第10話 事務所
「助かったよ、ありがとう、カル」
「どういたしまして」
自分たちの事務所に戻って僕らはコーヒーを飲むことにした。カルはソファに座りマグカップに口をつけている。事務所には僕とカル、そしてアキがいた。
「先輩とカル先輩、お疲れ様でした。それで、結局どんな感じだったんですか?」
アキは自分の席にコーヒーとショートケーキを並べながら言った。ケーキは僕が帰りに土産として買ってきたものだ。カルはチーズケーキ、僕はモンブランをそれぞれ選び、アキはその場にいなかったので、勘で選んだ。彼女の反応を見る限りは外してはなかったらしい。心なしか嬉しそうだ。
僕も自分とカルの分のケーキとコーヒーを並べつつ、今回の件についての考えを述べる。
「問題の女の子、クラタ アイリさんだけど、自己効力感が低くて結果的に他罰的になるという感じだったね。ずっと主語は「私」。悪いのは自分ではなく、他人だって主張をずっとしてた」
僕の言葉にカルも頷く。
「彼女、他の人が悪いって文句をずっと言ってた割には、具体的に何が悪いか言ってなかった。ネガティブな言動で他人をコントロールしようとする人は結構多いけど、彼女はそこまで意識してないかもね。他人を操るより自分への関心が欲しい、という感じかしら」
アキはケーキを頬張り、コーヒーに口をつけた。カップから口を話しながら言う。
「聞いてる限りだと、お友達として付き合うのには難儀しそうですね。どうしてサトコさんが友人なのか不思議ですね」
「確かに」
「義務的なものかしら」
「どうしてその義務を負っているのかも謎の一つだね」
カルもチーズケーキを食べながら、脚を組んだ。
「そうやって自分への義務を勝手に負う人種も世の中にはいるということね。まあ理解はできるけれどね」
他人ごとのようにカルは言ったけれど、昔のカルはそれこそ自分で決めた義務を自分に課す人間だったと思う。
「話を聞いた印象なんですけど、そのアイリさん、結構、精神状態が危ういんじゃないですか?」
アキが言った。僕も思うところがあったので答えた。
「確かに、不安定な印象を受けたね。一見可愛らしい見た目だったけど、身なりに気を遣っている余裕がない風に見えた。服装や靴、爪や髪なんかもずっと手入れをしていなさそうだった。精神状態はある程度身なりに出るしね」
「精神的に不安定で、自己効力感が低い人物ですか。それって…」
アキは少し言い淀んだあと、言った。
「手首に傷とか見えました?」
その質問を聞いた時、僕は自分が失敗したことに気がついた。最初に想定すべきことをしていなかったのだ。彼女は長袖のブラウスを着ていたが、よく観察すれば情報は得られたはずなのに。
僕は自分が見積もっていたより、この件が重大であると認識を改めていた。
「もしかすると、この件、僕らの手には負えないかもしれない」
僕が言い終わると同時に、カルの携帯電話が鳴った。カルは無言で携帯電話の画面を僕とアキに見せる。表示されていたのは、先ほどの面会で連絡先を教えていた、クラタ アイリの名前だった。
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