Ⅱ「夏休み」
Ⅱ - Ⅰ 会議
早朝にも関わらず、王室の談話室は何人かの声が飛び交っていた。その声は穏やかとは縁遠く、不満と怒りが入り混じっていた。
「今年はなんという有様だ!出席率が低すぎるではないか!」
半円状に並ぶ5つの机、その左端に座る青年は机を叩いた。
「5つの国の中で、参加しているのは2国のみ。こんな状況で、現状報告など言語道断である。」
烏帽子を被り、黒くて鋭利な瞳は怒りの炎を灯している。
「落ち着きなさい。少なくとも“カナロア”と“マキナ”からは報告書を頂戴している。問題は“ヤカテクトリ”の聖者だ。ひとりは欠席を表明しているが、もうひとりからは連絡がない。」
何年も同じ会議をしていると、大体犯人が分かるものである。エルベアドの後ろに立つアインハードは5年目だが、それでも察しがついた。
王代理エヴァンゲロス・ステファノブロスはため息をつき、重い口を開けた。
「バートランド・ブルックスに連絡を繋ぎなさい。」
その場にいたエヴァンゲロスの執事は、サボタージュした者の自宅に連絡を繋ぎ、状況をモニターに映した。
しかしそこに出てきたのは、彼の使用人であるジェリー・チェンであった。大体の予想はできているが、青筋を立てたトシサダは声を荒げていった。
「お宅のサボり犬はどこにいる!」
「え、その、昨日までは参加する予定でしたが、今日はどうやら具合が悪いようで、布団から出てこないのです…」
完全なる言い訳である。今回も仮病で休もうということは明白であった。エルベアドはため息をつき、主人を呼ぶように伝えた。
30分後、モニターに現れた青年にトシサダは怒号を飛ばした。ボサボサの髪の毛に、ヨレヨレのパジャマ、しかも歯ブラシを加えたまま参上したからである。
「休むなら休むで連絡をし、報告書を提出すれば良いものの、何故に放棄するのだ!」
「別に私じゃなくても良いでしょう。聖者は何もひとりじゃないし。」
聖者らの前で、恥じらいもせず口うがいをした後、こう述べた。その行為に、トシサダは呆れてものも言えなくなった。
「聖者二人で報告書を書き上げることもできないのか?」
「そうですね。もうひとりがちゃんと書いてくれればいいだけですがね。」
エルベアドはため息を漏らした。なぜこうも非協力的で、他人任せなのか。それはバートランドだけでなく、もうひとりの聖者にも言える話だが…
国によって聖者の扱いや考え方が違うため、価値観を押し付けることはできない。“ホーラ”や“タピオ”、“マキナ”では、聖者は崇拝対象であり、名誉ある存在である。それに対して“カナロア”や“ヤカテクトリ”のように、信仰性に欠けた国家では、聖者のような存在はあまり重要視されていない。そういう違いが、彼らの聖者としての自覚に出てくるのだ。
しばらく沈黙した後、エヴァンゲロスが口を開く。
「そういえば、バートランド。君の息子は今いくつでしたかな?」
「13歳です。」
「奥さんは?」
「…37歳です。私よりひと回りも年上になりました。」
バートランドには家庭がある。14年ほど前に結婚し、翌年に子供を授かっていた。その為、10年前に聖者に選ばれた時、受け入れるか躊躇ったのである。
表向きには「ただでさえサラリーマンで重労働しているのだ。これ以上働かされるのは困る。第一、聖者って給料出ないのだろう?尚更ごめんだ。」
このように回答していたが、(一部事実だとしても)内心は家庭の不安から断ったのだろう。聖者になると任期60年が終わるまで、歳を取ることはない。しかし、妻の子は別である。
1、2ヶ月ほど拒み続けていたが、最後は妻アメリアに諭されて、渋々承諾したのだった。彼が聖者になった夜、彼女はひとり部屋の隅で泣いていたらしい。
「バートランドはこの後、王室に報告書を提出すること。よろしいかな?」
「覚えていれば…ですけどね。」
そう言ってモニターが消えた。10秒ほど沈黙が続いた後、王代理は咳払いをして、各報告書を端的に伝えた。
「“カナロア”では、今年も
「毎年同じ文面ですね。恐らくは使い回しかと。」
「うむ。」
毎年“カナロア”の報告書が届くたび、エルベアドがこういう発言をすることが恒例になっている。
“カナロア”は唯一海の存在する国で、各国の人々の観光スポットとして訪れることが多い。それより盛んなのは、やはり
「“マキナ”、こちらでは引き続きクーデター対応に追われているようだ。」
「それもそうでしょう。なにせ、今年聖者になった少年が盗人だったのだから。」
トシサダが静かに呟いた。
実は去年、“マキナ”の聖者が任期を終えた。そのため、預言者が新たな聖者を占ったところ、当時15歳の少年が選ばれたのだ。
しかもその少年は、度々盗みを繰り返すとのことで、信仰心の高い“マキナ”ではクーデターが勃発したのだ。
そのため、今もその騒ぎを鎮静させるため、聖者をはじめとした“マキナ”の人々は大忙しということである。
「1国だけの問題かもしれませんが、このまま放置しておくと、いずれ他国にも影響が発生するかと思われます。我々、他国も協力することがベターかと考えますが…」
「うむ。ただ、下手に手を出せば逆上しかねない。ひとまず様子見だな。」
口数の少ないアインハードの意見を、長く白い髭を触りながらエヴァンゲロスはフォローした。近いうちに、この表題について話し合うことが約束された。
「我々“タピオ”では、特に大きな問題は起きておりません。ただ私の占いによると、近いうちに禍が訪れるやもしれません。邪気を感じ取りました。」
「何だと?もっと具体的にわからんのか?」
「具体的にはまだ分かっておりませんが、これまでの邪気とは幾分異なった感覚がありました。“悪”の復活に関与している可能性も…」
トシサダの言葉で、辺りは再び沈み上がった。
「私は引き続き調査を続けます。しかし迂闊に国民への公表は避けたい。」
「それもそうだな。よろしく頼むぞ。全く、今のところ“カナロア”くらいだな。安心できる国は…」
王代理はそう漏らした。
「我々“ホーラ”では異常はありません。今回入学した、時期王候補者も少しずつですが成長しています。」
エルベアドの落ち着いた声が、談話室に響く。それを聞いて、王代理も安心したように頷いた。
「ならばよろしい。では、これをもって今回の報告会を終了する。今の記録を、各国の聖者にも転送するように。」
「はっ!」
エヴァンゲロスの執事は、そそくさと出て行った。
「それにしても“ヤカテクトリ”の現状はわからないな。」
「彼がきちんと提出するでしょうか?」
「五分五分だな。」
3人は王室を出た。すると1台の馬車があり、2人の護衛がいた。
「エルベアド様はこちらに乗って、お先に“ホーラ”にお戻りください。私は少々こちらに用がございますので。」
忠実なる騎士はそう言った。そして、2人の護衛はエルベアドに近寄った。
「リアム!ウルリック!エルベアド様の護衛を頼むぞ。私もすぐ戻る。」
「承知致しました。」
細身の騎士はエルベアドの手を取り、馬車に乗車させた。その後、巨大な騎士とともに、各自の愛馬に跨った。
「
その声に合わせて、場所を引っ張る馬も、騎士が乗った愛馬も走り出した。それを見送った後、トシサダは歩き出した。
「トシサダ様は馬車などに乗らないのでしょうか?」
「私は生憎狭いところが嫌いでな。のんびりと歩いて帰りたいのだ。」
陰陽師は目を細めて微笑むと、独り歩き出した。その後ろ姿が見えなくなると、アインハードは口笛を吹き、愛馬を呼ぶと身軽に跨った。
そして馬の腹を蹴ると、風のように走り出した。
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