第2話 当てっこ(前編)
「先輩、次に入って来る人がコーヒーをテイクアウトするか、しないか当てっこしません?」
「なんだ、急に」
「多分私が勝ちます。」
「この前、僕の観察力が高いって言ってなかった?なのにアキが勝つの?」
「観察プラス分析なら私が勝ちます」
「アキは僕の仕事知ってるよね?」
アキの明晰さは知ってる。服装を除けばほとんど常識人の範囲におさまるくせに異常に知能が高い。多分IQが170くらいある。とはいえ僕はその道のプロだ。いくらなんでも学生に負けるとは思えない。
「先輩いま私なんぞに遅れを取るわけないと思ったでしょ」
「そんな古風な感じじゃないけど、大体そうだね」
「先輩の仕事はもちろん知ってますけど、いわゆるプロでも素人に食われることは往々にしてあります。麻雀とか」
「ふうん。いまからやることは運の要素がタブンにあるって言いたいの?」
「その通りです。それに私はゲームと名のつくもので負けたことがないんです」
左右非対称に口角を上げて、不敵な笑みを浮かべる。よろしい。そこまで言うなら相手になるさ。
「いいよ、わかった。じゃあ次に一人で入って来るお客さんね」
僕が勝負を承諾すると、アキはさらに不敵に笑った。
「負けたほうが、ここ、奢りです」
入り口にはベルがついてる。それに店内にはお客さんが多いが、人が多い通りに面しているわけでもない。だから、別に入り口を見ずに次のお客さんが来るまでアキと雑談してても良いのだが、僕は入り口の方に体を向けた。
なぜかというと、このゲームで人を観察できる時間は極めて短いからだ。できる限り情報を得る時間は長い方が良い。
アキはそもそも席が入り口を向いているが、僕は向かいに座っているので、体をひねりよく見るようにする。
カラン、と入口ドアのベルが鳴る。
エナメル加工の靴、色の薄いジーンズ、青い迷彩の大きなカバン、色白、濃い化粧、何か音楽を聴いているのだろう、白いイヤホン。月曜日の13:50の若い女性。
観察によって得られた情報を言語化し、統合する。
もしもコーヒーをテイクアウトし、近くのオフィスなどに持ち帰るのであれば、おそらくカバンなどは持たず身軽な格好をしているはずだ。
それに月曜のこの時間にジーンズをはいてカフェに来ていることから、オフィス勤ではないことが推測できる。
そんな風に考えていると、女性は店内を見渡す仕草をした。
「イートイン」
アキと僕は同時に言う。
「今のは分かりやすかったですね」
僕は頷き、再度入口方向を見る。
やはり女性は何か注文した後、空いている席を見つけそこに荷物を置いていた。
このテイクアウトする、しないを当てるゲームを、アキは運に依るところが大きいと言った。
とはいえ、勘で当てているわけではない。
このゲームは観察と推理が物を言う。ただ、ほとんど数秒の間に結論を出さねばならないので、慣れない者にとっては勘に頼らざるを得なくなる。
とはいえアキや僕にとっては、それぞれアプローチは違えど、このゲームを運で片付けるにはあまりに専門領域に近すぎた。
アキが運に依ると言ったのは、入ってくる人がイレギュラーな場合を指している。
通常の範囲、つまり服装や仕草がある程度分かりやすい客、ではアキと僕の答えはおそらく同じものになる。
だが、イレギュラーな人であれば意見が割れる。そしてその客の特徴によっては、どちらかが有利な場合がある。
次の客が入って来た。
黒い革靴、無地の黒いスーツ、手には財布のみの、背の高い男性。
早足でレジへ向かう。
「テイクアウト」
再び同時に言う。
そしてしばらくみていると、コーヒーを持ってその男性は店を出た。
「ねえ、先輩。とりあえず答えあわせしましょ。なんでさっきの男性はテイクアウトだと思ったんです?」
アキが言う。
「ほとんど手ぶらで、会社員のような身なりをしていた。だからコーヒーを買って、近くのオフィスに帰って飲むと思った」
「なるほど、でもそれだけでは決め手になりませんね」
アキは心なしかふざけた口調でそういった。僕はすこし呆れた。
「このゲームで全ての可能性を精査して、回答するのは不可能だ。あくまで、観察と推理。どうしても予断は入る。アキもそうじゃないの」
「まあそうなんですけどね。でも先輩の考えはやっぱり面白いです」
「アキはなんで」
テイクアウトと思ったの?と続けようとすると、目の前の魔女は答える。
「速度です」
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