愛してやまない
大文字多軌
愛してやまない 【完結】
僕のことを少年Aとしよう。
Aには好きな人がいた。出逢いは劇的で美しいものではなく、徐々に惹かれ、生活の一部になった。
ある日の放課後、こんな話を学校でした。
「A君好きな人とかいないの?」
「いない」
「嘘だぁ! 好きな人がいないなんてことあるわけ無いでしょ!」
「別にいなくても不思議じゃないだろ。僕の琴線に触れる人がいないだけだ」
Aとは同じクラス、偶然隣の席になってから、友達と呼べる関係になった彼女。お互い部活動には入らず、ただ無為に時間を浪費していた。そんな二人にとって放課後の誰もいない教室は、日常から少しズレた非日常だったのだ。
彼女はとても話し上手で聞き上手でもあった。
Aはそんな彼女が好きだった。けれど、そんなこと、恥ずかしくて口にできない。
思春期のAには好きな子に愛を囁くなんてことは、到底できることではなかった。
彼女は特別可愛いわけではない。どちらかといえば地味な類の女の子だった。しかし、そんな目立たない彼女でも、恋愛トークというものは好きらしい。
「僕は好きな人なんていない。じゃあ君はどうなんだ?」
「私はねぇ……。好きな人いるんだ……」
内心Aはドキリとした。この話の流れ、彼女の好きな相手はA自身ではないかと。焦る様子なくAは彼女に探りを入れる事にした。
「どんなやつなんだ?」
「うーんとねぇ……ぶっきらぼうで無気力っぽいけど、優しい人かな?」
「なんだそれ? そんなやついるのか?」
「それがいるんですよ」
彼女は、はぁと溜息を吐くが直ぐに笑顔を作る。
「まあ、そのうちその人と付き合えたらいいなって思ってるけど、アプローチするのって恐いよね……」
「そうだな……避けられたらなんて考えたら、中々実行に移せないよな」
彼女の好きな人は、きっと僕ではないと、Aは考えていた。こんなに手の届きそうな距離にいるのに、彼女の好きな人の特徴に、当てはまっていなかったからだ。A自身、自分が優しい人間だとは思っていなかった。
「その口振り……やっぱり好きな人いそうだよね?」
「はあ? なんで?」
「避けられたらとか、実行できないとか、そういうネガティブなこと考えてるってことは、いるんだよ! 好きな人がいなかったそもそも何も考えないんじゃない?」
彼女は本当に人をよく見ているとAは思った。それは、普段の生活からでも見て取れる。細かな気遣いができる子なのだ。
そんな話をしてから数ヶ月、彼女にも彼氏ができた。積極的ではなく、寧ろ消極的だった彼女の事を考えると、きっと、告白されたのだろう。
もしかしたら、その相手こそが、彼女の好きな人だったのかもしれない。
Aは悔しかった。情けなかった。自分が、もっと早く勇気を出していれば、もしかしたら……。なんて、考えてばかりいた。
失ったわけではないけれど、手が届かなくなって初めて気付いた。Aにとって、これは恋なんて薄っぺらい感情ではないことに。
Aは彼女のことを、誰よりも……愛していた……。
そしてまた、季節は巡る。桜が散り、別々のクラスへと振り分けられたAと彼女は、話をする機会をお互いに失っていた。
登下校、休み時間。幸せそうな顔をする彼女にAは、行き場のない気持ちを感じていた。
その笑顔が欲しい。その笑顔を僕だけに見せて欲しい。その声は僕だけに聞かせてほしい。その手は僕だけに触れて欲しい……。
けれど、こんな嫉妬に満ちた愛情を誰に話すことができるだろうか。
毎日、来る日も来る日もその光景が目に入る。
Aは決意した。彼女を取り戻す。僕のものにすると……。
彼女との会話は完全になくなったわけではなく、頻度が激減していただけだ。Aは今の彼女がどんな心情でいるのか確かめることにした。
「最近どう……?」
「どうって?」
「ほら、彼氏ができてから結構経ったからさ……。どんな感じかなって」
「そうだね……。それなりに楽しいかな……」
「それなりなのか?」
「うん……。なんていうか……あっ、今から愚痴になっちゃうけどいいかな?」
「別に構わないよ」
「ありがと。えっとね、彼、真面目で良い人なんだけど、偶にエッチっていうか……。ほらっ! 私達まだ学生だし、そういうのは不純異性交遊になっちゃうから……」
話を始めた彼女は次第に涙を流し始めた。
一見、幸せそうにしていた彼女にも、抱えている問題があったらしい。
「私……。嫌だったの……本当は心から好きな人と一緒になりたかった。けど、その場の流れに負けて、今日までズルズルズル……」
「……なんで、そんな話を僕にしてくれるんだ? こんなこと、簡単に言えることじゃないだろう?」
「うん。なんでだろう……。君といると自然でいられるっていうのかな、ちゃんと話聞いてくれるし、受け止めてくれる。一緒に悩んでくれるから、つい甘えちゃうのかも」
「そっか……」
「前にね、好きな人の話したでしょ……」
「ああ」
「私の好きな人……。君だったんだよ」
「えっ?」
「君って、ぶっきらぼうで無気力っぽくて、そのうえ鈍感で、でも優しくて……私、そんな君が好きだった」
「そっか……」
Aは彼女からの予想外の言葉に戸惑っていた。何て返事をすればいいのだろう。気の利いた言葉の一つでも掛けることが出来たならどれだけスマートだろう。悩み悩んで、Aが掛けた言葉は……。
「じゃあさ、僕と逃げないか?」
Aの放った言葉に、彼女は固まる。
「僕が君の隣に立つよ。だから、僕と一緒にいよう」
「で、でも……私、彼氏が……」
Aは彼女の言葉を待たずして、その柔らかな唇を奪った。突然の出来事に瞼を
これは、不純なんかじゃない。
今この時だけは、純粋で純情で純愛だった。
それから数日が経ち、Aと彼女が再び
彼女の顔に
その度にAは彼女を抱きしめた。震えが消えるのを、ただ待つことしかできなかったのだ。
更に数日が経ち、事は起きた。
「助けてっ!」
「何だっ!?」
放課後、Aしか残っていなかった教室に彼女が駆け込んできた。その姿は酷く怯え、制服の一部がはだけていた。それだけで何となく事情は察することが出来た。
「嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ、来ないで来ないで来ないで……」
Aの腕の中で震える彼女。
そこに一人の男子生徒が廊下から現れる。それは、例の彼氏だった。優しそうな、如何にも人当たりの良さそうな顔をした少年だ。
「ちょっと、なんで逃げるんだよ。またいつもみたいにやろうよ?」
「なあ、何してんだこれ?」
「別にお前に関係ないだろう……。おい、早く来いよ」
「嫌……」
「嫌嫌って、子供みたいに喚くなよ……。まだ足りねぇのか?」
そう言うと男は、指をパキパキ鳴らしながら近付いて来る。Aは反射的に彼女を庇った。
「彼女、嫌がってるだろ。一旦落ち着いたらどうだ?」
「はあ? なんだよお前、関係ねぇだろ。邪魔だからどいてくんねぇかな?」
「こんな状態の彼女を、ハイわかりましたって、渡せるわけ無いだろう!」
「ああ……。なるほど、そういうこと……」
男は一人納得すると、馬鹿にしたように口を開く。
「お前、そいつの事好きなの? でも、残念! そいつ俺の彼女だから、お前のものにはなりません。わかったらとっとと退けよ!」
刹那、容赦のない蹴りがAの横腹に刺さる。蹴りの勢いに負けて、Aの身体は吹き飛ばされる。激しい痛みと嘔吐感に襲われ呼吸もままならなかった。
そんなAの目の前で、彼女の髪を掴み教室を後にしようとする男。その下では泣きじゃくる彼女がいた。
Aは何もできない無力感と男に対する憎しみだけが増長していた。そんな彼の視界に入ったのは、吹き飛ばされた際に鞄から落ちた筆箱だった。
神聖な
声を聞いた多くの生徒、教師が教室の入口に立つ。しかし、その教室に入れるものなど誰もいなかった。
血に染まる床にうつ伏せに倒れる一人の男子生徒。その背中は直視できない程、ズタズタになっていた。
そんな男子生徒の向こう側で、ひたすら泣き喘ぐ女生徒と、白いシャツが真っ赤に染まった男子生徒は、互いを思いやるように抱き合っていた……。
「被告人は何か述べることはありますか?」
「ありません……」
男子生徒を刺殺した後、裁判では有罪となり、懲役を言い渡される。この事件は、ニュースや新聞でも大きく取り上げられ、現役高校生の惨殺事件として世間を騒がせた。
勿論、Aのもとに各報道陣、記者達が押し寄せる。
「遺族の方に申し訳ないとは思わないんですか!」
「あの日、一体現場では何が起こったんですか!」
「ご両親には何と説明したんですか!」
カメラのフラッシュとアナウンサー、記者達の質問の嵐にAは答える。
「遺族には申し訳ないと思っています。両親にも合わせる顔がありません……。けれど、殺したことに後悔はありません。それが、あの時の僕には最良でした」
動機がハッキリしない。快楽殺人者。などとニュース、新聞、週刊誌で報道、掲載される。
未成年であることから実名報道はなく……。
Aは少年Aへと変わった。
動機なんて、言えるはずがない。
……愛した人を守りたかった……。
そんな事、口にしてしまえば彼女に迷惑が掛かる。
後悔はない。
彼女が幸せになれるなら、僕はそれでいい。
僕は本当に心の底から、彼女を愛していたから……。
愛してやまない 大文字多軌 @TakiDaimonji3533
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