第8話 荒廃した世界のアリス

 ──目を開けたとき、まず飛び込んできた景色は暗闇だった。

 長い夢を見ていた気がする。けれど思い出すことはできない。起きた直後、人は夢の内容を鮮明に覚えているはずなのに、私はそうでなかった。


 そのレポートのタイトルには、こう書かれていた。

 Study on Alice Dianna White──。

「私に関しての研究⋯⋯。」

 私はただの人間。少なくとも、自覚できるような超自然的な能力は持ち合わせていないのだけれど、こんな研究施設が少女一人を、確信もなく調べるなんてあり得ない。私は自覚できない力で、研究対象となったのだろうと思う。


 私の頭に激痛が走った。それは一瞬だけで、直後、痛みはまるで最初からなかったかのように消え去ったけど、あれが勘違いなわけがない。

 何、今の。⋯⋯あれ、私、エドワードと昔あったことあるっけ? 何だかどこかで見たことがあるような⋯⋯。思い違いかな。


 それとも私が可笑しいの? ⋯⋯そんな気がしてきた。私は子供だ。いや大人であっても、死体には怯える必要がある。私だって死体には、そのものには怖がった。でも、多分、エドワードなら今もあの場から動いていないだろうと思う。私はアレを見たとき、泣きもしなかった。ただ恐怖しただけ。映画とかで人が死んだ、それぐらいのホラーだった。あるいは──。


 吐きそうなくらいの血の匂い、不愉快な死体。でも私は泣かなかった。怯えなかった。ただ、気色悪いと思うだけ。殺すことにも、死体を見ることにも慣れた気がした。それとも私は元からそうなの? 

 果たして私の失った記憶は、取り返すべき記憶なのか、疑問が浮かんだ。

「⋯⋯今は先に進むしかない。」

 再び私は独りになった。


 幸いなことに奴らは人外ではあるけど、そこまで銃撃に強いわけではない。頭をぶち抜けば死ぬし、体に命中してもさも人間のように痛がり、人間のように死ぬ。化物は化物らしくくたばれ⋯⋯本当にそう思うぐらい、私の心は惨たらしくなっていた。


 どうして私はこんなことをしている?

 どうして私はこんなことになっている?

 どうして私はこうならなければならなかった?

 どうして誰も私を救ってくれない?

 どうして世界はこんなにも無慈悲なの?


 ──ああでも、せめて許されるならば、私は少しの間だけ、無知でありたい。

 私が望んだことではない。私はこの荒廃した世界を復興したいとも思わない。ただ、この世界は未だに死んでいない。だから、私は続けなければならない。

 全てに意味はある。無に帰すことにこそ、私の欲望の先はある。それがどんな道であっても、私は進み続けなくてはいけない。


 例え、世界が私を拒んだとしても──。

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