―第一幕―

(1)

 タケルは、シャツにしみ込んだポータルの粘液を絞り、粘液のぬめりを拭いながら、穏やかな陽の光と温かく心地よい風に身をさらした。

 フトグーイに来てからの半年で、彼の鍛え上げられた上半身は、サーファーのように見事に日焼けしていた。


 一人の時間が欲しかったタケルだが、ご近所さんのシュシュパシュがポータルの前を通りがかり、彼は、一人でなくなった。

 エメラルドグリーンに透き通った粘液状の身体を持つフトゴース人のご近所さんは、泡立つような調子の英語でタケルに声をかけた。


「タケルさん、お出、かけ?」

「ええ、シュシュパシュさん。取材から戻りました。ここはいいところですが、どうにもこの移動だけは慣れません」

「なかなか、慣れないみたい、地球からの、人は。でも、大丈夫よ」


 タケルにとって、この粘液状ポータルを使った移動は、見知らぬものではない。転移手段、つまりポータルの役割を持つ粘液体、すなわち、人間一人を包める大きなスライムに飛び込んでフトグーイへ入国して以来、タケルは、毎日のようにこのスライムを使い、本土の取材先やマーケットへと出かけている。

 だがタケルがスライムに慣れることは、なかった。タケルは、何から何まで粘液状のフトグーイの街並みも、その街並みを作ったフトゴース人たちも、まったく好きではなかった。そもそもタケルは、フトゴース人たちと友好関係を結ぶためにフトグーイへ来たわけではなく、むしろその逆だった。


 それでもタケルは、その出自に相応しい礼節を保って、地元の有力者であるシュシュパシュに言葉を返した。


「シュシュパシュさん、ありがとうございます。精進いたします」

「もうすぐ、何年かに、一度の、天体ショー、あります。パートナーさんと、息子さんと、楽しんで」

「お気遣い、ありがとうございます。それではまた」


「父さん、おかえりなさい!」

 シュシュパシュとの挨拶で少し固くなっていたタケルの表情は、息子の輝くような笑顔を受けて、本来の柔和な笑顔に戻った。

「トム、息が上がっているぞ。頑張りすぎじゃないか?」

「ごめん、パパ。ちょっとお胸が苦しくて。でも、もう大丈夫だよ。パパが一緒だもん」

「いい子だ。取材先でお菓子をもらったんだ。ママと一緒に食べよう」

「ママは、お仕事がひと段落したって言ってたよ。すぐ食べよう」

「じゃあ、これをママに持っていってあげなさい。パパは、着替えてから行く」

「はい、パパ! 待ってるからすぐ来てね」


 しかし、タケルの笑顔は、ダイニングへ駆けていくトムを見送り終えると、硬い表情に切り替わった。


(いつか、俺が正体を暴いてやる。スライムども。)

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