Ⅰ - Ⅱ 自由時間

 メレンドルフは「日常魔法」の教師である。日常生活に必要な基礎的な魔法を教える。これは、大体の生徒が入学する前から身につけていることが多いが、それ以外にも社会規範などを学ぶことが目的である。

この授業は「座学」に該当するが、実際に魔法を使用するため、ある意味「実践」といっても問題ない。


アイリーたちは、着席すると早速授業が始まった。


「本日は、物を引き寄せる魔法を教えます。」


そう言って、メレンドルフが呪文を唱えると、授業中にお菓子を食べていた少年のお菓子を取り上げてしまった。


「あれ?」

「ミスター・レオーニ。今は授業中ですよ。こういうことは、休み時間にすること。良いですね。」


クレシェンツィオ・レオーニは、少し納得しない様子だったが、首を縦に振った。


(あの子、入学式で寝ていた子だわ。同じクラスだったのね。)


アイリーたちはみんなで笑った。


「では、皆さんも始めてみてください。」


そういうと、みんな呪文を唱え始めた。

日常的な呪文であるため、2、3回繰り返せば成功する人が多かった。


その中でも、ミラとレイチェルは別格で、予習の成果もあり、なんと1回で成功してしまったのだ。周りの生徒が驚きの声をあげ、教師も拍手をした。


その様子を面白くなさそうにみていたのは、ルイ・ド・ゴンザーク・ヌヴェールのような、純潔貴族だった。彼らのようにプライドの高い者は、他人の成功を素直に喜ぶことができないのだ。

そんな彼が唯一「こいつは面白い」と思ったものがいる。それがアイリーだった。理由はひとつ。使だった。


アイリーはどうやっても上手くいかなかった。どんなに呪文を唱えても、彼女のブローチが輝くことはない。


その様子を見ていたメレンドルフは、白髪頭をさすりながら彼女の元に向かった。そして魔法の使い方を説明した。しかしそれを聞いても彼女は魔法を使うことはできなかった。


それを見て教師も頭を悩ませてしまった。生まれてから自然と使うことのできることを、どう説明すれば良いのか。

「呼吸の仕方を教えてください!」と言っているようなものだった。


そんな様子をレイチェルは心配そうに見ていた。しかし彼女もまたどうすることもできなかった。


結局この日の授業では、人間の少女は何もできず終礼するのであった。




 授業が終わると、各自自由時間が与えられる。1学年の門限は午後9時、2学年は午後10時、3学年以降は午後11時である。その間は外出も自由であり、多くの生徒は南東にある商店街に行くことが日課になっていた。


アイリーたち3人は商店街に行くか話し合っていたが、その話を遮るように声をかけてきた人がいた。ルイ率いる、である。

エリートといっても彼らがエリートなのではなく、純潔貴族の中には、純潔であることがエリートの証拠だというものが存在し、彼らもそう思っているだけである。ただ実際彼らにエリートと呼べる実績は存在しない。


ルイの後ろには2人いた。比較的体格の良いオーギュスタン・デ・ボーと、小柄のニコラ・ド・トゥールズである。


「聞いたぞ、ミス・シュトライヒ。お前、人間なんだって!どおりで、あんな魔法も使えないのか。」


黒髪のルイが皮肉を込めていうと、残りの2人が笑った。

アイリーはポカンとしていた。理由は「誰?この人たち?」といった具合に、彼らを知らなかったからだ。


すかさずレイチェルが言い返した。


「なんなの貴方達!2人とも、こんな人たち無視していきましょう。」

「ヴァルモーデン家のお姫様もそう思ってんだろう。こいつ、人間だぜ。」


同じエリート貴族のミラの話を振る。しかし彼女ははっきりした発音でこう言った。


「気安く私に話しかけないでちょうだい。下衆が。」


そう言ってミラは、アイリーとレイチェルの手を引っ張ってこの場を離れた。

彼女らの後ろ姿をみて、ルイは癇癪を起こし悪態をつくと「覚えてろよ、小娘が!」といって、3人も反対方向に走って行ってしまった。


「ミラ、ありがとう。」


アイリーとレイチェルはそう言った。


「別に大したことはしてないわ。ただ何もできないくせに、偉そうな態度を取られたのが腹たっただけよ。」


レイチェルは「まったく、ミラは素直じゃないんだから。」と言って笑った。

アイリーも一緒に笑った。


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