Ⅰ - Ⅶ 魔法を使うには

エルベアドの屋敷に向かう前、レイチェルとミラが一旦部屋に戻るようなので、アイリーは近くの広場にいた。

ベンチに座って、魔法の練習をしていた。


すると突然目の前が暗くなったので顔を上げると、ひとりの女性がいた。


「あなたが時期王候補のアイリーさんかしら。」

「…」

「ごめんなさい。警戒して当然よね。私はイルゼ・フォン・ヴォイルシュと言います。5年くらい前までは聖者でした。」


長い紅の髪色、瞳は優しいダークブラウンである。イルゼはアイリーの隣に座った。


「私、もし聖者でなかったら79歳なのよ。」

「え?79歳!?」


イルゼは鈴のような笑い声をあげて、説明した。


「えぇ、聖者は任期まで年を取らない魔法がかけられるの。だから任期が終わると、またみんなと一緒に歳をとるのよ。これは王様や預言者も同じ。ただ、彼らは任期ではなく魔力の衰えなのだけれどね。」


それをアイリーは下を向いた。自分が王になったら、ひとりだけ歳をとらずに、周りだけ歳をとっていくのかと言うことに、恐怖を覚えた。


「初めて魔法を使うことは難しいわ。でも実はコツがあるの。それは“愛”よ。」


愛と聞いて赤面したアイリーをみて、イルゼは微笑んだ。イルゼは愛情という中でも、勇気に近いもので、何かを守りたいと強く思うことが秘訣だと言った。


「例えば両親について考えればよいのよ。」


言われたままに、彼女は両親のことを考えた。鍛冶屋で汗水流すたくましい父親、美味しいご飯を作ってくれる母親、まだ顔を合わせたこともないが、両親の授かった新しい生命。

それを思い呪文を唱えようとした時、ブローチが輝きだしたのだ。


「その調子よ。」


少女のような声を上げたイルゼと同時に、彼女らの前に一台の馬車が止まった。御者から降りてきたのは、アイリーをこの世界に連れてきたシルクハットの男だった。


「イルゼ様、お時間です。」

「ウード・フォン・シュライヒャーね。参りましょう。」


赤毛の女性は立ち上がり、アイリーの額に接吻をすると、馬車に乗った。


「アイリー殿、お元気でいらっしゃいますか?」

「はい。」


ウードはシルクハットを軽く上げた。微笑みを浮かべると、目尻の皺が一層際立った。


透明馬クラールハイトが引く馬車が去った後、レイチェルとミラが到着した。

イルゼにあったことを報告すると、2人は驚いたが「素敵な人だよね。」と一言付け加えた。



エルベアドの屋敷まで行くために、彼女らは列車を利用した。入学式に多くの生徒が利用していたものだ。

車内は個室になっている席もあったので、3人は空いている個室に着席した。


「イルゼ様は元聖者と言っていたけれど、他にもそういう人がいるってこと?」

「そうね。1番身近な方だと、アイヒベルガー校長ね。」

「え!校長先生が!?」


アイリーの驚く表情を見て、ミラはゆっくりと頷いた。彼女が初めて彼を見た時に感じた、貫禄の違和感はこれが原因であった。


「任期中の聖者は歳を取らないのよ。でも終わるとこれまで通り歳を取るから、どうしても精神に肉体がついていけないことがあるみたい。特に若くして聖者になってしまった人に多いそうよ。」


青い瞳は伏せがちになった。他人事ではないのだ。いずれ王になったら自分たちもそうなってしまうのではないか、そういう不安が3人を押し寄せた。


しかしアイリーはすぐに顔を上げた。

こういう不安を全て、これから向かう聖者に相談すればよいのではないか。

何も3人だけで支え合う必要はないのだ。



窓の外に美しい薔薇が広がっている。この通りは“薔薇の小道ローズンストリート”と呼ばれ、5つの国の中でも有名な観光スポットのひとつである。


初めてここに訪れた旅人ウォルター・ジョン・ロビンソンがそう呼んだことから、このような名前が広まったと言われているが、非公式である。そのため看板はないので、気がついたら小道に入っていることが多い。


窓を開けると薔薇の香りが漂ってくる。自然と3人の気持ちは落ち着き、お喋りに花を咲かせていた。




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