Ⅱ - Ⅱ レイチェル

 目覚まし時計がなる。小さい頃から使っているアナログ型の置き時計で、優しくもはっきりした目覚まし音は、いつもアイリーを起こしてくれた。


(目を覚ましたら全て夢でした!なんてことはないみたいね。)


ささやかな希望も打ち砕かれ、渋々支度を始めた。


アイリーは赤いワンピースに着替えた。

丸襟の側に3つのボタンがある。袖は肘よりも少し短く、先が折り返されている。腰上で締まりがあり、スカートは膝より10センチほど短くフレア状になっている。


髪型は綺麗にブラッシングし、おろしていくことにした。靴下は足首が隠れる長さの短いもので、フリルがついている。

靴は、いつも履いているお気に入りの黒いヒールである。かかとの高さは3センチほどで、足の甲をクロスするようにバンドが付いている。



 荷物を抱えて、学校に向かった。


(昨日ぐっすりと寝たはずなのに、緊張からか、なんか体がだるい感じがする。)


通学路にある建物は、アイリーの故郷と変わらないような家や店が連なっている。

不思議なことにこの通りに人影はなかった。しかし、その理由はすぐに分かった。


学校近くにある汽車から、多くの少年少女が降りてきたのだ。他の学生は皆、汽車で登校していたのだ。誰もが大きな鞄を持っていることから、おそらく学校は寮生活なのだろうと、アイリーは察した。

そして、その人混みに混ざるようにして、彼女の初登校は無事に終わった。



 学校に着くと12人ほどの案内人(おそらく教師だろう)が、生徒を誘導していた。しかし、かなりの人混みのため、なかなか前には進めず、何が起きているのか、アイリーにはよく見えなかった。

思い切って背伸びをしたところ、バランスを崩して、隣にいた少女にぶつかってしまった。


「ごめんなさい!」

「こんな人混みなのだし、別に構わないわ。」


大きなサファイアの瞳と、透き通るグレイの髪の毛は毛先だけゆるく巻かれ、腰で揺れている。

服装はいかにも令嬢であるかを想像させる高級そうな青いワンピースであった。丸襟の下には白いリボンがあり、その周りに白いフリルがついている。袖は七分丈で、肩の方で一度窄まってから広がるような形をしていた。スカートの裾はフリルが付いたフレア状で、長さは膝にかかるほどであった。

ヒールの高さは3センチあり、靴先にリボンがついていた。靴下は白く上品なものであった。


一際目立つのが、左の中指にはめてある指輪である。1センチほどの大きな青いダイヤモンドがはまり、それに見合う彫刻が施されている。


アイリーはあまりの美しさに、返事もせずしばらく見とれていた。するとその少女は


「なんなの?さっきからじーっと見てきて…」


と少し不快な表情を浮かべたので、アイリーはすぐに謝った。

その返事を聞くと、その少女は呆れ顔で正面を向いた。


(とても綺麗な人だけど、なんだか冷たくされた感じ。)


入学早々落ち込んでいると、あっという間に生徒の波にのまれてしまった。

やっとの思いで案内人の前までたどり着くと、案内人はアイリーの顔をまじまじと見た。


「君、アイリー・シュトライヒで合ってる?」

「そうですけど…」


そう答えると、案内人は安堵した表情をし、言葉を続けた。


「君は教室に行くより先に、校長室に向かってほしい。」


そういうと、案内人は杖を取り出し、昨日の男同様に四角を描き、地図を生成した。しかし昨日と異なり、きちんとした紙状の地図に変化し、それをアイリーに渡した。

その地図をもとに、彼女は校長室へ向かうことにした。



 校長室に向かう通りは、先ほどと異なりとても静かである。人影もない。

通りは少し薄暗い長い通路になっていて、左側にガラス窓、右側にドアが何個かある。


しばらく真っ直ぐ歩いていると、後ろから優しく透き通る声で呼び止められた。


少しタレ目の深いエメラルドの瞳、耳より少し長い髪は器用に巻かれていて、緑の厚めのカチューシャは小さなリボンと白いフリルがついている。

緑のワンピースは襟がなく、鎖骨が見えた。袖は広がっていて、肘にかかる長さである。

スカートはアイリー同様に、フレア状になっており、膝にかかる長さである。

足首の長さの靴下は緑色で、黒いローファーがよく似合っている。


呼び止めた少女は、首元に垂らした親指ほどの大きさの縦笛のネックレスを揺らしながら、大きな荷物を両手で抱えながら走ってきた。


「ここにいるってことは、もしかしてあなたも候補者なの?」

「候補者って…」

「時期王候補者!」


大きな緑の瞳に見つめられ、思わずルビー色の瞳は下を向いた。

そして、聞こえるかわからない大きさで


「う…うん。」


と答える。

するとその少女は、とても嬉しそうに声を張り上げた。


「良かった〜、同じ候補者が優しそうな人で!怖い人だったらどうしようと思ってたの。あ!でも、思わず王候補の話しちゃったけど、これって秘密なのよね。」


自身の失態に笑ってしまうような元気の良い少女の様子をみて、アイリーは思わず一緒に笑ってしまった。


一緒に校長室に向かう間、互いに自己紹介をする。


「私、レイチェル・フリンツァーというの。実は隣国の“タピオ”という自然豊かな国から来たのよ!この国のことはよく知らないから、いろいろ教えてちょうだい。」


そう言ってレイチェルは手を差し伸べた。アイリーはその手を掴み、少し申し訳なさそうに、自身の正体を明かした。

同じ王候補生、隠す必要はないだろう。


レイチェルは、初めこそ驚いた表情を浮かべたが、すぐにいつも通りの笑顔に戻った。人間の間から、魔法使いが生まれることは、決して珍しいことではないと、彼女は教える。


「私も実は、母親が人間なの。魔法使いの父親と結婚して、こっちで生活してるのよ。驚いた?」

「うん。とても。」

「だから人間については、他の人より知ってるつもり。といっても、たいした違いなんてないのだから、もっと自信持っていいと思う!」


そう言ってレイチェルは満面の笑みを浮かべた。その励ましを受け、アイリーはどこか心に引っかかっていた不安が解消され、少し背筋を伸ばした。




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