそう指摘した。カルの専門は情報学だったが、この「探偵」に参加するにあたって臨床心理周辺の知識を一通り仕入れている。僕は言った。
「家族の同意があればそれも可能だけれど、確か彼女の実家は九州だったと思う。事情を共有するのには苦労しそうだ」
「まあ、連絡はしたほうがいいに決まってますけど、そもそも、私たちがアイリさんからご家族の連絡先を聞き出すのってかなり無理がありますよ」
「依頼主はサトコさんだしね。彼女にアイリさんの家族への連絡を頼んでみましょう」
また、法律上は精神科医2名がアイリの自傷他害の可能性を認めたら強制的に入院させられる。しかしそこまで重篤な症状でもないし、そもそも行政を動かすよりは、アイリの身内に状態を知らせて判断をしてもらう方がいいだろう。なんらかの処置が必要なら、手順を踏むべきだ。僕らが勝手な判断をするべきではない。
当然のことではあるけれど、僕達には他人の自由を邪魔する権利はない。例えその必要がありそうに思えても、僕らは人の行動を制限することは認められてないのだ。その権利を行使するには法に基づき、行政が行う必要がある。それが法治国家だし、僕はそれが公平な社会だと信じている。
「とりあえずやるべきはサトコからアイリの家族に連絡をとってもらうこと、そして、事態が落ち着くまでアイリの様子を確認することだね」
僕の提案に二人とも頷いた。
カルが僕に言った。
「君はサトコさんの方をお願いできる?多分、アイリは私に連絡をしてくるだろうから、彼女の様子の確認は私がするわ」
僕は少し考えた。生兵法とはいえ、ある程度心理学の知識がある僕かアキがアイリにあたったほうがいいかもしれない。
しかし、アイリがカルに心を許しているのも確かだ。例えば僕の介入で彼女が再び心を閉ざす可能性もある。
「じゃあカル、アイリのこと頼むよ」
カルはにっと笑った。
「任せて」
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