Ⅰ - Ⅱ 魔法使い

「なんだって!」


家族皆が、驚きと困惑の表情を浮かべた。


「話は長くなりますので、どうか中に入れてもらうことは可能でしょうか。」



 男をリビングに招き入れ、お茶を出した。4人用テーブルに、男とアイリーの両親は向き合うような形で着席する。アイリーは、母親のそばに立った。


「このような事態になったため、あなた方には真実を話さなければいけません。特に、私たちの住むについて。」


そういうと、男はスーツの胸ポケットに挿してあるピンをさすりながら、ブツブツ呟いた。

そして両手をテーブルの上に乗せ、右手の人差し指で、テーブルに四角を描いた。するとなぞったところが線状に光り、視覚的に浮かび上がったのだ。


「我々の者は使です。魔法が使える種族なのです。」


男が描いた長方形の中に、地図が浮かび上がった。


「これは我々の世界“ヴァスドル”の地図です。皆様も拝見したことがあると思います。」


“ヴァスドル”には5つの国が存在している。5つの国は、生活や文化、価値観が異なる。

その中の一つであり、アイリーたちが暮らす“ホーラ”は、その中でも中世的で、芸術的な建物が存在する、歴史深い国である。


「どの国にも三分の一に、我々魔法使いが住む領域が存在しています。私たちは、王を中心に世界の平衡を保ってきました。そして、王の任期が終わりを迎えるため、時期王を探しています。それがあなた、アイリー殿なのです。彼女は、時期王候補としてされました。」

「おいおい、話が一方的でよくわからんのだが。」


父親が話を遮った。そして母親と目を合わすと、次は母親が口を開いた。


「つまり、私たちの娘を、そちらの世界の王様にしようとしているということですか。」


「厳密には違います。我々の王は世界そのものの王なのです。つまり、あなた方の王でもある。」


「そんな話聞いたことないぞ!」


「はい、ごもっともです。我々の存在は内密にしてありますから。」


まるで聞いたことない話−境界先の住民は魔法使いであること、世界の王が存在すること、そしてアイリーがその王の候補に選ばれてしまったこと−は、家族を困惑させた。



しばらくの沈黙が続き、再び男は話を続ける。


「稀に、人間の間に魔法使いが生まれることがあります。そういう場合は、こちらに連れていっているのです。」


「…うちの娘も、魔法使いなのか?」


「そのように伺っております。」


「魔法なんか使ったことないのに。」


母親はもう涙目だった。

突然現れた男に、真実というものを聞かされ、挙げ句の果てに娘を渡せと言われているのだ。無理もないだろう。


「もし娘をそちらに引き渡したら、私たちはもう娘に会えないのでしょうか?」


男は申し訳なさそうな声音で


「厳密には不可能ではありませんが、規則上向こうの学校に通ってもらうため、最低でも5年ほどは会うことは難しいでしょう。」


そう伝えた。

それを聞いた両親は、また俯いた。


アイリーもどうすれば良いのかわからなかった。この男が嘘をついているようには感じられなかった。

ただ何となくではあったが、これはアイリーの運命さだめなのではないかと思ってしまったのだ。そしてそれはまた、彼女の両親も感じていた。



しばらくして父親が口を開いた。その瞳には何か決意を感じた。


「どうか娘をよろしく頼みます。」


両親は頭を下げ、アイリーに向き合った。


「アイリー、すまない。私たちにできることは何もない。ただいつでも、私たちはお前のことを思っている。どうか…無事で。」


そういうと、家族は皆抱き合った。



 男は御者台に乗り、こう言った。


「手紙ならばいつでも送ることは可能です。責任を持って、私が必ず届けに参ります。」


アイリーが荷物を馬車に乗せると、母親はアイリーを呼び止めた。


「これは、あなたの中学入学祝いに、私とお父さんと一緒に作ったブローチよ。これを私たちだと思って、大切にしてちょうだい。」


円形の人差し指サイズのブローチだ。ピンク色の塗装がされ、ラメが散りばめられている。裏には、アイリーの名前が彫られていた。


「お父さん、お母さん。私、行ってくるね。」


アイリーは、涙をグッと堪え、両親を抱きしめた。そして馬車に乗ると、その馬車は馬が引くこともなく動いた。きっと、魔法で動かしているのだろうと、アイリーは思った。




小さな家に生まれた少女はやがて、世界を脅かす危機に立ち向かう。運命の歯車が、動き出した。止まることはない。

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