第3話 当てっこ(後編)
僕は多分、訝しげな表情をしていたと思う。
「どういう意味?」
アキは少し得意げになっていた。
「先輩ともあろうものが、わからないんですか?」
めんどくさい。
「つまりね、イートインの人は選択肢が多くて、テイクアウトの人は少ないんです。わかる?」
何故かアキが子供に諭すような口調で言う。ナチュラルに敬語が外れてる。
僕はアキの言わんとすることを理解する。
「つまり、店内でたべるなら多少注文してから時間がかかるパスタとかでも頼めるけど、テイクアウトだとそうはいかない。選べるメニューがテイクアウトの方が少ないからその分選ぶ速度が速いってことだね、わかる」
わかると言いつつ、メニューを選ぶ速度なんてそんな簡単に判断できるのか、と疑問が湧く。アキはその疑問を読んだように言う。
「これでn=20です」
つまり、20回すでに検証済みと言うことだ。僕の頭に再び疑問が湧く。
「僕が来る前からやってたの?…僕との勝負は検証のため?」
「まあ、そんなとこです。次、来ますよ」
フリルのワンピースと濃紺のスカートスーツの二人組。二人とも財布のみを持って来ている。…わかりづらい。財布のみ持ってると言うことは、おそらく職場ないしそれに準ずる場所が近いのだろう。しかし、二人組で連れ立ってコーヒーを買いに来ただけなのか、カフェで話し込むつもりなのかは判断できない。
僕はほとんど勘で答えると同時に、アキも答えた。
「イートイン」「テイクアウト」
アキは面白そうに言う。
「割れましたねー。先輩はイートインですか」
僕は二人組を注視する。フリルのワンピースの方はどうやらすぐに注文を決めて、しばらくしてスーツの方も続いた。二人ともほとんど店内に視線を向けずおしゃべりをしていて、注文の飲み物をカウンターから受け取ると、すぐに店を出た。
「…今のはアキの勝ちだ」
アキは何の気なしに言う。
「正直、今のは勘です。あまり根拠ないし、今ので勝っても嬉しくないです。もう一回です!次の問題はいちおく点で!」
僕は笑った。
「じゃあもう一回」
さて、チャンスをもらったからには挽回したいところではある。しかし相手は根明でどこか抜けているとはいえ、IQ170の才女だ。難しいかもしれない。
店の扉が開き、一人の女性が入ってくる。黒く長いストレートの髪。白いシャツにウールのベスト、同じ素材のボトムス。やたらプレップス感を出したファッションの女性だ。そして、早足の軽装。耳の横に少しだけ、ピンク色が光った。
今度こそと僕は言う。
「テイクアウト」
そう言いつつ僕はふと違和感を覚える。何だろう、これは。…既視感?
アキの声で思考が飛ぶ。アキは笑顔で言った。
「ぜったい、イートイン」
僕は少し驚き、アキに向き直った。
「絶対って…?」
アキはニコニコしている。
「ふふ、先輩。机の上には誰のケーキが乗ってますか?」
僕は机の上を見る。僕のモンブラン、コーヒーのカップ。アキが食べていたショートケーキとココア。そして追加でアキが頼んだチーズケーキ。
「僕のモンブランと、食欲のアキのショートケーキとチーズケーキ」
「さてさて、散々言ってくれましたが、果たして私はこんなに甘いものを食べる人間でしたか?」
確かに、こんなにアキが甘いものを沢山食べているところは見たことがない。何だったら今日初めて知ったから覚えておこうと思ったくらいだ。
「実はわたしのじゃないんですよ。このチーズケーキ」
アキがそう言った瞬間、すぐ側から声が聞こえた。
「あら、私の好きなケーキ、覚えてたの?」
僕は声の主を見る。そこには、先ほどのプレップス感満載のセットアップを着た黒髪の美人がいた。耳にはピンクのイヤリングをつけている。
「カル先輩、こんにちは。久しぶりです」
「こんにちは、アキ」
そしてカルは僕を見て言った。
「君も、こんにちは。久しぶりだね」
そこには、僕の昔の友人が、僕が1140円分のチケットを持って会いに行こうとしていた友人が、金木犀の香りが好きな友人が、立っていた。
「カル、どうしてここに…」
「なあに、私に会いたくなかったの?こんないい女に会いたくないなんて、ホントに男の子?…まあ冗談はさておき、アキに呼ばれたの。君が元気なさそうだから」
そうか、既視感は当たり前だ。何せ、僕の旧来の友人が何度も見た服装を着ていたのだ。
アキはカルが来る時間帯を見計らって、ケーキを頼んで、ゲームを仕掛けたのか。
僕はアキを見た。まだ嬉しそうにニコニコしている。くそ、アキの性格を考えればわかったはずだ。何度も僕がカルに会いに行こうとし、その度に躊躇するのを、放っておくはずがない。今更ながらに悔やまれる。
アキは満足気に言った。
「ね。私が勝ったでしょ。先輩は見ないふりするから、良くないんです」
カルはアキの隣に座り、チーズケーキにフォークを刺す。
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