第4話 カル
カルと会わなくなって1年くらい経っていた。
連絡先も知ってる。どこにいるかも知ってる。それでも、僕はこの1年間、ずっとカルのことを考えないようにしていた。
カルは一言で言えば、大人だった。幼い頃から、思慮深く、道理を探し、個人よりも公平さを上に置いた。その思慮と道理と公平さは、カル自身にも向けられていて、その結果、ただの癖のように、困ってる人がいたら助けるように見えた。なにも重要なことなどしていない、という態度を始終崩さずにいた。
だけれど、カルのこれらの道徳心は過剰なものではなかった。必要ないときにカルは自分の正しさを振りかざすことはなかった。それが大人だ、ということに僕は気づいた。
そんなカルにやっかみを持つ人間は多かったように思う。親切を受けて人を憎むなんて、ひどい逆恨みだと今でこそ思うけれど、当時はそんなこと考えられなかった。立派な人間がそばにいると、自分がひどくくだらない人間に思えるものだ。
小学校の頃は特別孤立しているわけでわなかったが、中学生になったあたりから、カルはいつも一人でいるようになった。
とはいえ、僕はカルと、いつもじゃないにせよ、ときおりポツポツと話すことがあったし、たまに一緒に帰ってコンビニで適当な食べ物を買ったりすることがあった。僕らは不思議と気が合った。
恋慕でもなければ、熱い友情などとも違う。世間話をして意見を訊く。お互いに興味を持ちすぎないが関係は大事にする。そんな関係を心地よく感じた。そして、当然のようにそれが続くと考えていたのだ。激しい思いでつながっている関係でないのであれば、ある日急に醒めるという事もないだろう。彼女との関係性が変わるとは思えなかった。
そして、その時の僕の考えが間違えであったという事を、今の僕はよく知っている。
〇
「先輩。カル先輩が帰っちゃいましたね」
「……」
「せっかく会ったのに先輩がそうやってだんまりを決め込むから。いくら優しいカル先輩でも困ってましたよ」
「アキ」
「なんですか?」
「僕をはめたな?」
「だって」
喫茶店の店内の静けさとアキの声に僕はいらだった。
「僕はカルにどう罪を償えばいいかわからないんだ!」
僕は大声を出してしまった。
そしてその直後、そんな自分が恥ずかしくなった。なんで後輩相手に自分の馬鹿みたいな感情をむき出しにしてしまったんだ。
アキは別に悪気があってしたわけじゃないのに。
僕はアキの方を見て言った。
「ごめん」
アキは驚いた顔をした後に、僕に言う。心なしか優しい口調だった。
「先輩。先輩は意気地なしで、頭でっかちで、そのくせ子供っぽいし、すぐ人の頭をわしゃわしゃするような人ですが、悪人じゃありません。それに卑劣な人でもありません」
「……」
「カル先輩に謝るだけで良いんですよ」
僕はアキを見た。もしかしたら、僕は泣きそうになっていたのかもしれない。僕はかすれた声で言った。
「多分、アキが言うように、僕が謝ればカルは許してくれる。もしかしたら、怒ってもないかもしれない」
そうだ。カルは多分、僕を憎んだり恨んだりしないだろう。
それでも。
「もしもカルに許されてしまったら、それこそ僕はどうしようもなくなってしまうよ」
店内は静かだった。自分の体の中の音が、ずいぶんうるさく感じた。
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