Ⅰ - Ⅹ 試験に向けて
エルベアドとのお喋りは楽しかった。
聖者といえども人間である。為になる話と思いきや、最近起きたくだらない話も多かった。
その中でも印象的だった内容は、以下の通りである。
国立図書館に足を運ぼうとしたエルベアドだったが、執事たちに止められたという。「聖者自らが国立図書館に現れたら騒ぎになる。」という理由である。
しぶしぶ諦めて、自身の書斎の本を読むことにした。本来なら執事たちに、どの本を読むか伝えて探してもらうのだが、たまには自分で探すのも楽しいだろうと思い、ひっそりと本棚に向かった。
本棚は3メートル強と、彼の身長よりもはるかに高い為、近くにあった脚立を利用することにした。その脚立は不安定であったが、気にせず足をかけたのである。
この先は誰でも予想できるであろう。
彼はある程度高くまで登った後、その脚立ごと倒れてしまったのだ。幸いにも軽い捻挫だけで済んだのだが、その後執事たちに叱責を喰らったのはいうまでもない。
「その証拠さ。」
エルベアドは靴を脱ぎ、包帯の巻かれた右足を見せた。本来なら魔法治癒術ですぐ治るところだが「以後、このような無茶はなさないよう!」という執事からの罰として、自然治療となってしまったのだ。
「治癒術はくすぐったいし、大したことないから問題ないだろう。」
彼は彼女らに笑って見せたが、彼女らにしてみれば痩せ我慢のように感じた。実際に大した怪我ではないのだか…
この話を帰りの列車に乗りながら、3人は笑っていた。
「エルベアド様って、意外とお茶目なのね。」
レイチェルがお腹を抱えて笑った。その笑い声につられて、2人も笑いが止まらなかった。
「それにしても本を探すなら、魔法を使えば良いのに…」
アイリーが最もな意見をいうと、「そういうところがあの人の不思議なところなのよ」とミラが答える。
「そういえばレイチェル。この前のプレゼントもう送ったの?」
入学祝いに来てくれた兄弟に向けてのプレゼントのことである。
「えぇ。きちんと届いたかはわからないけど。だって連絡をくれないんだもの。」
手紙のひとつくらい送ってくれても良いのにと付け加えた。それを聞いてアイリーも、両親に手紙を書こうと思った。ウードに渡せば、きっと届けてくれるだろう。
それからのアイリーは、授業についていけるようになった。イルゼからコツを受け、魔法を発動することができるようになった。
ブローチは白色閃光を放ち、他の生徒に引けを取らない。それどころか人間とは思えない器用さであった。“ものを浮遊し移動させる”魔法は当然のこと、新しく防衛学で学んだ“壁を作る”魔法もすぐに習得した。
防衛学の教師、ヴァレットは表情には出さず、無愛想に拍手をしたが、内心はとても驚いていた。それもそのはず、防衛学のような戦闘系の魔法は日常魔法よりも困難である。それをついこの間まで魔法を使ったことのない人間が、最も容易く使いこなせているのだ。
アイリー本人も確かな手応えを感じた。
「イルゼさんの言った通りだわ。今度彼女に会ったらお礼をしなくちゃ!」
そう思うと、より授業に精が入った。
夏休みが近づいてきた。夏休みが明けると魔法試験がある。この魔法試験に合格しないと、冬休みを迎えられないどころか、2学年にも進級できないのだ。
「実技は練習あるのみ。万が一のことも考えて、図書館でいくつか似たような魔法を覚えておくと、応用が効くのよ。」
そういうのは、アイリー達の副寮長ニナである。成績は決してよくないが、人望は厚い。試験を突破するコツは、偉才のカミーユよりも、最低ラインの少し上を確実に取れるニナのようなタイプの方が、ずっと為になるのだ。
寮の1学年は談話室のソファに腰を下ろし、彼女の話を聞いていた。
「座学はね、覚えるしかないわ。ただ、チェルチ先生は要注意よ!“悪破滅論”なんか記述すれば、即呼び出しよ。」
特に最近の彼の様子は変だと、ニナは言った。もともと“悪”への異様なまでの執着はあったものの、ここ最近はそれを遥かに上回る熱量ぶりである。
1学年はごくっと息を呑んだ。とにかく彼を刺激するのはよそうと、顔も見合わせて頷いた。
今日から週2日、授業終わりにアイリーたちの寮内では、学習時間が設けられた。参加者は1、2学年が多い。上級生の参加率が低いのは、この時期に毎年開催される
アマチュアとシニアがあり、アマチュアは18歳以下、それ以上がシニアになる。シニアは一人で3種目挑戦するのに対し、アマチュアは団体戦が存在している。何地点かで交代することから“リレー”と呼ばれることもある。
ただし「決闘」だけは対人戦のため、“リレー“ではない。
この大会は、毎年夏休み明けに行われる。競技の中に「水泳」が含まれている為、大体大会の会場は海が存在する国“カナロア”である。
アイリーたちの寮内の学者時間では、座学よりも実技が中心だった。ただし、教師に見つかるような派手な魔法は禁止している。
「壁を作る魔法は、練習していくとより強力な壁ができるようになるわ。」
学習に参加していた3学年のジュリア・クラメールが言った。それに従ってレイチェルが呪文を練習し続けると、確かに壁が厚くなった。「すごいわね。口では分かっていても、中々できないものよ。私のようにね。」と、ジュリアはウインクをする。
ジュリア自身は実技が得意ではないが、実技の技術はよく知っていた。理由は彼女のひとつ年上の彼氏が、フェルディナン・デェフロという
常に前髪をオールバックにしたワイルドな顔立ちで、多くのファンがいる。選手としては勇敢なイメージがあるが、彼女の前になると猫のように甘えてくるのだ(と、ジュリアは自慢げに語り始めた)。
「彼はカッコつけたがり屋さんなのよ。だからいつも名言を言いたがるの。私からすれば、そんな身の丈に合わないようなことしなくて良いのにって思ってるのだけどね。」
アイリーとレイチェルは、恋愛話に興味津々だったが、ミラは「彼氏自慢かしら…」と少し呆れた様子である。
「実技の試験では決闘が多いから、まずは相手の攻撃から身を守る術を身につけることが大切だわ。防御は最大の攻撃っていうじゃない。」
攻撃は最大の防御ではないか?とミラは思っていたが、何も言わなかった。防衛術を身に付けることの重要性は、よく知っていたからである。
彼女の意見にニナも賛成であった。そのため、7:3の割合で、防御と攻撃魔法を練習させた。ただし、学校の授業で習った魔法が基本である。
こうして寮内は週2日、夕方になると一際賑やかで、あちこち魔法が飛び交うお祭り騒ぎになっていた。ソファの敷物に穴が空いていたのも、そのせいであろう。
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