第6話 地上へ

 ああどうして。どうして、世界はこんなにも残酷で無慈悲なの?

 あの化物は一体だけではなかった。このフロアには『人の成り果て』がウジャウジャと、子持ちの蜘蛛を潰したときに溢れる子蜘蛛のように蠢いていた。

 幸いなことに奴らは人外ではあるけど、そこまで銃撃に強いわけではない。頭をぶち抜けば死ぬし、体に命中してもさも人間のように痛がり、人間のように死ぬ。化物は化物らしくくたばれ⋯⋯本当にそう思うぐらい、私の心は惨たらしくなっていた。

 さてどうやって現状を打破しようか。私が持つマガジンの数ならば弾切れになることはないけど、私一人だけだと殺りきれない。何か秘策でもあれば良いのだけど、私には思いつかない。なら、殺し尽くすことは諦めて逃げよう。そちらの方がまだ現実的かな。

 でもどうやって? 私は今でこそ、さっき入った死体があった部屋に隠れて奴らをやり過ごしているけど、いつまでも──奴らが再び不活性化するまで隠れていられるか分からない。であれば、隠密ではなく他の方法で⋯⋯。

 ──そもそも、なぜあの化物たちは活性化した? 私がこのフロアに来た時点では、奴らは襲って来なかった。何が理由で、奴らは活性化した?

 ⋯⋯ああそうか。銃声。文字通りアレはトリガーになった。

 エドワードが不用意に電源に近づいたことで、偶々そこに居た怪物を活性化させた。そしてそれを何とかするために私は射撃したが、その射撃音が不活性状態にあった奴らを活性化させた⋯⋯なら、話は通る。

 特別音に敏感な訳ではない。いやむしろ感覚はかなり鈍いらしく、でなければこのフロアに来た時点で私は死んでいる。

 また、どうやら奴らは活性化していても感覚は鈍いままであるらしくて、ロッカーに逃れられたのだってそれが理由。あらゆる五感が鈍い。それが唯一の救いだけど、明るい今ならば奴らだって目の前何メートルも見えないわけではなかった。

「だったら⋯⋯。」

 エドワードの死亡。化物の出現。連続した想定外とショッキング映像で失っていた冷静をようやく取り戻して、頭が回り始める。

 すべきことは何か? 脱出しかない。どうやって? 化物たちを撒き、エレベーターに乗る。ではそれを成功させる方法は? 化物たちに見つからずに通り抜ける。具体的な案は?

「⋯⋯注意を引く。」

 化物の数は不明。故に殺し尽くすという考えはなしで、だったら逃げるしかないと思考を固定してきた。でもそれは間違いだった。別に逃げなくて良い。殺し尽くさなくても良い。私に注目する数さえ格段に減れば、それだけで構わない。

 ──奴らは人間を食らう。そしてここには、丁度良く人間の死体があるではないか。

 私は振り返って、女性の死体を見る。冷え切っているけど肉はあるし、化物にはレンジでチンしたばかりのような食べ物なんて必要ない。

「血の匂いと死体の匂いが合わされば、いくら嗅覚が鈍くても気付くはず。⋯⋯死体を更に傷つけるなんて趣味が悪いことはしたくないけど、仕方ないよね。」

 私は女性の死体の頭を机に叩きつけ、死体を破壊した。頭蓋骨を砕くなら拳銃が必要だけど、そこまではしない。多少ヒビが入った程度だろうから脳髄が吐き出されることはなかったけど、そこからは血が流れて、部屋中に血の匂いが充満した。

 ああ、気持ち悪い。呼吸はできるはずなのに、器官が詰まったような錯覚に陥った。

 私はそんな死体を部屋の外に持ち出して、少しエレベーターから離れた場所に設置した。もし奴らの嗅覚が鋭ければこんな暇さえなかったけど、そうではなかったから、餌に食いつくまでの時間は十分にあった。だからこそ私は奴らに襲われなかったし、そのままエレベーターで上階に向かうことができた。

 いよいよ地上。ようやく、私は外に出られる。

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