Ⅱ - Ⅴ 少年少女神隠し事件

 翌日、”タピオ”では大きな事件が起きた。聖者トシサダの予感は的中したのだ。


レイチェルが目を覚まし、1階にあるリビングを訪れた。するとその場には、慌てた様子の両親らがいたので「どうしたの?」と声をかけた。


「オリスがいなくなった。」


その声には覇気がない。当然だがオリスの両親は、今にも泣きそうだった。捜索から帰還したコニーも、首を横に振るしかなかった。昨日まで一緒だった生意気な少年は、突然姿を消したのだった。


行方不明になったのは彼だけでなかった。同時刻、他の家庭でも子どもが姿を暗ます事件が発生していた。しかも皆、10歳前後の少年少女ということから、この事件は”少年少女神隠し事件”として、瞬く間に全世界へ発信された。どの家庭でも不安の声が上がり「次は自分の子どもかもしれない」と心配していた。


”タピオ”は自然豊かな国として知られている。南北を横断する巨大な山脈がまるで境界線になっているかのように、地域を二分している。それゆえに南北で気候が異なるのが特徴だった。

レイチェルが暮らす南側は温暖地帯であり、湖ではボートに乗ることができる。ここは観光スポットとしても有名で、家族や恋人同士の憩いの場である。

一方北側は寒冷地帯であり、常に雪が降っている。こちらの湖は凍っているため、スケートで遊ぶ人が多く、また交通手段はそりである。寒さに強い犬や狼に引っ張ってもらうことで、地域内を移動する。

同じ国でも環境や歴史の関係上、あまり交流はない。ゆえに彼らは互いを”同じ国だけど、他国の人”という印象を持っている。そんなバックグラウンドがあることから、南側の人々の中には、今回の神隠し事件を「向こう側が何かしでかしたに違いない」と考える人も存在した。


 朝早くから、多くの人々が聖者トシサダの屋敷を訪れた。同様に、レイチェルたちも、オリスの両親ら共に向かった。彼の屋敷は”タピオ”の東端に存在している。


「我々も現在調査中である。状況が分かり次第報告致すので、本日のところはお引き取り願いたい。」


陰陽師トシサダの弟子たちはそう呼びかけた。信仰心の高い国民たちは、それを聞いて素直にその場を離れていった。オリスの両親も同じように、その場を退いた。彼らの瞳には涙が浮かんでいた。それを見たレイチェルは自分が情けないと感じた。


(私は時期王候補生なのに、すぐそばにいる人すら助けることができないなんて!)



「大量拉致か・・・困ったものだ。」


屋敷内では烏帽子を被った青年が、頭を抱えていた。まるで烏帽子が鉛でできたかのように、ひどく重たく感じた。

トシサダは代々受け継がれた由緒正しい陰陽師の末裔である。フジワラノ一族は、元々”ヤカテクトリ”の住民であったが、その昔”タピオ”に移り住んだことで、現在はここを拠点にしている。

細いミステリアスな瞳と毒舌から恐れられているが、冷静な判断と陰陽師の能力は評価に値し、国民から尊敬される存在であった。そんな彼もお手上げの様子だっため、国民は一層不安を募らせた。


「行方不明になった子どもたちの周りには、痕跡のようなものは残っておらず、手がかりが何一つありませんでした。」


トシサダの弟子の一人イッセイは報告した。彼は12年前に”ヤカテクトリ”から移住し、弟子入りをした。現在は30歳近いため、肉体的には師弟関係は反対に見えた。初めてトシサダの年齢を超えた時「老けたな。」と嫌味を言われたのだった。


「手がかりはなし。黒魔術の一種か。」


魔術の中でも、極めて悪質な魔法を黒魔術と呼ぶ。魔術司法書によると「①黒魔術を使用したものには厳重注意②黒魔術を使用して窃盗等の軽犯罪を犯したものは罰金100万ヴァヌドル③黒魔術を使用して殺人等の凶悪犯罪を犯したものは懲役10年以上」と定められている。

黒魔術の中に”証拠隠滅”という魔術が存在する。これは名前の通り、何か事件が起きた時の証拠を消す術であり、極めて悪質な魔術である。これを使用すると、一般的に証拠を確認することはできない。しかしこれを使ったとしても、完全犯罪を達成することは難しい。理由は、この魔術の対となる”証拠復活”が存在するからだ。ただ、この魔法は一般人が使用することは、魔法法務省で禁じられている。使用許可がある人物は警察官など、限られた人物だけである。


「もう時期、調査官がいらっしゃいます。」

「”証拠復活”で解決できるレベルだと良いが・・・」

「と言いますと?」

「いや。なんでもない。」


トシサダは、珍しく烏帽子を脱いだ。人前では決して脱ぐことはないが、イッセイのような心を許している存在の前では特別だった。

烏帽子に隠れていた髪がはらりと落ちてきた。墨汁を溶かしたような艶やかな髪は、肩甲骨まで伸びていた。普段はこの髪を結って、隠していた。髪紐を取ると、いかにも美男子といった印象を与えた。しかし彼の皮肉めいた話し方は、屋敷中の女性を近寄り難くさせていた。


 正午を過ぎ、魔法法務省調査官らがタピオ”に到着した。調査官は基本三人体制である。理由は不正がないように、互いを監視し合うことが大きい。


今回派遣されたのは、ベッキー・ブライアント、エイブラハム・モリス、ブラッドフォード・デントであった。彼らは調査官の中でも一際優秀であることから”三人衆ビッグスリー”と呼ばれていた。ただ、このネーミングを三人は好んでいない。「そんなトチ狂ったあだ名が広まったせいで、私たちが出てくるだけで、大きな事件があったのかって言われる始末よ。」とベッキーは愚痴をこぼした。


彼らは平均年齢35歳と比較的若手であった。ゆえにトシサダの屋敷で彼らと対面した愛弟子は首を傾げた。


「想像していた調査官と全然違う。もっと体格の良いマッスルかと思ってたのに。」


それを師匠に耳打ちすると「そんな連中が見たければ、魔法国防省にでも行くのだな。いやというほど筋肉マッスルだらけさ。」と諭した。


三人衆ビッグスリー”は早速作業に取り掛かった。リーダーであるベッキーの指示のもと、エイブラハムは”証拠復活”を唱えた。すると、子どもたちの足跡が点々と浮かび上がった。それを見て細目の聖者は安堵した。解決したわけではないが、少なくとも使だということが発覚したからだった。


調査官らはその現場を撮影したり、記述したりした。無論全て魔法である。それはすぐさま魔法法務省まで届くシステムになっている。


今度はブラッドフォードが呪文を唱えた。すると一匹の黒い調査犬が現れた。彼らの嗅覚は、人間の100倍も良いため、追跡調査では頻繁に利用された。調査犬は、魔法法務省近くの訓練所で飼育されていた。出動魔法がかかると、その場へ転送されるのだ。

調査犬に足跡の匂いを嗅がせると、彼は歩き出した。それを調査官三人は追いかけた。


 方角は北の方である。彼らには嫌な予感がしたが、それは瞬く間に的中する。なんと目の前には、巨大な山脈が足を広げていた。どうやら犯人は、どういうわけか子どもたちを山脈まで連れ出したようだ。


「足跡から見て、自ら赴いた様子だわ。」

「洗脳の類でしょうか?」

「いや、洗脳魔法が使えるレベルなら、証拠をはっきり残しておくはずがないわ。」


これが罠ではないことを祈りながら、三人と一匹は山を登り始めた。


 これと同時刻、トシサダの屋敷へ、一人の少女がやってきた。


「レイチェル・フレンツァーと申します。聖者様にお会いしたく、参上致しました。」


慣れない敬語を使い、要件を述べた。すると扉が開き、一人の青年が現れた。身長は180センチほどで、赤銅色の髪を一つに結い、ダークブラウンの瞳は、少し慌てた様子だった。彼は陰陽師の弟子イッセイであった。


「時期王候補生のレイチェル様ですね。少々お待ちください。」


彼はそう言い残すと、一度屋敷へ戻り、再度こちらに顔を出した。彼の横には、聖者であるトシサダもいた。


「”タピオ”のレイチェルだな。”よくぞきてくれた”と言いたいところだが、今は状況が状況だけに、あいにく構っていられないのだよ。」


ではなぜ顔を見せてくれたのだろう、と疑問が浮かんだが、口にはしなかった。


「其方は、私に何用だ。」

「私を調査官の捜索に参加させてください!」


それを聞いた隣の弟子は、ポカンと口を開けた。トシサダは冷静に一言「気持ちはわかる。だが、魔法もろくに使えない其方は、かえって足手纏いだ」と述べた。しかし彼女は一歩も引かなかった。ここで去ってしまったら、時期王候補生として皆に合わせる顔がない。そして大切なオリスに会えなくなってしまうと思ったからだ。


レイチェルのまっすぐな瞳をみて、イッセイもこればかりは断れないだろうと悟った。しかし、主人の考えは逆だった。


「自分の能力も理解できていない者は、これだから困る。私が帰れと言ったら帰るのだ。」


それをきき、彼女は確かにその通りだと黙り込んでしまった。その様子を見た陰陽師は、彼女が納得したと理解し、その場を去った。その姿を見届けると、イッセイは彼女の肩に手を置き、ウインクをした。「師匠はあぁ言っていますが、内心はあなたのことを心配しているのですよ。」と小声で言った。


「結局、私は一人じゃあ何もできないんだわ。」


この場にアイリーとミラがいたらどうだっただろう。ありもしない妄想を一人しながら、聖者の屋敷から出ると、知っている顔がいた。


「レイチェル、帰ろう。」


コニーだった。聖者の報告待ちのため、帰宅途中だった両家族を置いて、一人走り出した彼女を、彼は追いかけたのだった。レイチェルが屋敷に入る姿を見届けると、彼はひとり、ここでずっと出てくるのを待っていた。


「大丈夫だよ。オリスはあぁ見えてしっかりしているから、意外とうまく生活してるさ。」


彼女に心配かけまいと、取り繕ったが、それはレイチェルにはお見通しだった。明るい声とは裏腹に、彼の手は震えていたのだ。「ごめん。」と彼は下を向いた。彼女は彼の手をそっと包んだ。今のレイチェルには、これが精一杯だった。


「ありがとう。」


そういうと、コニーは前屈みになって、彼女の額と自分の額を重ねた。その温もりが、心地よい。


(早く、一人前の魔法使いにならなくては!)


エメラルドの瞳が輝くと、ゆっくりと閉じた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る