Ⅱ - Ⅱ イルゼの屋敷

 夏休みになった。


ヘイムダル魔法学校は2学期制であるため、長期休みである夏休みは、多くの生徒が実家に戻る。ゆえに、1学期最終日の汽車はどの席も満席で、早いと予約開始1日目で完売してしまうのだ。


しかし、全ての生徒が実家に帰るわけではない。中には自らの意思で学校に残る生徒も存在したが、帰らない生徒の大半が「両親のいない生徒」であったことから、どうしても「夏休み中、学校にいる生徒には家族がいない」というイメージが定着しているのも事実だった。そして、アイリーもその1人だった。


「二人はそれぞれ実家に帰るのよね。」

「えぇ、しばらく会えなくなることが寂しいわ。手紙をちょうだいね。」


レイチェルが泣きそうな顔をして、アイリーを抱きしめた。


「私もできれば残りたかったけれど、家庭事情もあるから厳しいのよ。」


ミラはため息をつくように言った。近いうちに舞踏会に出席するのだった。彼女にとっては初めての社交界デビューであり、どうしても学校にとどまることはできなかった。


「ミラの両親は、まだ私たちのこと嫌がってるかしら。」

「おそらくね。でもなんとか説得してみるわ。」


二人に出会い、改めて上流階級の腐敗を実感した彼女は、はっきりとした口調で言った。「あんまり文句をいうようなら、こちらが家出するまでよ。」などと言い出す始末である。


大きな音を立てて列車が到着した。レイチェルが予約していた列車である。

一時的な別れではあったが、愛おしそうに何度も振り返る彼女に、アイリーとミラは急ぐようジェスチャーで伝えた。


レイチェルは列車に乗り込み、窓際の席に座った。窓から顔を覗かせると、多くの魔法学校の生徒がいた。その中から馴染みのある顔を見つけて、彼女は手を振った。


「二人とも、ちゃんと手紙送ってよ!」

「わかってるわ!それよりも、ちゃんと勉強するのよ!夏休み明けは試験なんだから!」

「うん!」


3人の会話が終わるタイミングで、列車が動き出した。レイチェル達だけではない。その場にいたほとんどの生徒がお互いに手を振っていた。

列車は音を立てて出発した。こうしてレイチェルは、故郷“タピオ”に帰国することになった。



そして翌日、ミラとの別れの時間が近づいた。


「一人が寂しかったら、いつでも連絡をちょうだいね。毎日は勘弁してほしいけれど。」


ミラの実家は“ホーラ”にあったため、夏休みでも会うことは可能であった。しかし、同じ国ででもある程度の距離はあり、頻繁に会うことは困難であった。そのためか、ミラの言葉には「一人でも頑張りなさい」という励ましのニュアンスが含まれていた。


 そしてヴァルモーデン家の令嬢は去った。

残されたアイリーは早速寮に戻り、部屋に向かった。部屋に向かう途中の廊下はどこも静かで、いつもの活気がない。ほとんどの生徒が実家に帰ったのである。


「お父さん、お母さんへ。お元気ですか?私は元気よ。

まだ完璧ではないけれど、ちょっとずつ魔法が使えるようになったわ。校長先生や、聖者といって王様を守護する役目の方々が親切にしてくださったおかげだと思う。

それに、学校には同じ時期王候補生が二人いて、どちらも私に優しくしてくれるの。レイチェルは別の国から来た子で、おてんばで明るい子なの。ミラはお嬢様だから、時々びっくりするような発言をするけれど、しっかりものだわ。いつか二人を紹介できる日が来たら嬉しいわ。

今は夏休みだけれど、それが明けたら試験だから、しっかり勉強します。

そういえば弟はもう産まれたかしら?結局一緒に立ち会うことができなくて、残念だわ。5年くらいは会うことはできないけれど、良い子に育つよう願っているわ。早く3人に会いたいわ。」


書き終わると、封筒に入れた。これをウードにお願いして、届けてもらうことにした。しかし、彼がどこにいるのか分からなかったため、校長室に行って聞いてみることにした。校長であれば、何かしら知っているだろうと考えたのだ。


「おそらく、イルゼの屋敷だろう。なぜなら、彼は彼女の従者だからな。」


そういうと校長は、人差し指で四角形を描いた。すると、四角形は地図になり、アイリーの手元に届いた。彼女の屋敷は、列車を使って30分くらいのところにあった。アイリーはお礼をすると、すぐさま飛び出した。


無事に屋敷に到着すると、門前にいたクラールハイトと目が合った。そのクラールハイトは挨拶をするように、深々の首を下げたので、思わず同じようにお辞儀をした。

その姿を見かけた屋敷の主であるイルゼは微笑んだ。


「ウードに用があってきたことは知っているわ。でも、少しくらい一緒にお茶をしていかないかしら。」


すると彼女のそばにいたウードは頷き、クラールハイトに駆け寄った。手綱を外すと、ガラス細工のような生き物は遠い森の方へ駆けて行った。


「放し飼いですか?」

「いいや。彼らはもともと私の所有物ではないのだ。彼らはいつも”忘れられた森”で暮らし、必要とあらば呼び出すのさ。それはそうと、イルゼ様のご好意に甘えて、ゆっくりしていきなさい。」

(”忘れられた森”?)


その不気味な名前が少し引っかかったが、赤毛の家主は微笑を浮かべこちらが招かれるのを待っていたので、そそくさと門をくぐることにした。


 ハーブティを飲むと、穏やかな気持ちになった。


「寂しいでしょう。お友達が帰ってしまって・・・」

「はい・・・」


正直に答えた。伏せた瞳を覗き込むように、イルゼはそっと「いつでも遊びにいらっしゃいな。」と声をかけた。その言葉に安心したアイリーの顔には、少し笑みが溢れた。


たわいもない話で盛り上がった頃、アイリーはようやく”忘れられた森”について聞いてみた。するとちょうどハーブティを注ぎにきたウードが簡単に説明をした。


「”忘れられた森”とは、一度入ると二度と帰ることができないと言われている森のことだ。故に、迷いの森とも言われている。その噂が広まり、今では誰も近づかないことから、存在を忘れられるようになった。そこから、そんな名前がついているのだ。」


ちなみに”ホーラ”の子どもたちの間では、そこに迷い込む怪談話が定番のようだった。


クラールハイトは迷ったりしないのかしら・・・」

「えぇ。彼らだけはあの森を迷わず進むことができますな。」


彼らの能力に関心していると、イルゼは思いついたかのように「国立図書館へ行ってみたらどうか。」と提案した。国立図書館にはさまざまな書物があり、この国のことをより知ることができると述べた。

ちょうど夏休みという長い時間を持て余していたアイリーには、うってつけの場所だった。そのうち行き方を教えてもらうことにした。


 やがて時間が経ち帰宅することにした。アイリーは緊張しながら、ウードに手紙を差し出した。それを彼は受け取ると微笑を浮かべ「責任を持ってお届けしますね。」というと、馬車の準備をし始めた。

目の前で両手を合わせると、彼のスーツのピンが発光した。すると彼女たちの前に、クラールハイトが駆け寄ってきた。彼らに手綱をかけると、アイリーを呼び出した。


「手紙を届ける前に、アイリー殿を寮に送らなければな。列車より時間はかかるが、交通費は浮くだろうから、それで美味しいケーキでも買うと良い。」


アイリーは頷いて、馬車に乗った。イルゼは「次から来るときは、事前に教えてちょうだい。そうすればウードに向かわせますから。」を行って見送った。アイリーは笑顔を浮かべ、元気よく手を振り、それを合図として馬車は動き出した。


「久しぶりですね。初めてお会いした時も、こうしてアイリー殿を馬車に乗せました。あれから、もうだいぶ経っているのですから。」


アイリーも頷いた。最愛の両親と別れ、こちらの世界に来たときは不安だらけだった。そんな彼女の唯一の理解者はウードだけで、シルクハットを被った男は、彼女にいろんな話をして元気づけた。それがついこの間のように感じた。


「そういえば先ほどの魔法だけど・・・」

「あぁ、あれはクラールハイトを呼びかける呪文ですよ。まぁ、今時は私くらいしか使っていないかもしれません。魔法動物学者以外に、彼らに興味を持つ人なんてそうそういませんから。」


あんなに綺麗な生き物なのに、誰も興味を持たないなんて不思議だなとアイリーは思った。彼らにまたがれば、たとえ”忘れられた森”でさえも、抜け出せるというのに。



 しばらくして、アイリーは寮に到着した。列車よりも時間がかかり、空はすでに暗くなっていたが、それでも懐かしさと外の新鮮な空気に癒されたので、むしろ心地よかった。


「では、私はこれからこの手紙を届けに参りますので、失礼いたします。」


ウードはシルクハットをあげて会釈をし、そのまま馬車は走り去った。馬車が見えなくなると、アイリーは大きく背伸びをし部屋に戻った。


部屋に戻り明日の予定を考えていると、扉をノックする音が聞こえた。扉を開けると、メレンドルフが立っていた。


「こんばんは。少しお話があるのだけれど、中に入れてもらえるかしら。」


そう尋ねられたので、アイリーは快く迎え入れた。

中に入り着席すると、白髪の魔女は心配そうに「ここに来てだいぶ経ちましたが、何か困ったことはありますか。」を質問をした。それを聞いてアイリーは瞼を閉じた。


魔法が使えるようになってからは、ルイ率いるエリート貴族からの嫌がらせも、少しずつ上手く返せるようになってきた。以前こんなことがあった。

ルイがイタズラするために杖を振ろうとすると、すかさずミラが呪文を唱え、彼の体を吹き飛ばした。彼は怒りをあらわにし、連れのニコラとオーギュスタンに「やっちまえ!」と指示をすると、二人も杖を取り出した。その瞬間に、今度はレイシェルが呪文を唱え、ニコラの鼻を伸ばした。彼女たちに負けじとアイリーも魔法を唱えたところ、誤ってオーギュスタンのズボンに当たり、脱げてしまったのだ。

それを見ていたクレシェンツィオは大声で笑い、それをきっかけに近くにいた上級生らも爆笑した。


「お嬢ちゃん、なかなか冴えているじゃないか!」


そう評価したのは、ジルベール・サン・シモンという3学年の生徒であった。クレシェンツィオに負けないイタズラ少年な彼は、様々なしょうもないイタズラをすることで、毎度教師を困らせることで有名だった。隣にいたエルキュール・ジュノーとジェローム・ドバルデューも共に笑っていた。彼ら三人は”イタズラ選手たちトリオ”と呼ばれていた。イタズラ仲間だけでなく三競技トライアスロン選手としても有名だったため、このようなあだ名が付けられたのである。


そのほか周りにいた生徒たちに笑われ、エリート貴族三人は悪態と唾を吐き、その場を後にした。


「あいつのパンツ何色だったか?」

「青と白のストライプだった。」

「全く・・・こうなるなら、もっと派手に盛り上げたのに・・・」


エルキュールとジェロームが冗談混じりの会話をした。事故とはいえ、自分の力でルイたちを追い払うことができたアイリーも、だんだん顔がにやけてきて、最終的に周りの生徒と共に笑った。


以上のことがあり、これまでの不安が解消されていた。授業においても上位の成績を収められるようになり、ちょっとずつ努力が報われ始めていた。それを聞いて安心したメレンドルフは頷き、「良い夏休みを。」を言い残して、部屋を出ていった。








  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る