Ⅰ - Ⅵ ”悪”と”闘い(シュラハト)”

 アイリーの予感は的中した。魔法歴史学のような座学では問題なかったが、実技となるとやはりうまくいかなかった。他の生徒が次々と成功させる中、アイリーはブローチを輝かすことができずにいた。13歳とは思えない体格のオーギュスタンが隣で笑っている。


「人間様、相変わらずの才能ですなー」


そう言ったので、アイリーも黙ってはいられず言い返そうとしたが、その時オーギュスタンが前屈みに倒れた。頭にボールが当たったのだ。


そのボールは彼の頭部に当たった後、持ち主の元に戻った。そのボールを手にした少年はにんまりと口角をあげを「クリティカルヒット!」と言った。


起き上がった巨体は頭に血管を浮かべ、その少年に突進してきた。すると少年は右手をあげ、人差し指を立てた。その指が滑らかに左は払われると、オーギュスタンは方向を変え左へ進んだのだ。


そのまま彼は、ルイとニコラにぶつかった。それを見て、その少年と周りにいた生徒は笑った。

騒ぎに駆けつけたメレンドルフは「何事ですか。」と叱責した。その少年クレシェンツィオ・レオーニは鼻歌交じりで誤魔化した。白い肌に目立つそばかすは、彼の生意気さを際立たせた。


白髪の教師はため息を漏らし、生徒全員に集合するように号令をかけた。

アイリーのそばに駆け寄ったミラとレイチェルは先ほどの出来事を聞くと「まさかあのが助けてくれるとはね。」と安堵した。


「今日の実技は終わりです。次の授業は教室ですので、速やかに戻るように。」




 今日の座学ではシモーネ・チェルチの「悪について」の講義であった。


「“悪”とは遠い昔、神が抱いていた二つの思想の一つである。悪は世界を滅ぼし、破滅へ追い込むのだ。しかし破滅は新たな世界の誕生でもあり、必ずしも間違った行為ではない。」


少々過激なことを言うので、生徒は不安な表情を浮かべた。しかし、中にはルイのようなやんちゃな男子学生は心を躍らせていた。


「そして、この“悪”が再び現れたのは…」


「75年前の“闘いシュラハト”です。」


ミラが答えた。シモーネは尖った顎をさすりながら、不快な笑顔を浮かべた。


「“闘いシュラハト”では兵士だけでなく、女子供を含めた多くの生命を奪った。しかもそれは“悪”たった1人を相手にだ。これにより多くの聖者も亡くなったのだ。見渡す限りの死体の山、泣き叫ぶ子どもの下半身はなかったとか…」


「もうその辺にしておきなさい。チェルチ先生。」


これ以上恐ろしい話を聞くことができない生徒の前に、突如校長が現れた。


「生徒たちが怯えている。過去の話なのだし、そこまで深入りする必要もないでしょう。」


「チッ、生き残りが!」


舌打ちをするシモーネは機嫌を損ねて、授業を中断してしまった。普通ならば許されない行為だが、今回は例外である。


「チェルチ先生は一族を“闘いシュラハト”でなくしているのだ。」


校長は生徒を解散させ、教室を出て行った。生徒たちはまるで呪縛から解き放たれたかのような優しい穏やかな表情を浮かべている。アイリーたち3人は校長を追った。


「校長先生…」


レイチェルが不安そうな顔を向けると、校長ガーランは頷いた。


「近いうちに“悪”は蘇る。君たちはその“悪”に備えて立派に成長しなければならないのだ。」


これは時期王候補だからこそ感じる重圧感である。それがどれほどのものかは、彼は理解している。


震える3人を見て「今日は放課後、エルベアドの屋敷に行きなさい。きっと落ち着くはずだから。」と言うと、忽然と姿を消した。

3人は顔を見合わせて、再び校長のいた廊下を見つめた。

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