Ⅱ - Ⅳ 宿るもの

 校長室を出て左に曲がり、しばらくすると行き止まりになった。しかし、アインハードは右手に抱えたヘルメットを左手に持ち替えると、左の腰にある剣を右手で抜き、ブツブツ唱えた。

すると、行き止まりの壁が奥に動き、下へつながる階段ができた。


(本当に魔法使いなのね。一見、何もないところにもいろんな仕掛けがあるなんて。)


アイリーが驚いていると、それを無視してアインハードは階段を降りていった。


「あ!待ってください!」


一声かけてくれてもいいのにと膨れ面をしながら、彼女も階段を降りた。階段を降りると、長く広い部屋が現れた。そして、その壁にはたくさん肖像画と、その下にその人が愛用していたと思われる品が飾ってあった。


「ここは…」


「我々聖者や王のみが入室できる部屋だ。ここに飾られている肖像画は、これまでの王など偉大な方々だ。」


そう説明すると彼は、その中の1人の肖像画まで歩いて行った。そして、アイリーにも隣に来るよう言ったので、彼女は少し駆け足で彼の横に向かった。


女性の肖像画だった。白黒で色味はわからなかったが、愛らしい表情でこちらを向いている。綺麗に巻かれた髪は鎖骨まであり、胸元が見えるような大胆なドレスを纏っている。

その肖像画は動かないはずなのに、不思議とアイリーを見つめているようであった。


アインハードは、その肖像画の下にある、ティアラの入ったケースを見つめた。するとそのケースが開き、ティアラが出てきたのだ。


「これは?」


「この方の“宿るもの”だ。」


“宿るもの”とは何かを尋ねると、彼は視線を初めてアイリーに向けた。金色の鋭い瞳に、アイリーは一瞬どきりとしたものの、すぐに話に戻った。


「“宿るもの”とは、我々魔法使いが魔法を使うのに必要なとなるものだ。生まれた時に、魔法使いは皆、ひとつ大切なものに魔力を閉じ込めるのだ。人間たちの御伽噺では杖とか出てくるだろう。あれも一種のそういうものだ。」


そういうと彼は剣を見せた。彼にとっての“宿るもの”はこれだという。生まれた時から騎士になる運命を持った彼が、初めて与えられたものがこの剣だった。

“宿るもの”は魔法使いにとって大切なものであり、生涯無くなったり、破壊されたりすることはないという。


(そういえば、ここに連れてきてくださった男性も、胸ポケットのピンを執拗に触っていたわ。きっと、あれが彼の“宿るもの”なんだわ。)


「魔法使いが死ぬ時、自身の魔力をこの“宿るもの”に封印して保管することがある。とくに偉業を成し遂げた方は、こうして“宿るもの”に魔力を封印したりするのだ。」


そう説明すると、アインハードはアイリーの手を取り、ティアラに触れさせた。突然異性に手を触れられたため、彼女は赤面した。

しかしそのティアラに触れると、不思議と心が落ち着き、むしろ身体に力がみなぎってきた。


「…感じるだろう。これが彼女の魔力だ。」


そして彼は鋭い金色の瞳を光らせて、彼女の全身を隈なく見ていた。その行為に、さらにアイリーは赤くなり、そっぽを向いた。


「…あの…」


絞り出すような声で、ようやく彼女が発言した時、それを遮るように


「そのブローチは?」


とアインハードが聞いた。


「私の両親がくれた宝物です。」


この世界に来る前に、両親が中学入学祝いとしてくれた、手作りのブローチ。今は胸元につけている。成り行きについて話すと、彼は「そうか。“宿るもの”にふさわしいな。」と呟いた。


そして彼はヘルメットを床に置き、アイリーのもう片方の手を握り、彼女のブローチに持っていった。


「…君はまだ“宿るもの”に魔力を閉じ込めていない。これから本格的に魔術を扱うのであれば、閉じ込めておく必要がある。」


アイリーの右手はティアラに、左手は自身のブローチに当てている。すると、突然ティアラが金色に光りだし、その光はそこからブローチへと道筋を描いた。


「これは?」


「…彼女の魔力を借りている。“宿るもの”に魔力を封じるには、それなりの強い魔力が必要だからな。」


自身の魔力がブローチの中に集約する感覚は、彼女の身体を奮い立たせた。


(これが、私の魔力…っ!)


しばらくするとその光は消えた。

それを無事確認すると、アインハードはティアラをケースに戻し、床に置いたヘルメットを拾い上げ出口に向かう。


「やるべきことは終えた。君は教室に向かうといい。」


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