Ⅱ 「出会い」
Ⅱ - Ⅰ 境界先
馬車は馬を使わずに動き出した。真夜中なのに、灯もつけずに進んでいる。
その様子を不思議そうにアイリーが見ていると、男が少し楽しげに声をかけた。
「人間界では、この生き物が見えないのですよ。ですので怪しまれぬよう、我々は夜中に行動することが多いのです。こいつらは眼が良いので、暗闇もかけることが可能なのです。」
しばらくしてこの領域と、向こうの領域を隔てる“壁”が見えてきた。壁といっても、あたり一面が白いベールで覆われた境界線であり、厳密には“壁”ではない。
小さい頃にアイリーは、ベスとケリーとここに来たことがある。その時、思い切ってその境界線に手を突っ込んだのだが、そこは堅い何かがあり、まるで“壁”のようだったことから、彼女らはずっと壁だと思っていた。
しかし、御者台に座っている男は、胸のピンを擦った後、右手をあげ、丸いドアノブを掴むような仕草をした。
そしてそのドアノブを捻るような動作をした途端、“壁”のベールが晴れ、目の前にトンネルが現れた。
「うそっ!さっきまで“壁”だったのに!」
「これが魔法です。そしてこのトンネルを通ると、境界先に到着します。」
(あぁ、もう後戻りはできない。しばらくは、この世界とはお別れなのね。)
不安はあったが、抵抗しようもないため、彼女はそのまま身を委ねることにした。どうか無事でありますように、そして家族が平和に暮らせますように、そう祈り続けた。
トンネルを抜けると、そこもまた真夜中であった。ただ先ほどと大きく異なることは、アイリーが乗っている馬車を、数匹の透明な馬が引いていることだった。
「ほら見えるようになったでしょう。こいつは“
形こそ馬に似ていたが、その身体は硝子のように透けていて、まるで硝子でできた馬の置物のようである。透明なのに内臓などは見えず、向こうの景色が透けて見える。
あたりは暗くはっきりとは分からなかったが、アイリーの世界と変わらず、小さな家がたくさんあった。しかし家畜を含めた生き物が異なった。尻尾をぐるぐるフランクフルトのようにしたネズミの大群、牛はやたらと大きく全長3メートル以上はあった。
しばらくして一際大きな建物が見えてきた。暗がりでもはっきりと姿形がわかる。まるで城のようだ。頂上には大きな時計があり、ギリシャ数字で表記された文字盤と、彫刻のように繊細なデザインが施された長針と短針、その下には振り子がついている。長細い時計台の下には、横長い宮殿が広がっている。
大きさは暗闇ではっきりとしないが、人間が米粒のように小さく感じるほどだ。
「一際大きい建物でしょう。あれが学校です。」
「え!学校なの!」
アイリーたちの領域では、木造建物で地元の子どもが通うのに、ちょうど良い大きさの建物だった。とても比べ物にはならなかった。
学校に向かっていると思っていたアイリーであったが、学校との距離およそ1キロメートルの所にある宿で馬車は止まった。
「本日はここで泊まって下さい。手続きは済ませてありますので、くれぐれも勝手に外に出たりしないで下さい。真夜中、魔法を使いこなせない者が、1人で彷徨くのは危険ですので。」
そういうと、男は学校の方を指さした。
「明日は、午前8時に学校に登校してください。この道を真っ直ぐ進めば10、15分ほどで到着します。」
そこまで説明すると、男は御者台の座った。そして、シルクハットを軽くあげるように挨拶をし、暗闇の中に消えた。
(聞きたいことはたくさんあったけど、今日はもう疲れた。)
宿に入り、名を名乗ると小さな一室を与えられた。ベッドと机、シャワールームなど最低限のものが揃えられている。
まとめた荷物を床に置き、アイリーはベッドに腰掛けた。ひとつに束ねた栗色の髪の毛を解き、そのままベッドに横になった。
なぜこんなことになったのだろう。今まで家族と、忙しくとも幸せな生活をしていたのに、突然境界先の人が現れ、こちらに連れて行かれた。
「魔法なんて、私に使えるのかしら。」
そう呟き、ブローチを触る。
くよくよしていてもしょうがない。今日はさっさと寝て、学校に行くしかない。
シャワーを浴び、寝巻きに着替えるとすぐ眠たくなった。アイリーは、そのまま眠りに落ちた。
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