Ⅱ - Ⅲ 舞踏会事件

 最初に事件が起きたのは、ミラが出席した舞踏会だった。


2週間後にある舞踏会に向けて、ヴァルモーデン家では特訓が始まった。

小さい頃はあんなに楽しみだった舞踏会も、今はあまり気分ではなかった。理由は参加者が名ばかりのエリート貴族ばかりだったからだ。貴族階級に生まれたことで手に入れた権力や栄光に溺れ、それにしがみつく姿は、彼女を苛立たせるには十分であった。

しかし、それを理由に断るのは難しく、仕方なく参加をすることにした。


「初めて舞踏会に行くのだから、誤っておかしな人を選ばないように、私たちが婚約相手を選んであげないと。」


全く余計なお世話である。両親の選んだ相手など、さぞかしに違いない。


これまでヴァルモーデン家令嬢に生まれたことから、いずれ婚約者と結婚し、家を継ぐだろうと考えていた。しかし、アイリーやレイチェルと出会い、彼女たちの自由な生き方に憧れを抱いてしまった。きっと彼女たちは、この先恋をして、運命の相手と結婚するのだろう。ミラにはまだ恋愛というものに実感はなかったが、それがどれだけ素敵なことかは、なんとなくわかっていた。



 舞踏会当日、ミラは白地に青い刺繍の入ったドレスを纏って参加した。両親の後をついていき、彼らの真似をしてお辞儀をする。「立派なお嬢さんだ。」と口々に言われ、誇らしげな両親の横で、彼女は一人「くだらない。」と心の中で呟いていた。


すると見覚えのある青年が、こちらに声をかけてきた。


「ミラ・フォン・ヴァルモーデンさん。私を覚えていますか。」


170センチ前半と小柄な体型に、長く整えられた金髪とブルーグリーンの穏やかな瞳をもつ青年である。


「確か・・・アインハード様の部下の・・・」

「リアム・デ・ラ・セルダです。」


そういうと、彼はその場で跪き、鍛えられた逞しい掌で、彼女の手を取った。そして手の甲に接吻を落とすと、それを見ていた彼女の母親は「まぁ。」と情熱的な瞳を向けて呟いた。


ブルーグリーンの瞳と目が合い、ミラは思わず赤面しそっぽを向いた。それを見て彼は微笑み、「一緒に踊っていただけますか。」と尋ねた。何処の馬の骨かも分からぬ異性と踊るよりよっぽど良いと思った彼女は、快く承諾した。


音楽が流れ、人々は手を取り合い踊り出した。ミラは練習の成果もあって、リアムと上手に踊ることができた。彼はしっかりした手つきで、彼女をリードする。いつもの騎士ナイトのイメージはなく、まるで王子プリンスのようだった。

そんな乙女的な想像をしたことが恥ずかしくなった彼女は、思わず手を離そうとした。しかしその手をぎゅっと握って、彼は離さなかった。「踊りがとてもお上手ですね。」と耳元で囁くものだから、ますますミラは赤面した。


 しかしそんな優雅な時間は一転し、突如暗転した。暗がりの中、悲鳴に近い叫び声が聞こえ、貴族たちはざわめき出した。すると、窓の方から、奇妙な声が叫ぶようにこういった。


「”悪”の復活は予言された!再び、世界は恐怖と化すのだ!」


バルコニーの柵に立った男は、そのまま体をのけ反らせ落下した。「”悪”万歳!」という声と共に、鈍い音が鳴った。それを合図に会場はどよめき、婦人の中にはその場で崩れ落ちるものもいた。

「叛逆者を捕えよ!」という指示が入り、近衛隊は動き出した。「お嬢さん、続きはまた今度。」とリアムは残し、他の兵士とともに会場を後にした。


あたりはパニック状態であった。それもそのはず、”悪”復活の予言は、聖者ら関係者のみ知り得る機密情報であり、ここにいるほとんどの貴族は知らないのだ。それはミラの両親も同様で、唯一知っているのはミラだけだった。しかし彼女にはどうすることもできず、ただ近衛隊の安否を祈ることしかできなかった。


 しばらくして、テロ首謀者たちが捕えられた。その場には、アインハードも駆け付け、事態の収集をしていた。どうやら彼らは”悪復活論”を唱える、闇の宗教団体であった。


「一人は死亡。残りは無事、身柄を確保しました。」


五人の男女を縛りつけた後、リアムは答えた。彼らを拘束すべく格闘したため、せっかく新調したドレスコードもボロボロだった。


取り調べが行われた。だが、どの質問にも黙秘を続け、挙げ句の果てに舌を噛み切ろうとしたため、慌てて紐を加えさせた。「”悪”の復活の前には、もはや王も聖者も意味はない。」と叫ぶ首謀者に、ウルリックが「余計なことを言うな!」と怒鳴りつけた。


「ひとまず、魔法法務省に連絡を入れてくれ。」


アインハードが指示すると、その場に駆けつけた防衛隊は連絡を済ませ、叛逆者を引き連れ出ていった。


「さて・・・しばらく”ホーラ”は混乱するぞ。」

「隊長。我ながら思うのですが、なぜ予言は関係者以外に伝えないのでしょうか?もし、危機が迫っているのであれば、むしろ伝えるべきだと自分は思うのですが・・・」

「詳しいことはわからない。ただ今はその時ではないのかもしれない、と向こうが判断したのだろう。」


そう答えたが、本心は違った。誰も信じたくないのである。かつて人口の七割を失った”闘いシュラハト”が、再び起きるかもしれないと言うことを。



 この出来事は、瞬く間に”ホーラ”全域に広まった。しばらくは各エリアでの舞踏会も縮小するなど、いくつか影響を与えた。


「ミラは、あの場にいたってこと?」


”チャーミング”に集合したアイリーとミラの間でも、その話題が絶えなかった。


「えぇ。これが世界中にも広まるとなると、とんでもないことになるわね。」


そう予想したが、結果的には”ホーラ”内でとどまった。根拠のない”悪復活論”は誰かの悪戯と判断され、瞬く間に姿を消した。実際は、そう仕向けるよう魔法内閣省が早々と対処したからだったが、そんなことは知る由もない。


「レイチェルも知っているかしら。」


時期王候補生として、今回の事件について彼女に報告すべきだとアイリーは述べたが、それをミラは諭した。


「”タピオ”は今、別の事件で忙しいはずよ。」

「それって・・・」

「あなた・・・少しは新聞を読んだ方が良くてよ。世間知らずのお嬢様では、恥をかくわよ。」




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